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里帰りは突然

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 とても強い眠気に襲われた。
 たいやきさんが店先で焼いたトウモロコシを、半分こして食べていたはずだ。今年のトウモロコシは美味しいから焼きたてを売ってにぼしを大儲けするのだと張り切っていたと思う。
 なのに。
 途中で意識が途絶えた。



、バイトに来たならしっかりしてくれ」
 大志ひろしの呆れた声が響く。
シュガー様雇い主を放って昼寝なんて困るよ。それに、その椅子は彼女の席だ」
 雇い主は大志だろうと言いたくなったが、目が笑っていない。これは大志が怒っている。軽口を叩くのは止めた。
 それにしても昼寝だって?
 たいやきさんとトウモロコシを食べていたはずなのに、どうしてこうなったのだろう。
 まさか、おみせでの長い生活が全て夢だった?
 それにしては随分長い間、出汁をお茶として飲んでいた気がする。
 思わず、着ている物を確認する。
 バイトに来た日と同じ服装だ。
 さっきまで支給品の作務衣を着ていたはずなのに。
 不思議に思ってポケットに手を突っ込むと、くしゃくしゃになった封筒が出てきた。
「あれ? これ……」
 個性的な文字で「おきゅうりょう」と書かれた封筒は皺だらけだが膨らんでいる。
 中を確認すればどんぐりやめざし、にぼしがぽろぽろ飛び出した。
 夢じゃない?
 だったら、こっちが夢?
「早希、聞いているのか? まったく、仕事もしないで腹が減っただなんて……仕方がない。出前でも取るか」
 大志は溜息を吐き、スマホを片手になにかを注文し始めるが、その間もご主人様シユガーちやんににぼしをぶつけられている。
「こんな貧乏くさいもの食べさせようとしないでちょうだい」
 大人のお姉さんみたいな声で文句を言っている高飛車猫の言葉を理解しているのかしていないのか、大志はでれでれで「只今別のおやつをお持ちします」と立派な下僕を務めている。
 本当にどちらが飼い主かわからないなと見ていると、高飛車毛皮がこちらを見てくる。
「あら、戻ってこられたのね。運がいいわね」
 その言葉で、理解する。
 現実だ。
 そして、この毛皮が私を生贄にしようとあちらに送り込んだだ。
「私になにしたの!」
 掴みかかる勢いで問い詰めようとしたら、大志に見つかってしまう。
「なにをしている! 我々人間はお猫様に仕えるために存在しているんだぞ!」
 ご主人様に謝れと、頭を押さえつけられる。
 なんてことだ。
 この猫狂信者め!
 無理矢理傲慢毛皮の前で土下座させられるという屈辱。
 猫さえ絡まなければ穏やかな色男に見えるのにこの猫狂信で台無しだ。
 もう大志の頼みなんて絶対に聞くものか。
 怒りに震えていると、怒りすぎたせいか意識が遠のいていく。
 遠くで大志の声が響いた気がしたけれど、なにを言っているのかわからなかった。



「いでっ」
 体を起こそうとしたら頭に衝撃があった。
 どうやら木箱の角に頭をぶつけたらしい。
「あ、さきちゃんおきた。きょうはおつかれだったんだねー」
 暢気なたいやきさんの声。
 どうなっているのだろう? つい先程まで大志の家にいたはずなのに。
「とうもろこし、さめちゃったけど、あっためなおす?」
 そう訊ねるたいやきさんは、七輪でぱたぱたとめざしを焼いている。
 そのめざし、今日の売り上げじゃないんですか? 晩ご飯ですか?
 そんな考えが浮かぶ辺り、いつも通りの自分だ。
「あ、そのままでいいです」
 冷めても美味しいと思う。
 トウモロコシに手を伸ばし、一口囓る。
 うん。おいしい。
 それにしてもさっきのあれはなんだったのだろう?
「どうかした?」
「えっと……元の場所に帰ったと思ったら、またここに居て……なにがなんだか……」
 自分でも理解出来ていないことを他者に説明するのは難しい。
 もどかしく思っていると、たいやきさんは自分の隣に置いた木箱の上の座布団をぱしぱし叩き、ここに座れと示す。
「まーまー、おちついて。そーゆーこともあるって」
 あってたまるか。
 大志相手ならぶん殴っていたような発言だけれども、たいやきさんの口から出ると不思議とそんなこともあるかもしれないなという気分になってしまう。
「おつかれー。きょうはおみせしめちゃったからゆっくりしていいよ」
「え? 焼きトウモロコシ売るんじゃ……」
「さっきたんていさんがらむねといっしょにいっぽんかってくれたからきょうはいいかなーって」
 探偵猫は本当に常連だなと思う一方で、彼以外の客が来ていないのに店を閉めるのは問題ではないだろうかと感じてしまう。
「さきちゃんいっつもがんばってるからねー」
 はいっと、出汁おちやを渡される。
 ああ、なんでだろう。
 凄く安心する。
「いただきます」
 心なしかいつもより濃い気がする。
 なんだろう。もう、元の世界に戻れなくてもいいかも。
 ここでこのままたいやきさんとのんびり暮らしたいな。なんて、結構危険な考えになってきている自分に気づいてしまった。
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