猫と田中と僕と事件

ROSE

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3 泣く少年

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 卓也の手を借り、なんとかそれなりの着こなしをさせて貰った和服は、慣れないせいか歩きにくい。
 それでもなんとか卓也と二人、おはぎを連れたら二人と一匹で洋子伯母さんの家に辿り着いた。
 洋子伯母さんの家は住宅地から少し離れたところにある、広い庭というか半分山なのではないかというような立地で、怪奇現象や強盗よりも先にクマなんかの野生動物の方を警戒しなくてはいけない印象がある。実際狸は出るらしい。
 二階建ての、洋子伯母さんよりも古い建物は玄関扉に目のような模様が描かれていて不気味だ。子供の頃はこれを見て泣いてしまったこともある。

「いつ見てもこれ、苦手なんだよなぁ」
「目、だな。まあ、魔除けと考えれば役立ちそうなものだが」
「それだけならいいけど、ドアの枠が赤いのも気持ち悪くて」
 魔除け。そう言われれば、庭らしき場所にも狛犬のような置物があったりと、洋子伯母さんのよくわからない趣味がたくさんある。
「とにかく物が多い家でさ。気をつけて。油断すると雪崩れ起きそうな部屋もあるから」
「ああ」
 卓也はおはぎを肩に乗せて返事をする。
 その様子を確認してから鍵を開けた。
 その瞬間、ずっしりと重く感じる。
 なにかに見られている感覚があって落ち着かない。
 その落ち着かなさを更に強調するように、おはぎが大きく鳴いた。
「ふむ。その可能性も考えられるが……だとしたら敦に相続させる理由がわからない。私の推測では彼女にとっては無害なものたちなのではないか?」
 卓也がなんの話をしているのかわからずに振り返ると、おはぎがまた鳴く。
「いや、敦は蒐集癖があると言っていた。単純に集めていただけだろう」
 猫と会話している。
 自分の推測を口にしているだけだとしても、間が妙だ。
 やはり作家という仕事は想像力が豊かでなければ続かないのだろうかと思う一方で、単純な想像力だけでは説明しきれない説得力がある。卓也は嘘が上手い人間ではないし、演技も得意ではない。そう考えるとやっぱりおはぎと会話しているのだろう。
「え? おはぎくん、なんだって?」
「洋子伯母さんが悪い物を意図的に家に封印したのではないかと。しかし、だとすれば怪異に好かれやすい敦に相続させることはないだろう。私は単に蒐集物がたまたまそういう品が多かっただけではないかと」
 それはつまりそういう物がたくさんあるということだろうか。
「なんかヤバい物ある感じ?」
「あー……それ自体が危険かはさておき……まあ、本物はいくつかありそうだ」
 
