悪い女王の殺し方

ROSE

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1 不老不死の女王

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 レジナルドは白の王国の王としてなんとしても黒の女王を滅ぼさなければならない。
 黒の王国は先王が崩御してから暴走が加速する一方だ。宣戦布告もなしに次々に周辺の国を攻めては領土を掠め取り、民を虐殺し、略奪していく。
 何度か女王と対話の場を設けようと働きかけたがそれらは全て無視されてしまい、使者の首の入った箱を送りつけてくるなどの暴挙の数々を許すわけにはいかない。
 黒の女王は強大な闇の力を持っている。なんでも先代の国王を殺し、その心の臓を喰らうことにより一層魔力を高めたと聞く。
 女王は自国の民さえも虐げ、重税を課し、果たせぬものは次々に虐殺していると聞く。やせ細った国土の分を他国を侵略することで補おうとしている。そして、自身は贅沢三昧だ。
 そんな王が存在していいはずがない。
 レジナルドの父は黒の女王の魔の林檎により命を奪われた。あれは恐ろしい魔術だ。
 和平の証にと、丁寧な文と共に可愛らしい籠に入れられて贈られた林檎を父は疑いもせず口にした。
 悪夢のようだった。
 おいしそうな林檎を口にした途端、父の体は徐々に黒ずみ、水分を失っていき、やがて砂に変わってしまった。
 初めから女王の狙いは父の命だったのだろう。
 やがて母も女王の呪いの力に倒れ命を落としてしまった。
 聞けば近隣の国でも同じようなことが起きたらしい。
 赤の王国の女王と青の王国の王もまた、黒の王国に悩まされていた。
 今こそ、結束すべきだ。そう、声を掛けてくれたのは青の王国の若き王だった。
 いくら黒の王国が強大な力を持っていたとしても、一度に三国を相手にするのは困難だろう。
 その読みは当たった。
 いや、寧ろ想像以上に楽に攻め込むことが出来て拍子抜けしたくらいだった。
 王城に攻め込めば、使用人たちは我先にと逃げ出す。兵士でさえ女王の為に命を棄てるのは惜しいと言わんばかりの様子だった。
 若い侍女らしき娘を一人捕まえ女王の居場所を訊ねれば、あっさりと庭に居ると教えられる。
 誰一人、忠誠心もないのかと呆れた。
 おそらく、ただ恐怖だけで従っていたのだろう。
 そう思うと、黒の王国の民が憐れに思えた。
 少し暗い城内に強い光が差し込む。光の先にその庭はあった。
 緑が生い茂ったその中央に大きな樹が両手で数えられる程度の数だけ見える。
 仄かに色付きはじめた実が林檎だと気付くまでにそう時間は掛からなかった。
 一番太く立派な樹の下に、ドレスには不釣り合いな枝切り鋏を持った黒髪の娘が居た。
 不思議なほど姿勢良く、それなのに手元は迷いなく枝の手入れをしている。
 林檎の世話をしているはずなのに、日焼けを知らない白い肌が輝いて見えた。
 これが、黒の女王。
 想像していたよりも随分と幼いように思えた。
「……おまえ、だぁれ?」
 幼い少女の声が訊ねる。少し虚ろな紫がかった暗い青の瞳はどこか絶望しているようにも感じられる。
「レジナルドだ」
 お前を殺しに来た。
 そう告げるつもりだったのに、その言葉が出てこなかった。
 目の前の娘がとても黒の女王とは思えなかった。どこか不安そうで、儚い雰囲気を纏っている。けれどもきっと笑うと愛らしいのだろう。冷め切った瞳は、なにに対しても関心を持っていないようだった。
 それは勿論、自分自身に対しても。
「ここには誰も入れるなって言っているのに、兵士は何をしているのかしら」
 彼女はそう言ってまだ白に近い林檎に触れる。
「お前、新しい大臣かなにかなのかしら? 貢ぎ物はもう飽きたからいらないわ。林檎なら、まだ色付いていないから、あと三日くらい掛かりそうよ」
 彼女はまだ、自分の状況を理解していないようだった。あまり興味がなさそうにレジナルドから視線を逸らし林檎の観察に戻る。
「面倒な書類なら適当に置いておいて。名前を書くだけだといっても、流石に手が疲れたわ。最近、数が多くないかしら? 難しいことはよくわからないけれど……もう、飽きてきたわ」
