上 下
38 / 52
未来からの手紙

未来からの手紙 4

しおりを挟む



 凄く奇妙な状況だ。
 食卓の椅子にフローレンスともう一人の僕が並んで座っている。
 そして、僕の目の前に僕が、隣の席は無理矢理よじ登ったタルトが占有している。
 タルトも僕ともう一人の僕を見比べてどちらが本物なのか見極めようとしているようだ。
「ああ、タルトが生きているのか……懐かしいな」
 彼は微かに目を細める。
 くたびれすぎていてよほどなにかが起きたのだろう。なによりとても不潔に見えるのが嫌だ。不細工なのだからもう少し外見に気を使え。
「あの……どうしてブラン様が二人いらっしゃるのでしょうか? それにこちらのブラン様は随分お疲れのようで……」
 困惑しきったフローレンスに、僕から答えてやれることはなにもない。
 それよりももう一人の僕がしっかりフローレンスの手を握っているのが気に入らない。
「せめて風呂に入ってからにしてくれ!」
 フローレンスが穢れる。変な病気にでもなったらどうするんだ。絶対不衛生だこいつは。
(……きにするところがへんだからこっちがほんものかな?)
 タルトがじっと僕を見る。
 その認識には不満だぞ。

 一度もう一人の僕を風呂に入れて、その隙に彼が座っていた席を消毒する。
「フローレンス、君もしっかり手洗いとうがいをするんだ」
「は、はあ……あの、なにか感染症でも?」
「彼が持っているかもしれないだろう? あんなに不潔な見た目だったんだ」
 困惑するフローレンスに出来れば着替えもして欲しいことを告げる。
 やつが触れた服なら燃やしてしまいたい気分だ。
 着替えて戻ってきたフローレンスと、風呂上がりのもうひとりの僕がまた元の席に座る。
 お茶を出すのも妙な話に思えるが、フローレンスもいるので三人分のお茶を用意し、タルトにも小魚を数本用意しておいた。
(ぼくおにくがいー)
 苦情は無視する。
「それで、お前は一体何者なんだ?」
 目の前に座るもうひとりの僕に訊ねる。
「僕は君だよ。今から約五年後の可能性の一つのブラン・オトリテだ」
 意味がわからない。
 五年後? 可能性の一つ?
「どういうことだ?」
「だから、僕は五年後から未来を変えるために来た君だと言っている。僕のくせに頭が悪いな」
 なんという暴言だ。
 しかしとても信じられない。
「未来を変えるだとかとても信じられないぞ」
「ああ、だから今まで何度も失敗した。僕は僕のフローレンスを取り戻したい。死者蘇生と過去への介入のどちらが現実的かを考えた結果時間旅行を選んだ君の未来が僕だ」
 全く理解出来ない。
 そもそもフローレンスを取り戻したいとはどういうことだろう。
 ちらりとフローレンスを見れば、彼女もぽかんとしている。
「ふむ、なにから説明するべきだろうか……」
 自称未来人の僕は少しの間考え込んだ。
「まあ、フローレンスに話したところで明日の朝には忘れているだろうが……」
 未来人は表情一つ変えずにとても失礼なことを口にした。
 まあ、僕も時々それを利用しているのだからあまり強くは言えないが。
「きっかけはフローレンスの骨董趣味だ。散々カタログやら専門店を見ていたくせに、骨董品店でドレスを購入したんだ。神秘的な雰囲気に惹かれたとか言って」
 フローレンスには悪いが容易に想像できてしまった。
「今の君は信じないだろうが……所謂呪いというものは存在する。フローレンスもその気になれば扱える……が、失敗の方が多いな……」
 それも既に体験済みだ。
 もしかすると僕とは違う体験をしてきたのがこの未来人なのかもしれない。微妙に経験の時期が違うだとかその可能性を排除できない。
「フローレンスの購入した骨董品のドレスが、所謂呪術的な影響を受けたもの、だったらしい。これは僕にも詳細はわからない。専門外なんだ。僕はフローレンスが好きなドレスを選べばいいと思っていたし、なにを着たって綺麗なんだから僕の好みなんて考えなくてもいいと、彼女がそのドレスを着ることに反対しなかった」
 これは僕も同じことをすると思う。
 実際フローレンスは美しい。なにを着たって似合ってしまうし、僕は女性の服に詳しくない。彼女が選ぶのであれば反対しないだろう。
 ますますこの未来人が僕だという話を信じてしまいそうだ。
「僕の……僕のいた世界のフローレンスは結婚式当日に刺されて命を落とした」
 未来人は暗い表情で告げる。
 今、なんと言ったのだろう?
 フローレンスが刺された? そして命を落とした?
 悪い冗談だろう。フローレンスは誰からだって愛される。彼女ほど魅力的な人が……。
 そう考え、先程マーク・レルムが刃物を振り回していたことを思い出す。
 彼は何らかの力によって動きを止めてしまっていたが、もし、それがなければフローレンスを傷つけていたかもしれない。
 一方的で身勝手な男だ。なにをするかわからない。
「私、死ぬんですか?」
 フローレンスは瞬きをしながら訊ねる。あまり実感がないようだ。
「あ、ああ……僕はそれを阻止したい」
 彼はフローレンスの手を握る。
 だから僕のフローレンスにべたべた触るな。
 思わず苛立ってしまう。
「僕は、君の居ない人生をどう生きていいのかわからなくなって……邪神に……いや、神に魂を捧げた。フローレンスが戻れば、僕は消滅する。けれどもそれで構わない。僕の隣でなくてもいい。フローレンス、君には幸せになって欲しい」
 真っ直ぐフローレンスを見つめる彼に苛立つ。
 それと同時にその気持ちを理解出来てしまうから、割り込んでその手を払うことが出来なかった。
 フローレンスが消えてしまったらきっと僕は生きることを諦めてしまうだろう。すでにフローレンスが居ない人生を考えることが出来ない。
 彼女に側に居て欲しい。
 それが叶わなくてもどこかで生きて幸せに過ごして欲しいと思う。
