私には相応しくない

ROSE

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クロード 2

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 船旅というのは初めてだ。それもクロードが知るどの船とも違う。まるで貴族の屋敷がそのまま船になったかのような豪奢な作りの船での旅だ。
 スチュアートは眠ったままのベラを抱え、さっさと自室に籠もってしまう。残された弟妹と共に困惑しつつも与えられた船室の、とても一生掛かっても買うことなんてできないようないかにも高級な椅子に腰を下ろした。
 落ち着かない。なにもかもが違いすぎて落ち着かない。貧乏がすっかり身に染みついてしまっているベラもきっと同じだろう。
「これからどうなるんだろう……」
 コリンが零す。
「さあな。あいつの屋敷に連れて行かれるようだが、その後のことはわからん」
 ベラの前では無害な不利をしているあの男がなにをしでかすのか全く読めない。
 それに……。
 ベラはどれほど傷ついただろうか。あの父が、最早そう呼ぶことでさえ忌まわしいあの男が裏切ったという事実に。
 家族のためだなどとよく言えたものだ。
 確かに、母の浪費は酷かったかもしれない。けれども、母の美しさにすっかりと惑わされ、それを許したのはあの男だ。
 美人のベラが金持ちの家に嫁いだ方が幸せになれる。その考え自体は否定できない。クロード自身そう考えたことが何度もある。けれど、奴隷商に売り渡すのは話が違う。つまりあの男は母に似たベラが拷問を受けて殺されても構わないと考えたのだろう。ご丁寧に魔力まで封じて放り出したのだから。
 ベラもクロードもおそらくは先祖返りだ。それもベラの能力はクロードの何倍も優れている。
 物を創る能力。ベラの能力は模倣だけではない。新たに生み出すことも出来る。それも、彼女の場合は無意識だ。いくらでも悪用できる。そして、魔術師である自分よりも優れた能力を恐れたのだろう。だから封じられた。
 けれども魔力封じは不完全だった。だからベラは自分の魔力が制御出来ずに怯えている。悪口を言うしか能のないうさぎに。
 それにしても、魔力がうさぎだなんておかしな話だ。
 そう考えたとき、ふと、母を思い出す。彼女は異世界の物語をよく聞かせてくれた。幼いベラが夢中だったのは……めかし込んだうさぎが時計を持って走り回る話だっただろうか。あまり興味を持てなかったからよく覚えてはいないが、家の中をめかし込んだうさぎが走り回っていたことがあった。
 懐かしむと、一層ベラの成長を感じる。
「……大きくなったな……」
 もう兄を必要としないのではないだろうか。
 あの夢魔を心から愛しているのであれば、番になった方がベラの幸せだろう。あの夢魔は種族が違うなりにベラに歩み寄ろうとしている。それに、金持ちだ。貧乏で苦労させることはない。
「クロード……本当に、あの男にベラを任せていいと思うか?」
 不安そうなコリンの考えも理解はできなくない。
「俺は……ベラが幸せならそれでいい」
 ベラだけいればいいと思っていた。ベラが悲しまないために弟妹にとって良き兄を演じようと思った。
 どうしてかはわからない。ただ、血を分けたはずの兄妹の中で、なぜかベラだけを同族と感じる。
「兄さんは昔からベラばかりだ」
 コリンは呆れを見せる。
「……そうだな。俺は、ベラの為ならお前ら全員を殺せると思う」
「……それはベラを女として見てるって話?」
「いや……ベラは……同族だと思う」
 こんな正直な言葉を口にしたのは初めてだ。もしかすると少し気が緩んだのかもしれない。
 そう、思っていると、遠慮がちに扉を叩く音がする。
「なにかあったか?」
 訊ねると、静かに扉が開く。入ってきたのはアビゲイルという女だった。
「あの……私を拾って頂いたのだとスチュアート様から……すみません。見た目以上に重かったと思います」
「ああ……妹のついでだ。気にするな。魔術師だ。物の重さくらい変えられる」
 そうでなければ妹も弟もなどと拾い上げることは出来ない。
「そ、そうでしたか……でも、とても助かりました」
 獣人らしい彼女はとても礼儀正しく見える。使用人なのだろうか。ベラをよく世話してくれていたように見えた。
「お前は使用人なのか?」
「普段は司書として雇われています。ただ、私が居た方が奥様が安心できるのではないかとスチュアート様が同行を命じられました」
 なぜ、と疑問が生じる。クロード自身獣人に対してあまり好意的な印象は抱いていない。しかしベラは彼女に気を許している様子だった。
「そうか、妹が世話になっている。これからも世話になると思うがよろしく頼む」
 ベラには一人でも多く味方が必要だ。
 アビゲイルがベラの味方であるかは定かではないが、使えるのであれば利用するべきだ。
「はい」
 アビゲイルが僅かに笑みを見せる。しかし、すぐに緊張した様子になった。
「その……この度は本当に残念なことだと思います。奥様にとってもとてもお辛いことでしょう」
 とても申し上げにくいと言わんばかりの様子にも理解は出来る。
 どう声をかけるべきか悩んでいるのだろう。
「どうにもならないことだ。お前のせいではないのだから気にする必要はない」
「……あ、いえ……その……しばらく、奥様との面会は難しいと思いますが、伝言などがありましたら私からお伝えします」
 他にもなにか言いたいことがあった様子に見えたが、アビゲイルはそれだけ言うと礼をして去ってしまう。
 面会が難しいとはあの夢魔がベラを独占したがっているだけなのか、ベラの体調が優れないのか判断できない。
 だが、アビゲイルはスチュアートを慕っている様に見える。主としては信頼できる男なのだろう。
 屋敷で雇われるのであれば待遇次第では悪い話ではないかもしれない。
 咄嗟について来てしまったのだから、今のクロード達には住む家さえない。
 出来ることならば賢い弟に高等教育を受けさせる程度の待遇は欲しい。
 だが、あの夢魔はどこまでこちらの要求を受け入れるだろうか。
 そう、考えたところで、ベラを利用すればよいのではないかと思いついてしまう自分に嫌気が差す。
 妹を利用など、あの男と同じ浅ましい考えだ。
 自己嫌悪に陥ったことを弟に悟られないよう、クロードは疲れて眠りに落ちたふりをした。




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