 そう言って彼女はあくびを手で隠す。
 ああ、この愚かな娘が女王なのか。なんと民が憐れなことだろう。
「君、名前は?」
 そう訊ねると、彼女は少しだけ驚いた表情を見せた。
「なぁに? お前、新しい大臣じゃないの? 別になんでもいいわ。私はレジーナよ。この国の女王様なの。お姫様より偉いみたいだけど、書類に名前を書くようになった以外は大して変わらないわ」
 レジーナは少し眠そうな表情で言う。
 王の役目すら理解せずに過ごしていたのだ。なんて愚かな娘なのだろう。
「レジーナ、俺は白の国の国王だ。君に何度も和平を結ぶ為の手紙を書いた。しかし、君はそれに応じなかった」
「和平? よくわからないわ。そう言う難しいことは、大人がやってくれるもの。女王様は、大人が持って来る書類に名前を書くだけで、後は好きにしていいって宰相が言っていたわ」
 レジーナはそう言って、少しやつれた笑みを見せる。かつては愛らしい少女だったのだろう。けれども、今は疲れきっているようにも見えた。
 こんな王は居ない方がいい。今すぐ首を刎ねてしまえ。
 レジナルドは剣に手を伸ばしたが、すぐにその手を止めてしまう。
 できない。
 愚かで何も知らないこの娘を手にかけるなどできそうにない。
 この娘は両親の仇だ。もし、彼女に殺意が無かったとしても、周りの大人たちに利用されていただけだとしても、それは変わることのない事実だ。
 それでも、レジナルドには迷いが生じた。
 レジーナは償うべきだ。
 このまま永遠の子供として死を迎えさせるわけにはいかない。
 そうだ。彼女がはっきりと自分の罪を認識したその時に、断頭台に立たせるべきだ。
「レジナルド、その小娘が黒の女王なの?」
 駆けつけてきた少女の様な外見を持つレテーナが、かなりの苛立ちを見せながら問う。女王自ら剣を振るうほど赤の王国の民の怒りは激しいと言うことだろう。単純な予測で最も被害が大きかったのは赤の王国だ。
 得意の大弓を背負い、短剣を手にやる気のない兵士達を蹴散らしてきたらしい。
「ああ。レジーナと言うらしい」
「ねぇ、兵士はどこ? ここに誰も入れないでと言っているのに。私の林檎、ちょっと繊細なのよ」
 レジーナは少しだるそうにそう言って、林檎の樹に触れた。自分の状況を全く理解せず林檎の心配ばかりしている姿に寒気さえ感じる。
「さっさと殺しましょう。またヘンな術を使うかもしれないわ」
「いや、彼女に戦意は無い」
 レジナルドは思わずレテーナを止めてしまった自分に戸惑った。
 レジーナは親の仇だというのに。
 見惚れるほど美しい。世間知らずの愚かな娘。人間離れしすぎた空気を纏い、自分の罪さえ知らずにのうのうと生きている。
 彼女を殺すのはレジナルドだ。
 しかし、それは今じゃない。
「聞け、レジーナ」
 声をかければ、少し、不快そうな視線を向けられる。まだ、状況を理解していないのだろう。
「私はこの国の女王様よ。誰も私に命令なんてできないんだから」
 生意気な幼女のように少し頬を膨らませるレジーナの言動はやはり美女の外見と一致しない。まるで成人女性に幼子の魂を封じ込めたようなちぐはぐな印象なのだ。
「残念だが黒の王国は戦に負けた。敗戦だ。よって、この城は白の王国が占拠する。黒の王国の領地はたった今から白の王国の支配地となる。それと、黒の王国が赤の王国、青の王国から奪った領地は返還する」
 極力レジーナにも分かりやすい言葉を選んだつもりだが、彼女は全く理解しなかったようだ。
「……お前はもう女王じゃない。こういえば分かるか?」
 そう告げると、彼女は少しだけ不満そうな顔をして、それから幽かに笑む。
「じゃあ、次は私、なにになるのかしら?」
 女王様も飽きてきたのと彼女は言う。
 ああ、全く何も理解していない。
 やはりレジーナは幼い子供そのもののようだ。
 子供の過ちは大人が正さなくてはいけない。この国は大人がそれを怠った。そればかりか無垢な子供を利用したのだ。
 彼女に全く罪がないとは言えない。けれどもレジナルドはレジーナが憐れでならない。
 彼女は知らないうちに何もかも手に入れて、何もかもを失ってしまった。
「……レジーナ、君を俺の妻に迎える。君は、俺のお嫁さんになる。これで分かるか?」