 きっとフローレンスには僕よりも相応しい相手が存在するのだろう。だとしても、その人と巡り会うまでは側に居て欲しいと思う。
「我が神は僕に時間旅行といくつかの力を授けた。それが、先程あの不審者の動きを止めた術のようなものだ」
 さらりと「我が神」なんて言葉を口にするのは本当に未来の僕なのだろうか。僕は科学信者だというのにとても信じられない。
「それで、いくつかの時間旅行をしたのだが……あのドレスののろいは相当強力なものだったらしい。フローレンスを刺した人間を先に取り押さえたところで別の原因でフローレンスが命を落とす結果になった。ドレスの購入を阻止した世界もあったがそれでもあの呪いがフローレンスを蝕む」
「だったら結婚式を中止したところで意味がないのでは?」
 フローレンスがあんなにも楽しみにしている結婚式を中止してもフローレンスの危険度が変わらないのであれば少しでも彼女の望みを叶えてあげたい。先に危険がわかっているのであれば僕が盾にでもなににでもなってやる。痛いのは嫌いだが、僕だってフローレンスの為なら多少の我慢はできる。たぶん。
「僕はまだ、結婚式を中止しなかった時間とは接触していない。今までのどの僕もフローレンスの望みを叶えてやりたいと言うことを聞かなかったんだ」
 未来人は溜息を吐く。
 それはそうだ。こんな胡散臭い話よりは目先のフローレンスを優先するに決まっている。
「ラスールに相談しよう」
「ラスール?」
 未来人は誰だそいつとでも言いたそうな表情でこちらを見た。
「知らないのか? フローレンスの助手だ。異国の肌色をした美形で、フローレンスの世話は大抵彼がしている」
 そう。病院の予約から買い出し、時には家事さえこなしてくれている。
 彼が一体何者なのかは未だにわからないが、非科学的なことにも非常に詳しいはずだ。僕ならフローレンスの危機とわかれば真っ先に彼に相談すると思う。
「……そんなやつ知らないぞ」
 こいつは本当に僕なのだろうか。
 いや、もしや……フローレンスがラスールと出会わなかった世界から来た僕なのか?
 ラスールが居ればその呪いとやらの対処方法もわかるのではないだろうか。
 そもそもフローレンスのドレス選びにはラスールが同行するはずだ。彼が一緒であれば心配はいらないはず……だと思うのだが……。
「時間旅行はとても危険なものです。禁じられた魔術であるはずなのに、どうしてブラン様が……」
 フローレンスはとても悲しそうな様子で、未来人を見た。
「魔術は私欲の為に使ってはいけないものです。それに……過去を変えることは誰にも許されません。ブラン様は……」
「……僕は、自分の時間に戻れば消滅する。だけど、安心して欲しい。この時間の、君のブラン・オトリテはこの世界に残る」
 僕はフローレンスをこんな目で見ているのだろうか。
 そう感じるほど愛おしそうにフローレンスを見つめる彼に嫉妬しそうになる。
 フローレンスの為に命を捨てられる。その覚悟の面で彼は僕よりも上なのだ。
「君に会いたいと願ったはずなのに、やはり君は僕のフローレンスではないな。彼女は……僕にもっと辛辣だ」
 彼はそう言って笑い、フローレンスから手を離す。
 辛辣なフローレンスはそれで見てみたい気がする。
 未来人はポケットから時計を取りだし、時間を確認した。
「ああ、あまり長居をするわけにはいかないな。空間が崩れる」
 フローレンスは彼の持つ時計を見て少し驚いた様子を見せた。
「あー、じぶんにこう呼びかけるのは奇妙な気分だが……ブラン、忘れないで欲しい。どんな形にしろ魔術を使った人間に幸せな最期なんて訪れない。僕も、フローレンスも」
 その言葉は刃物のように僕に突き刺さる。
 それはつまりどんなに願ったところでフローレンスは幸せになれないということだろうか。
「それと……外で硬直しているあの男だが、命を奪うわけにもいかない。数時間分の記憶を消して帰らせておく。が、あれもまた加護持ちだ。僕とは違う神を崇め力を得ている」
 フローレンスに聞こえないようにか耳元で囁かれ、ぞわりとする。
 鏡で見慣れている顔とは言え気持ち悪い。
「もう一つ……最初にフローレンスの命を奪うのは母だ」
 その言葉に全身の熱が奪われた気がする。
 なぜ。
 その疑問を口にする前に、未来人はもう一度だけフローレンスに視線を向け、そのまま視界から消えてしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

今夜で忘れる。

豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」 そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。 黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。 今はお互いに別の方と婚約しています。 「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」 なろう様でも公開中です。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

召喚と同時に「嫌われた分だけ強くなる呪い」を掛けられました

東山レオ
ファンタジー
異世界に召喚された主人公フユキは嫌われたら強くなる呪いをかけられた! この呪いを活かして魔王を殺せ! そうすれば元の世界に帰れる、とのことだが進んで人に嫌われるのは中々キッツい! それでも元の世界に帰るためには手段を選んじゃいられない!……と思ってたけどやっぱ辛い。 ※最初主人公は嫌われるために色々悪さをしますが、色んな出会いがあって徐々に心を取り戻していきます

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...