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未来からの手紙

未来からの手紙 1

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 浮かれている。
 僕は完全に浮かれている。
 フローレンスの指に輝く婚約指輪が目に入る度に現実なのだと実感する。
 フローレンスと正式に婚約した。
 魔術抜きで。脅迫も危険な薬物ももちろんなしだ。
 半生どころかほぼ生卵のオムレツだって気にならない程度には浮かれている。
 花嫁姿のフローレンスが今から楽しみで仕方ない。まあ、彼女の家族からの多少の嫌がらせは覚悟が必要だが。
 未だにフローレンスの二番目の兄、ベンジャミンは僕が気に入らないらしくフローレンスに考え直せと説得の電話を日に三度は掛けてくるらしい。しかしダニエルに言わせれば弟でさえフローレンスに近づくのが気に入らない人だから気にしなくていいらしい。確かに妹を溺愛し過ぎている男だった。
 フローレンスはフローレンスで浮かれている。結婚式のドレスを選ぶのが楽しみだと(なぜか)ラスールだけでなく学生のひとりを連れていくと言っていた。僕は当日まで見せてもらえないらしい。
 それに新婚旅行はどこに行くかとこれも相当楽しみにしている。フローレンス程語学ができればどこに行っても安心だろう。なにせ古代言語すら母国語のように操る女だ。しかし僕としては国内の方が嬉しい。あまり遠出は好きではない。できるだけフローレンスの要望通りにしたいとは思っているが……。
 フローレンスのご両親にはいつ挨拶に行けばいいのだろう。
 言語の壁、生活水準の壁その他諸々。不安は増大するばかりだ。

 それに……。
 フローレンスに僕の母親について話さなくてはいけない。
 正直あの人の話はしたくない。フローレンスの耳が穢れそうだ。
 結婚は僕たち二人のものだと考えたいが、どうしても家の話は出てしまう。
 フローレンスの実家は意識が遠のきそうな程に由緒正しい立派な家だろうし、僕の家は足下の泥より汚らわしく見えてしまうかもしれない。
 本来であればフローレンスのようないいところのお嬢さんと接点すらないはずなのだ。
 そう考えると浮かれていたはずの気持ちがどんどん沈んでいく。
 やはりラスールに言語を教わろう。
 たくさん罵られるかもしれないがフローレンスの家族の前で恥をかくよりはマシだ。フローレンスは僕を甘やかしすぎるから僕の講師には向いていない。
 溜息が出てしまう。
 思っていた以上にまだまだ問題が残っている。
 結婚を申し込むだけでも僕の中では人生最大の苦難と言えるほどの覚悟が必要だったのに更なる苦難が待ち構えているとは。
 それでも、幸せそうなフローレンスを見ていればもう少し頑張ろうという気になれる。
 まずは自分の出来ることからやっていこう。
 例えば母にもう連絡を寄こさないでくれと頼むことだとか。

 職場に届いた見合い写真にうんざりする。
 時々届く母基準での「いいお嬢さん」達の写真。
 確かに真面目そうで、お堅い職業の人が多い。教師だとか弁護士だとか優秀な人ばかりだ。
 けれども僕だって相手は自分で選ぶ。その結果がフローレンスだったとしたって母にしつこく写真を送られるのは迷惑だ。
 そもそも相手がフローレンスでなければ結婚しようだなんて考えなかった。僕はひとりで植物でも育てながら生涯を終えるつもりだった。
 机に積まれた大きな包みにうんざりする。
 明らかに中身はそれだ。
 事務員さんが気を利かせて「お母様からのお届け物です」とメモを貼ってくれているが、この人からの郵便物は全て受け取り拒否して欲しい。
 だいたいフローレンスに見られたら殺される。
 それが僕なのか写真の中の女性達なのかはわからないが。
 フローレンスのことは大切に思っているが怖いと言えば怖い。たぶん僕はこの先ずっと尻に敷かれ続ける。けれどもそれで構わないとも思っている。

 開けるのも億劫な包みを動かすと、その下封筒がひとつあった。
 真っ白な封筒に差出人名はない。
 本当に僕宛なのだろうか?
 けれども封筒にはなにも書かれていないので開けてみるしかない。
 一応封筒の上から触れて硬い物が入っていないか確認する。ごく稀に刃物が入った手紙を受け取ることがあるからだ。
 確認した限りだとどうやら紙しか入っていない。
 ペーパーナイフで封を切る。
 中身は無地の便箋で、たった一行しか書かれていなかった。



 結婚式を中止しろ。



 その文字はよく知っている筆跡だった。
 僕の字だ。
 けれどもラスールが僕の文字をそっくり再現出来ることを知っている。
 まさかラスールの仕業か?
 けれども彼は僕にフローレンスを押しつけたがっていた気がする。
 他に誰かが僕の筆跡を真似て脅してきたのだろうか。そうなると思い浮かぶのはマーク・レルムストーカー野郎だ。
 あいつは妙にフローレンスに執着しているし、その関係で僕を恨んでいるのだからなにかしでかすとしたら一番の容疑者だろう。
 しかし、差出人不明の不審な封筒を置くために研究所に侵入するなんてことができるだろうか? 一応それなりに機密や危険物も取り扱うのだ。部外者は入れないはずだ。
 しかし、あの男はフローレンスと同じように魔術を扱える。警備員を洗脳したりして侵入した可能性も除外できない。
 一応ラスールに会ったら確認だけしておこう。それまではフローレンスに見つからないように隠しておかなければ。
 差出人不明の手紙を鞄の奧に押し込んだ。


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