私には相応しくない

ROSE

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13 時間の問題

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 ベラに術を掛け眠らせた後、フォンと名乗った男と対峙する。
「それで? 私の屋敷にどうやって侵入した?」
 招いていないのに入り込んだと言うことは翼手よくしゆではないということだ。しかし、だからといって龍であるという話を信じられるかと言えばそれは難しい。
「メディシンの助手って言ったら門番はあっさり通してくれたよ。なんか俺、メディシンの息子とよく似てるって言われるんだよね」
 男はそう言いながら、ベラを眺めている。
「便利な術だな。ぐっすり眠ってる。これで痛みを忘れられるといいんだけど。傷、結構深かったし」
「そんなに深い傷なのか?」
 傷跡ばかり気にしてしまい、状態を把握できていなかった。
 ベラの外見ばかり気にして、その苦痛を考えられなかった自身に苛立ちつつ、スチュアートはフォンの言葉を待った。
「傷自体は表面を擦ったと言えばそうなるね。骨にまでは達していないけど、でも、古い呪いの掛かった矢だったから体を蝕んでしまうんだ。特に、彼女は夜の民じゃないからね。ものすごく痛むと思う。しばらくは痛み止めがないと生活できないと思うよ。そっちの彼女は傷跡が残る程度だったと思うけど、ベラは後遺症に苦しむかも」
 フォンは一度アビゲイルに視線を向け、悲しそうな表情で言う。なぜこの男が悲しむのだろうか。
 ベラを見ても、彼女が眠っているからか、うさぎの姿は見えない。
「後遺症はどの程度残る?」
「激しい頭痛って感じかな。呪いを掛けたやつを見つけてそいつに解かせるしかないだろうね」
 問題は、矢に呪いを掛けたのはベラの兄というあの男ではないという可能性があることだ。
「ベラの兄が呪いを掛けたのではないのか?」
「プーロ一族の誰かだとは思うけど、ベラよりもっと魔族に近い魔力のやつだね」
 ベラは兄妹が多い。ということは、呪いを掛けたのはあの男ではない。
「エメラルドを止めなければならないな。アビゲイル、ベラの側に居ろ。他は出て行け」
 これ以上ベラの側に他の男を置きたくない。
「スチュアート様、どちらへ?」
「地下だ。エメラルドがやりすぎてあの男を殺していないか不安だ。メディシン、お前も来い。蘇生くらいはできるだろう」
 ぼんやりとしているメディシンの腕を掴み、指を鳴らせば地下に辿り着く。
 スチュアートは魔術をそれなりに極めてきたつもりではあるが、瀕死の人間を蘇生させるような魔術は扱えない。つまり、あの男が半殺し程度で済んでいるのであればメディシンが必要だ。
「その男を殺せばベラが悲しむ。エメラルド、そのくらいにしておけ」
 そうは言ったが、男の悲鳴が響き、目眩がするほど血の臭いが充満している。これはスチュアートにとっても耐えがたい。
「大分美味しそうになってきたところだったのに」
「メディシン、さっさと治療しろ。喰うのは構わんが欠けさせるな。復元しろ」
 世間では拷問趣味だと思われているが、実際のところスチュアートは血生臭い光景が苦手だ。そういうことはアダムに任せてきた。
 エメラルドは不満そうに、それでも、笑みは崩さないまま巨大な針を男から引き抜く。既に全身穴だらけではないかと言うほど、様々な部位を刺されているように見える。
「大丈夫だよ。死なない程度にしてるから」
「肝心の情報は手に入ったのか?」
「それが中々頑固でね。口を割らないんだ」
 エメラルドはそう言うが、実際は男が話そうとしても彼が口を塞いで拷問を継続していたのだろう。男は救いを求めるようにメディシンを見ている。
「最初から私がやった方が良かったのではないか? 屋敷が汚れずに済んだだろうし、二、三発は殴りたいというのにこの状況では私の手が汚れる」
 別に目の前に存在する死にかけの男の命が途絶えようと、スチュアートにはどうでもいい。しかし、ベラが悲しむのであればそれは避けるべきだ。
「彼女の様子は?」
「眠らせた。後遺症が残るらしい。しばらくは痛み止めが無ければ生活できないそうだ」
 スチュアートが見たときには既にメディシンとあのフォンという男が処置をした後だったから、そこまで深い傷には見えなかったが、呪いが浸食しているのだろう。激しい頭痛に耐えているようだった。
「あの手の術は掛けた本人に解かせるしかないから厄介だよ。掛けた本人が解き方を知らないなんてこともあるからね」
 エメラルドは血の付着した針を布で拭いながら言う。
「この男は、なにも知らないみたいだったよ。直進するしか脳がないようだ」
 呆れたようにそう言って、メディシンの進捗を確認するエメラルドはやや物足りないという様子にさえ見える。
「利き手の機能くらいは奪った方がよかったかな?」
「ベラはあの男の無事を願っている。メディシンの仕事が増えるから止せ」
 そう告げれば、エメラルドは心底驚いた様子を見せる。
「まさか、シチューが自分の欲より優先させるとは。あの男を痛めつけたいのだろう?」
「ベラを悲しませたくない。確かに、私は夢魔としては異端かもしれないが、ベラへ向ける欲望には忠実だ」
 エメラルドは数回瞬きをし、それから自分の手に噛みつく。痛みで正気を取り戻そうとしているのだろう。鋭い牙が彼自身の肌を突き破り血が滴っている。
「その顔に大分慣れたとは思っていたけど、油断するとうっかり君に魅了されてしまいそうになるよ」
「メディシンは大分ぼんやりしている。後で引き戻してやってくれ」
