私には相応しくない

ROSE

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ベラ 8

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 突然スチュアートの顔色が悪くなった時は驚いた。
 仮面で顔の半分が隠れているとは言え、唇が青くなっていた。
 何事だろう。そう思ったときには既に遅かった。
 それでも、彼の意地なのだろう。ベラに背を向けてから、盛大に嘔吐した。

 目の前に桶を抱え、髪を乱している男性。
 いつもの自信家な姿とはかけ離れすぎてはいるがスチュアートだ。
 すぐにプーロ家の馬車を出て着替え、自分の馬車の中で桶を抱えて蹲っている。相当弱っているように見えた。
 原因はなんなのだろう。
 そう考えながら、嘔吐の始末をしていると、困り果てた様子のアビゲイルが、掃除は自分がするからスチュアートに付き添うようにと口にした。
「奥様、スチュアート様は体質的に奥様と同じ物が食べられないのです」
 以前も申し上げたはずですと呆れと困惑の混ざる表情を見せた。
「本来であればスチュアート様は決して料理を口にされません。それは肉体が拒絶反応を起こすからです。しかし、奥様の手料理なので無理をされたのでしょう」
 下手をすれば命に関わる行為だとまで言われてしまい、ベラは申し訳なさで一杯になってしまう。
 慌てて外に出て馬車に向かおうとすれば、馬車の裏で蹲る姿を見つける。
「スチュアート様……お加減はいかがでしょうか?」
「……寄るな……お前にこんな姿を見せたくはない……」
 足下に転がる仮面、乱れた髪。
 桶を抱えて蹲っている姿がとても普段の彼と同一人物だとは思えない。
 必死に嘔吐を耐えようとしている様子で、真っ青になっている。
「お水です。うがいをして……少し横になった方が……あ、夢魔の方も同じ対処でよいのでしょうか?」
 つい先程アビゲイルに叱られたばかりだ。種族の違いを理解しなくてはいけないと。
「ああ……うっ……」
 答えようとして、スチュアートは盛大に緑色の吐瀉物を桶の中にぶちまけた。額には汗が浮かんでいる。
 プーロ家の馬車の中でもかなりの量をぶちまけていたはずなのに、まだこんなに出るのかと驚くほど、スチュアートは嘔吐を繰り返す。
 これはまずい。
 水を渡してうがいをさせる。
 吐き気止めを用意しようと思ったが、食べ物が体質に合わなかったのだ。全部吐き出させるしかない。
 出せるだけ出して、水分を補給して休む。それしか方法はない。
「ごめんなさい……私のせいで……」
 スチュアートの背をさする。
 今のベラに出来ることはこのくらいしかない。
「……お前の……せいではない……」
 まだ込み上げる物があるのか、苦しそうな様子でスチュアートは答える。
「……挑発に……のった……私がわるっ……」
 盛大に吐瀉物が。
 これはしばらく続きそうだ。
 水分補給は水だけにした方がいいだろうか。
 そんなことを考えながら、ベラはひたすらスチュアートの背をさすった。

 一時間ほど激しい嘔吐が続き、ようやく落ち着いたスチュアートにひたすら水を飲ませる。
 相変わらず顔色は悪いが、汗は治まってきた様子だ。
「スープでもだめ、なのですね」
「……ああ……決してお前の料理が……酷い味だとかそういうことではない。一応、味覚はある。口に含む程度なら問題ないが飲み込めば拒絶反応がでる。ここまで酷いのは……久々だ」
 少し荒い呼吸を整えようとしながら、カップの水を飲み干す姿は弱々しくも見える。
「……お前にはこんな姿を見られたくなかった」
 不機嫌そうな言葉に驚く。
「私の、せいだから?」
「お前は悪くない……ただ、お前の前では完璧に美しい私でありたかった」
 拗ねた様な表情を見せられ、戸惑う。
「……気にするな。うさぎまで耳が垂れ下がっている」
 いつの間にかうさぎが勝手に出てきていたらしい。それを見たスチュアートが頭を撫でる。
 大きな手に優しく撫でられるのは心地いい。
「お前はもう痛みはないのか?」
「……はい」
 軽い頭痛は残ってはいるが、動けないほどではない。
 少し休めばすぐによくなるだろう。
「今はスチュアート様の方が重症です」
 そう答えれば、抱きしめられる。
「よかった……」
 その声は、心から安堵したように聞こえた。
「私は、お前の苦しむ姿を見たくはない」
「それは、私もです。スチュアート様が辛いところは見たくありません。なので……無理して私に合わせようとしないで下さい」
 種族の違いは仕方がない。歩み寄れる部分はお互い歩み寄るべきだけれども、今回のように命の危険があるようなことはしないで欲しい。
「スープでこんなに酷いのでしたら、昼間のおやつのような物を口にしては命に関わるのでは?」
「……試したことはないが……ああ、魚料理を口にして三日ほど寝込んだことはあったな」
 遠い過去の記憶を引っ張り出すように言われたが、過去にもそんなことをしていたのかと驚く。
「母の手料理だった」
 ぽつりと続ける。
「外国の物語に、母親の手料理の話があって……せがんで作らせたのだ」
 結果寝込むことになってしまったと彼は笑う。
 スチュアートは夜の民なのに、外に憧れを抱いているようにも思える。
 変わり者なのだ。
 夜の民の変わり者に、ベラは惹かれている。
 優しくて、臆病で可愛そうなひと。
「……お茶は、どの程度まで大丈夫ですか?」
「果汁を加えなければ平気だ」
「では、スチュアート様とお茶の時は、同じ物を飲みますね」
 家族の話を殆どしないスチュアートが母親の話をしたとき、とてつもない寂しさのような物を感じた。
 少しだけ、彼が愛に執着する理由がわかったような気がした。
「……私……もっとスチュアート様を知りたいです。苦手なことやものも含めて全部」
 ベラだって散々恥ずかしい部分を見られてきたと思う。
「かっこ悪いところや醜いところも全部知って……それで本当の家族に慣れるような気がします」
 スチュアートを見れば、驚いたような表情をしている。
「……お前は、変わっているな」
 少し迷って、そんな言葉を口にした彼はなにを考えているのだろう。
 それからまるでなにか言葉を飲み込むようにカップに水を注ぎ、それを一気に飲み干した。


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