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たいやきさんとの再会

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 しばらく京子さんと田中さんの攻防が続き、結局田中さんが押し切られる形で迷い猫さがしの依頼を引き受けることになった。
 確かに作家の仕事ではない余計な仕事が増えているなと思いつつ、猫探しなら探偵猫の得意分野だから問題ないだろうと思ってしまう。
 そして、私も押しに弱いらしい。
 田中さんに「頼むからうちの住み込み助手になってくれ」と縋られてしまい、断り切れずに着替えの用意だけさせて欲しいと言って、大志に報告しに戻ることとなった。

「本気かい? 田中さんのところで?」
「なんか、すごく気に入ってくれたみたいで……お給料もすごくいいからしばらくの間だけでもと」
 大志は少しだけ不満そうな様子を見せたけれど、体調が悪くなったらすぐに報告するようにとだけ釘を刺し、荷造りを手伝ってくれた。
 自分の荷物は思ったよりも少なくて、それでも生活が出来てしまう程度の品数だった。
 数日分の着替え、歯ブラシ、ヘアブラシ、それにスマホと財布があれば十分過ぎる。あとはお世話になる田中さんに何かお土産を買っていくべきだろう。
 そう思ったはずなのに、なぜかお肉屋さんで大きなお肉の塊を購入していた。これはたいやきさん向きのお土産ではないか。
 田中さんのお屋敷に戻ると彼は荷物の少なさに呆れ、そして土産を見て更に呆れた。
「あー、一般的には菓子類などで済ませるのではないか?」
 なぜ生肉なんだと彼の目が訴えている。
「すみません、お肉の方がおいしいかなって思って……」
 たいやきさんが美味しそうにがつがつ食べる姿が恋しい。
 たいやきさんが恋しい。
 そう思うと、涙が出てきた。
「あっ、いや……別に怒ったわけではない……」
 自分が泣かせてしまったのかと慌て出す田中さんに申し訳なくなる。
「ち、違います……ただ、たいやきさんに会いたいなって……」
 あのにぼし出汁の「おちゃ」が恋しくなるなんてどうかしている。
「ああ、君が世話になった店長だな。あー、まだ猫の世界とこちらの関係に不明点も多いが……存命の猫ならこちらにも居るのではないか?」
 とても気を使わせてしまっている気がする。
 けれどもその気遣いが嬉しかった。
「そう、ですね。探してみます」
「ああ。見つけたら私にも紹介して欲しい。とても興味深い猫だ」
 まずは荷ほどきをしなさいと客間に案内された。
 広い。八畳はある和室だ。上等な文机に、新品らしいお布団まで用意されている。
「一応客用布団もクリーニングには出しているが、若い娘さんとなると新しいものを用意した方がいいと思って……」
「え? これ、私用なんですか? どこかから高飛車な猫が出てきて占有したりしません?」
「……君の布団だ。それと、この部屋が君の部屋だ。押し入れの上段下段で済ませなくていい」
 しっかり釘を刺される。
 もしや、クローゼットの中で寝ていたことを大志にバラされたのだろうか。
「お気遣いありがとうございます。えっと、お仕事の内容を確認させて下さい」
「そんなもの明日でいい。今日は休みなさい」
 そう言われると落ち着かない。
「じゃあ、落ち着かないので、たいやきさんを探す手がかりが欲しいです」
「……ああ。構わんが……おはぎ」
 田中さんが探偵猫を呼ぶ。
「たいやきとやらを探すことは出来るか?」
「ねこさがしはわたしのとくいぶんやだからね。それに、てんちょうさんはいるときはだいたいおなじばしょにいるよ」
 彼のお気に入りがあるのだと探偵猫は言う。
「ご近所さんなんですか?」
「そうだね。たぶんたくやさんもしっているねこだとおもうけれど……こっちのかれはほとんどねているから」
 まさか、老猫?
「会いにいけますか?」
「じゃあ、あんないするよ」
 そう言われ、たいやきさんに会うなら用意したい物がたくさんある。
「あ、たいやきさんにお土産買ってから行きたいのでお肉屋さんに寄っていいですか?」
 そう訊ねると、探偵猫の尻尾がだらりと下がる。
 心なしか呆れられている?
 それでも探偵猫はいつもの優しい声で「もちろん」と答えてくれた。