 一体どういった物のことを言っているのだろう。
 贋作よりは真作の方が嬉しいが、贋作も由来がわかれば価値が出ることもある。
 が、卓也が言うのはそういう話ではないだろう。
 ごちゃごちゃとした廊下にも複数の絵画が飾られ、天井からよくわからないオブジェがぶら下がっていたり、なにやら模様の描かれた鏡がかけられたりしている。
 そんな廊下を通り過ぎ、リビングに入れば古いテレビとソファー、それに独り暮らしには大きすぎるテーブルがあり、テーブルの上は本が山積みでプリントアウトされた沢山の紙も今にも崩れそうな程に積まれていた。
「伯母さん、片付け苦手だったから」
「そのようだな。それに、読書家だな。居間にこんなに大きな本棚を置くなんて」
「書庫もあるんだ。なにせ、本屋で大量の本を買い込んだ帰り道にエスカレーターで転んで亡くなった人だからね」
 話だけ聞けば情けない死に方だと思う。所謂事故死だ。
 彼女の性格を考えると、咄嗟に自分の体よりも本を護ってしまったのだろう。
「そう言えば、卓也の本も入ってたなぁ」
「……リアクションに困ることを言わないでくれ」
 自分の作品が死因になったかもしれないなんて、卓也にとっても不名誉な話だろう。
「それで? 君が怖がっているすすり泣く絵とやらはどこにあるんだ?」
「上の階。廊下の突き当たりにある大きい絵だよ」
 伯母さんの家は風変わりで、キッチンに階段がある。どうしてこんな位置に階段を作ったのか。使い勝手の悪い家だと思ってしまう。
 卓也を連れて階段を上がる。
 古い作りだからか、横幅が狭く、家具を運ぶのも一苦労という造りだ。
 階段を上がれば真っ直ぐ長い廊下があり、両脇に合わせて六つの扉がある。
 問題の絵は階段の突き当たりにあった。
 白人の少年が描かれている。所謂美少年という絵だ。
 幸が薄そうで、儚い美しさ。けれども薔薇のように紅潮する頬はなにかに期待しているような印象すら与える。
 卓也は絵を見た瞬間、足を止めた。
「……これは……」
 おはぎが鳴く。
「……まあ、害はない。けど……確かに泣くだろうな……。諦めて置いておくのは」
「嫌だ。本当に日が傾くと怖いんだって。しかも書庫の隣だよ? 僕、ここの書庫じっくり整理したいんだけど、この絵が……気づいたら泣くんだもん」
 怖い。
 目隠しをしないと。
 そう思うのに、すすり泣く声を思い出すと目隠しすらできない。
「……だったら売ってしまえ。そんなに悪いものでもない」
 卓也はそう言うけれど、店で売ってしまえば後々苦情になりそうだ。
「おはぎくんはなんて言ってるの?」
「おはぎは……書庫の方が気になるらしい。まあ、貴重な本も多そうだ」
 これはきっと書庫にも曰く付きのなにかがあるに違いない。
「絵はすすり泣くだけなのだろう? あまり気にしない方がいい。というより、敦、君は気にしすぎると余計な物を引き寄せるから気にするな。できるだけ見ないふり、聞こえないふりをするんだ」
 突然卓也がパンパンと肩を叩いたので飛び上がりそうなほど驚いた。
 これは、きっとまたなにかが寄ってきていたのだ。
「あのー、卓也? 僕、もしかしてまたヤバい?」
「安心しろ。夜枕元ですすり泣く程度だ」
「それダメなやつ!」
 睡眠障害から突然死コースだ。なんて恐ろしい。
「ふーむ。ここの片付けには相当時間がかかりそうだな。だが、敦を一人にしておくのも心配だ……。敦、暫くうちで過ごすといい。片付けは空き時間に手伝おう」
 卓也は少し深刻そうな表情を見せた。
「へ? でも、それ、卓也に迷惑じゃない?」
「事態が悪化してから泣きつかれる方が迷惑だ。それに、敦なら家に居ても気にならない」
 まただ。
 一体どういう意味なのだろう。居ても気にならないだなんて。
 おはぎがまた鳴く。
「黙れ。お前は本当に余計なことばかり言う」
 不機嫌そうにをしている卓也はやはりおはぎと会話している。
 一体、どんな話をしているのだろうか。僕にはさっぱりわからない。
「とにかく、敦は日没後一人にならない方がいい」
「……まあ、確かに……卓也の家なら猫だとか早希ちゃんもいるし……アパートよりは心強いかもだけど……」
 でも、悪い気がする。
「あー……プリンを作って貰えると凄く助かる」
「え? あ、うん。そのくらいなら」
 プリン?
 まさかプリン目当てで留まって欲しいのだろうか。
 だとしたら、僕としても助かると言えば助かる。
「あの絵、ここに置くのが嫌ならうちに運ぶか? 蔵ならすすり泣いていようが気にならないのではないか?」
「え? あー……卓也の家の蔵はそれはそれで怖いんだけど……確かに、ここにあるよりは……他にもいろいろ出てきそうだし……」
 他の何かを見つけたときにこの絵がすすり泣いていたらパニックじゃ済まないだろう。
 ただでさえ……僕は怖がりだから。
「おはぎくんにもおいしいおやつを買ってあげるね」
 昨夜何かを追い払ってくれたみたいだし。
「気にするな。おはぎは君を気に入っているようだ」
 猫に気に入られる覚えはないけれど、そう言われて悪い気はしない。
「そうなんだ。ありがとう。卓也にもなにかおいしいもの食べさせてあげないとね。少し痩せすぎだし」
「私は標準だ」
 卓也はそう言うけれど、早希ちゃんが用意した朝食を思い出すとやっぱり栄養が足りていないように思える。
 帰りに食材を買って帰ろう。
 運送会社を手配し、絵を運んで貰う段取りを組む。
 それから卓也がリビングの本を何冊か手に取り、それを持ち帰ることにした。
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