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ベラ 2
しおりを挟むスチュアートはおかしな人だと思う。
初めこそ恐ろしかったが、今は少し慣れたというところだろうか。
美しい人と言えば美しいのだろう。いつも仮面で目元が隠れているが、仮面越しの瞳がとこか優しいような気がする。
彼はいつもベラになにか欲しいものはないかと訊ねる。まるで贈り物こそが愛情だと信じているようにも見え、少しばかり憐れにさえ思えてしまう。
ベラに触れたがるくせに、出会った日に奪われた以外、唇への口づけはない。彼は隣に座って抱き寄せるのが好きらしく、ベラはよく彼の胸に体を預ける形になってしまう。家族以外の男性とこんなにも距離が近いのは少し恥ずかしい。けれども、彼が側に居ると安心するようになった自分の変化に驚いている。
本当に時々、彼はベラの前から姿を消す。使用人に会いに行っていると彼は言っているが、その時間はひどく不安だった。もし、彼が戻らなかったらベラはどうなってしまうのだろう。
「どうせすぐに捨てられるさ」
その不安を見抜くようにしわがれた声が響く。またあのうさぎだ。
「そんなこと……」
「あるさ。あいつはお前を喰いたいだけだ。飽きたらすぐに捨てるだろうよ」
うさぎはケタケタと不快な笑い声を上げながら言う。
「あいつにとって、お前はただの飾りだ。美しい自分を演出するための装飾に過ぎないんだよ」
うさぎの言葉にベラは反論できない。それは心のどこかで感じていたものと一致してしまうからだ。
スチュアートと言う男は、自分が世界で一番美しいと信じて疑わない。そして、美しい自分を更に美しくするために、ベラを必要としている。宝飾品かなにかと同じような扱いだろう。
ベラが居なくなれば他を探す。彼自身、そう言っていた。
「でも、とてもよくしてくれているわ」
彼自身は食べないのに、毎日ベラの為の食事を用意してくれる。それも実家よりもずっと豪勢な、一人で食べてもいいのかと疑いたくなるような食事を。
入浴も毎日させて貰える。それに、刺繍も。話の途中で眠ってしまっても怒る様子さえ見せないし、いつの間にかちゃんと寝台に寝かせられている。
「料理だよ。お前を喰うための下拵えさ」
うさぎはわざわざベラの一番触れられたくない部分を突き刺すように言う。
わかっている。ベラの心の魔力を食べたいから、好かれようとしているだけだ。
わかっていて尚、うさぎの言葉に涙が溢れてしまう。
「私は、いい人だと信じたいわ」
自信家なのに、時々随分と不安そうにベラを求める姿を演技だとは思えない。行くなと、捕らえようとする腕を、最早拒もうという気持ちもない。
「同情か?」
うさぎが嘲るように言う。
わからない。ベラ自身彼に向けているこの感情がどういった類いのものかさえわからない。
けれども、不器用な優しさを感じる瞬間がある。
もう魔術の修行をする必要はないと切って捨てたくせに自分の知識を授けようとしたり、魔力が暴走しないようにと案じてくれたり。
種族が違うから考えの根本も違うのかもしれない。
けれども、彼の不器用な優しさの全てが偽りとは思えない。
「下心があったとしても、優しくしてくれていることには違いないわ」
「お前は買われたんだ。あいつにとっては愛玩動物程度の意味しかない。お前たちだって犬に餌をやり、抱きしめ、時に服を着せたりするだろう?」
うさぎは笑う。
愛玩動物兼非常食として扱われていても不思議ではない。
「はやく逃げるんだよ、ベラ。このままじゃあいつの魔力に操られ、飽きられたら捨てられるぜ」
ケタケタと笑ううさぎが、少しずつ薄くなっていく。
どうして彼はいつも意地悪ばかりを言うのだろう。
それに、いつだって口にするのはベラの不安ばかりだ。
スチュアートを信じたい。けれども信じ切れずにいる。
欲しいと言われる度に、ときめきと、ただの下拵えでしかないという考えがせめぎ合ってしまう。
優しく抱き寄せられると、安心する。強引に抱き寄せられれば拒む理由を考えられない。
これはただ、彼の魔力に惑わされているだけなのだろうか。
姿が消えても尚、うさぎの声が響く気がする。
抱きしめて欲しい。彼の熱と鼓動を感じたい。
そうすれば、この不安から目を背けられる。
そう考えてしまった自分自身に嫌気が差す。これでは同じだ。自分の為にスチュアートを利用しようとしているようだ。
身を守るように自分を抱きしめる。すると、力強い誰かに包み込まれる感触がした。
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