 探偵猫のお言葉に甘えた私はお肉屋さんでちょっとお高い牛肉と数量限定の鹿ロースを、ついでにスーパーに寄って塩無添加にぼしを数袋購入した。
 なぜかついてきた田中さんは猫用のおやつを大量に購入していた辺り、餌付けする気満々だろう。
 たいやきさんはお肉派ですよーなどと考えながらも、両手いっぱいの買い物袋分の猫のおやつは一体何匹分なのだろうと思う。
 そうして探偵猫に案内された先は、廃虚のような場所だった。
「ここだよ。てんちょうさんはだいたいこのちかくでねていることがおおいんだ」
 古い個人商店。駄菓子だとか日用品を取り扱っていたのだろう。「たばこ」や「切手」なんて書かれた看板が色褪せている。
「ああ、ここの老夫婦は数年前に店を畳んでしまったね」
 そのまま建物が残っていたのかと田中さんは懐かしむように言う。
「よく移動販売のたいやき店が来ていたんだよ。いまどきの言い方をするとキッチンカー、か?」
 まさか、それで猫の名前がたいやき?
 たいやきさんの飼い主はどっちなんだ?
「おーい、てんちょうさん。いるかい?」
 探偵猫が声を張る。
 すると廃虚の下からのそのそと見慣れた猫が出てきた。
「おやま、たんていさん。こっちであうのはめずらしいね」
 たいやきさんの声だ。
 大あくびをしながら伸びをする。
「ここ、すずしいからおひるねにぴったりだよ」
「そうだね。でもね、きょうはさきちゃんがきてるよ」
「え? さきちゃん?」
 たいやきさんがこちらを向く。 
 服を着ていないたいやきさんはいつもより痩せて見える。いや、実際かなり痩せている。
 あっちの世界で見たときはふっくらころんころんして見えたのに。
「こんにちは。今日はお土産持って来ましたよ」
「わぁ、ありがとう」
 嬉しそうに笑う姿はいつものたいやきさんだ。
 でも、探偵猫もどうだけれど、こっちの世界ではただの猫に見える。
「ああ、ここのご夫婦が可愛がっていた地域猫だね」
 田中さんが納得したような顔を見せる。
「ここのご婦人がよくたいやきのしっぽを食べさせていたんだ」
「……それでたいやきさんなんですか?」
 じゃあおはぎさんはおはぎを食べていたのだろうか。いや、多分色のせいだろう。
「わーっ、おにくだー! こんなにたくさん?」
「ぜんぶたいやきさんが食べていいですよ。たくさんお世話になりましたし……」
 今のたいやきさんはガリガリで……きっとごはんもあんまり食べていない。
「いっしょにたべようよ。みんなでたべたらおいしいよ」
「……はい」
 いつものたいやきさんみたいなのに、今の彼は喋るだけの猫だ。
「田中さん……たいやきさん、連れて行っていいですか?」
「あ? ああ、構わないが……猫は自分の好きな場所で過ごすだろうからまたここに戻ってくるかもしれないよ」
「はい。でも、たくさんご飯を食べさせてあげたくて」
 お肉をたくさん。ついでににぼしも。
 行きますよと、ひょいと持ち上げたたいやきさんは、見た目よりもずっと軽い。
「さきちゃん、ぼくあるけるよ?」
「折角見つけたのに見失ったら悲しいですから今日は大人しく抱っこされてて下さい」
 ついでにお風呂に入れないと。
 たいやきさんはお風呂嫌いだけど。
 田中さんの家に向かう途中、かなりの頻度で探偵猫の視線を感じた気がした。
 やっぱりオス猫を抱っこするのははしたないだとかそう言う話だろうか。
 探偵猫の価値観もよくわからない。
 それでも、今日からまたたいやきさんと押し入れシェア生活を出来ると思うと、とても安心した。
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