 彼女を保護するとすればその名目を与えなくてはいけない。
 その考えが先走り、気づけば口からそんな言葉が飛び出していた。
 レジーナが理解出来るように言い方を変えて説明までして。
 その甲斐あってかレジーナは少し驚いた様子を見せ、それから少女のような愛らしい笑みを見せてくれた。
「まぁ、本当に? 素敵。でも、この世界には『いつまでもしあわせにめでたしめでたし』なんて、存在しないのよ? 真実の愛なんて存在しないのに、結婚なんてできるのかしら?」
 まるで、子供の疑問だ。彼女は本気で結婚に愛が必要だと信じているらしい。とても一国の王になるために育てられたとは思えない。
「レジナルド、正気なの?」
 レテーナが信じられないと言う顔をする。彼女自身、震える手で今にもレジーナを殺したい衝動を耐えているというのに。
 当然だ。レジーナを殺すために共に立ち上がったというのにこれではレジナルドの一方的な裏切りだ。
 けれどもここでレジーナを殺すことは無意味だ。
 なにより、レジナルドの中で彼女は庇護対象になってしまった。
 レジーナには側で正しく導く大人が必要だ。彼女には自分の罪を償う機会を与えなくてはいけない。
「レテーナ。気持ちは分かる。だが、彼女には贖罪が必要だ」
 レジナルドが言い終わるより先に、レテーナが動き出していた。
 背中の弓を構え、真っ直ぐレジーナに矢を放つ。
 レジーナは逃げることさえしなかった。
 少し、ぼんやりとレテーナを見つめていた。
 矢が、レジーナを貫く。
 肉を刺す嫌な音が響いた。矢は完全にレジーナの首を貫いただろう。
 少なくともこの瞬間、レジナルドの目にはレテーナの放った矢がレジーナの首を貫いたように見えた。
 しかし。目の前の光景が信じられなかった。
「……痛いじゃない……」
 レジーナがぎろりとレテーナを睨む。
 そして、己の首から矢を引き抜いたかと思うと、そのまま黒い魔力を纏わせレテーナに向かって投げ返した。
 既に、喉元の傷口は塞がっている。
 投げ返された矢はレテーナの鎧を貫き、彼女の腕を貫いた。
 レテーナは苦しそうに腕を抑える。
「レジーナ……なぜ……」
 無傷なんだ。そう問おうとした時、黒の女王の噂を思い出す。
 不老不死。
 強大な闇の魔力と引き換えに、老いと死を奪われる。
 つまり、レジーナは見た目ほどは若くないかもしれないということだ。
「レテーナ」
 少し遅れてきた青の王、レイモンドがレテーナを支える。
「手当てを。俺は、黒の女王と少し、話がある」
 そう言うと若き王は頷き、レテーナを抱えて庭を出て行く。
「お前は、不老不死なのか?」
「さぁ? けど、殺しても死なないから護衛はいらないって、前に護衛をしていたアーノルドっていう人が言っていたわ」
 レジーナはまた大きなあくびを手で覆う。
「魔力が高いって言うのも不便ね。いつも眠くて……困るわ」
 全く状況を理解していないレジーナを少し強引に抱き寄せる。
 一瞬彼女の体が硬直したことに気づかないふりをした。
「お前を俺の妻に迎え、きちんと教育をしなおす。お前は民に償わなくてはならない」
 そう言うと、レジーナは退屈そうな顔をする。
「民、ねぇ。難しいことは全部宰相と大臣に任せてるんだから、何も問題ないわ。だって、ね? こういうのは、専門家のほうが詳しいでしょう?」
 レジーナは自分は間違っていないと言う様子で言う。
 どれだけ、甘やかされて育ったのか。
 どれだけ、贅沢に忙しかったのか。
 呆れるしかできない。
 いや、呆れるべきはレジーナの魔力と地位だけを利用した周囲の人間達だろう。
 レジーナには殺す価値もない。けれどもそれなりの制裁を与えておかなければ白の王国に限らず民は納得しないだろう。
 当面は黒の王国を手中に収めるため黒の女王と婚姻を結ぶと説明しよう。
 反発は大きいだろうがなにも知らない愚かな娘の首を刎ねてしまうよりはずっといい。
 しばらくは黒の王国に留まるのだから、一目惚れなどと言う愚かな言い訳をせずに済むようなもっともらしい言い訳を練る時間も確保出来るだろう。
 
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