 普段は仮面越しでしか接しないメディシンからすれば、スチュアートの素顔と溢れ出すす魔力は恐ろしい兵器だろう。気付かぬうちに命令に従ってしまう。
 メディシンが処置を終えたらしい男は、まだ呼吸が乱れている。
「私の目を見ろ」
 男に近づき、声を掛ける。
 威嚇するように睨んだが、男はすぐにぼんやりとスチュアートを見つめるようになった。
「ベラの兄だと聞いたが……私の魔力への耐性はないようだな」
 あの時、仮面を外していればベラが負傷することもなかった。そう思うと、自分自身に腹が立つ。
「ベラを傷つけたあの矢を作ったのは誰だ?」
「クロードだよ。ベラに当てるつもりはなかった。弓の腕には自信があったし……ベラが操られているなんて思わなかった」
 あの子は魔術への耐性が強いはずだと男は零す。
「クロードとは誰だ?」
「弟だよ。僕のすぐ下の弟だ」
 術を使わなくても、この男はスチュアートの外見とあふれ出す魔力にあっさりと魅了されているらしい。エメラルドの拷問でも吐かなかった情報を次々に放出してくれる。
「クロードは今どこに居る?」
 そいつを捕らえればベラの呪いは解ける。そう思い、目の前の男に訊ねるが、彼は知らないと答える。
「家族は常に移動しているから、今どこに居るかは知らない。でも、時計の針で居る方角はわかるよ」
 本当に、この男は魅了の魔力に弱いらしい。ベラの兄というのはなにかの間違いなのではないだろうかとさえ思うほどに。
「美人さん、ベラの居場所を知っているかい? 可哀想なベラは夢魔に攫われてしまったんだ。助けないと。きっと家族を恋しがってるよ」
 既に男はスチュアートがその夢魔だということを忘れてしまっているようだ。
「もう、お前に用はない」
 指を鳴らしてアダムを呼ぶ。
「捕らえておけ。それと、お前、ベラの危機にどこにいた? 減給だ」
「城を守るまじないが破られたので現場の確認と修復をしておりました」
「侵入者に気付いた時点で私に言え」
 スチュアートは仮面を付ける。
 これでメディシンは少し過ごしやすくなるはずだ。
「半年減給だ。ベラの後遺症が治らなければ一年にする」
 アダムにそう告げ、寝室に戻る。
「ベラの様子は?」
 アビゲイルに訊ねれば、彼女は驚いたように硬直している。
「お早いお戻りでしたね。まだ眠っていらっしゃいます」
「苦しんでいないのならそれでいい」
 そう言ったところでメディシンを忘れてきたことを思い出し、空間に手を突っ込み引っ張り上げる。
「少し術を強く掛けすぎたかもしれないが、ベラの体に悪影響はないか?」
 のろいは強く痛むと聞いている。眠らせてはみたが、解決にはならない。
 メディシンは目眩がするのか頭を抑えながら少しふらついたが、自分の仕事を思い出したようで、鞄から透明な結晶を取りだしベラの胸に置く。
「魔力の流れがとても悪いので余計に呪いの影響を受けるのだと思います。しかし、今は少し安定していますね」
「家族の誰かが封じたのだろう。ベラの魔力を好ましくないと考えた者がいるはずだ」
 あの男のように。
 思い出しても一発くらい殴っておけばよかったと思う。
「どうやらベラの家族は極端な思想を持っているようだ」
 ベラの兄というあの男は、簡単に惑わされるくせに、夢魔と言うだけでスチュアートを敵視した。
 確かにベラは家族を恋しがってはいた。それでも、ベラを操ったことなど一度もない。
「アビゲイル、ベッキーと共に旅支度をしておけ。ベラの身の回りに必要な物も」
「どちらに行かれるのですか?」
「ベラの家族を探す。あの男が持っていた時計で探れるらしい。ベラの治療をできるのは他の兄らしい」
 だが。家族の元へ連れて行けば、ベラはもう戻らなくなるかもしれない。
 だとしても、ベラがこのまま苦しみ続けるよりはいいのではないか。
 胸の内で二つの思いが天秤にかかる。
 手放したくない心と、苦しませたくないという思い。どちらか片方に傾いてくれればいいのに、この感情は釣り合ってしまうらしい。
「船の手配を。それと、ベラが眠ることのできる馬車を用意しろ」
 言い放てば使用人たちが一斉に動き出す。
「メディシン、お前も同行できるか?」
「いえ、私は国から出られません」
「私が招く」
 翼手は招かれない空間には入ることができない。しかし、夢魔であるスチュアートには関係のない話だ。
外国そとくにのタイヨウは我が身を砕きます」
 翼手とは不便な生きものだ。
「ならば、旅の間必要な薬を」
 短く命じ、ベラの手を握る。
 ひんやりと冷たい。魔力の流れも本当に悪い。
「味が落ちる」
 思わず、そう零せば、アビゲイルに睨まれる。
「スチュアート様、その発言は奥様を食料と認識されているということでしょうか?」
 体調の心配をしなさいと威圧される。
「味は重要だ。ベラの体調を把握する重要な要素の一つだ」
 獣人のアビゲイルにはわからぬだろうが、夢魔にとって匂いや味は他者を把握する上で極めて重要な要素だ。
「ベラの指先を温めろ。冷えすぎだ」
 おんじやくでも握らせておいた方が良い。
 手を離そうとすれば、去るなと言わんばかりに握り返される。
 冷えすぎているせいでスチュアートの手が温かく感じられるのだろう。
「ベラ、必ずよくする」
 そう告げ、手のひらに口づけるが、本当によくなるのか不安を抱いてしまう。
 失うのが怖い。
 そう思えば、自分の臆病さに驚いてしまう。
 だが、今のままではベラを失うのは時間の問題でしかないだろう。









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