私には相応しくない

ROSE

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 二人きりの部屋で、向かい合って座る。
 時折視線が合うだけで胸が高鳴るような感覚がする。これではまるで恋しているようではないか。
 錯覚させるのはスチュアートの能力であるはずなのに、ベラを惑わせることはできないのか。こちらばかりが惑わされている。
 少し落ち着かない様子で食事を進めるベラを眺める。
 流れるような美しい仕種でカトラリーを動かす様子は、それなりの教育を受けたのであろうと予測させる。
「あの……あんまり見つめられると……恥ずかしいのですが……」
「ああ。俺は、そういうものは喰わぬからな。ああ、今まで女の食事風景など気にしたことがなかった。しかし、美しいな」
 スチュアートは果物も野菜も食べない。ベラとなにか同じものを口にするとすれば、水くらいだろう。
「ベラは、うまそうだ。はやく味わいたい」
「……私、食料なんですか? 家畜ですか? 太らせて食べるつもりですか?」
 ベラはカトラリーを置いて怯えたようにスチュアートを見る。
「馬鹿。お前は俺の妻だ。まあ、太らせて喰うという意味では間違ってはいないだろうが俺が喰うのはお前の愛だ。血や肉を奪おうというわけではない」
 ベラは痩せすぎだ。太らせないとすぐに死なせてしまいそうだ。
 極端に太った女が好みというわけではないがこの痩せすぎた女は不安になってしまう。
「愛を食べる?」
「ああ、お前が俺に心からの愛を捧げれば俺は永遠を生きられる」
 もう、ベラに心を奪われてしまった。
 ベラの愛を手に出来なければ、きっとスチュアートの命は終わってしまうだろう。
「俺は執念深い性格でな。お前を手にするまで、他の女を喰う気にはならないだろう。ならば、お前を失えば俺の命は絶える。俺は今、心からお前を求めている」
 しかし、スチュアートは褪めやすい。もしかすると、ベラが手に入った瞬間に褪めてしまうかもしれない。
 だからと言って、一度点いた火が消えるはずもない。
「ディスプリン様、私は」
「何も言うな。どうすればお前の心を手に入れられるか。そう考える時間を楽しめないほどつまらない男ではないぞ」
 手に入れるまでの過程は楽しむものだ。
 難易度が高ければ高いほど、手に入れた瞬間の満足感は大きい。
「あなたを愛してしまったら、私はあなたに殺されるということでしょうか?」
「さあな。今までお前ほどに俺を惑わした悪い女はいない」
 仮面越しに見つめれば少し怯えた様子を見せる。
「安心しろ、俺に拷問の趣味は無い。お前のその美しい肌に傷を残したりなどはしない」
 美しいベラを傷つけたりなどするものか。傷を残せばその分スチュアートの妻の価値が下がる。
「お前が俺の妻になれば、お前の命が尽きるその時まで、俺はお前を大切にするだろう」
 自分の妻を愛するということは、スチュアートの美学において極めて重要なことだ。
 妻を愛するスチュアートは一層美しいに違いない。美しい妻を愛する美しい夫。これぞ完璧なディスプリンの姿だ。
 しかし、不思議だ。なぜ、ベラはこんなにも美しいスチュアートに惹かれないのだろうか。
 彼女からは未だに怯えを感じ取る。
 それとも、仮面越しでも隠し切れないスチュアートの美しさに畏怖し、怯んでいるのだろうか。
「ベラ、はやく俺に堕ちろ」
 真っ直ぐ見つめれば、微かに彼女の瞳が揺れる。
「ディスプリン様、私は……その……私をあなたの妻にしてくださるというのでしたら、一度家に帰らせてください。せめて、家族に別れくらい……」
「ベラ、それはできぬ。お前に逃げられるわけにはいかん」
 まだ、ベラの心を掴んでいない。懇願し、油断させて逃げる算段かも知れないなどと疑ってしまう。
「お前が心底俺に惚れたら、お前のその望みも叶えてやろう」
 テーブルに肘を突くのは少し行儀が悪いが、気にせずベラの瞳を覗き込む。
 瞳に浮かぶのは絶望だ。やはりまだ、逃げるつもりだったのかと呆れる。
「俺を愛せ。そうすれば、楽になる」
「……言われて、愛せるのでしたら、そうしています。ディスプリン様、人の心とは、命じられても動かないものです」
 ベラはまるで幼子に諭すような口調で言う。
「俺を餓鬼扱いするな」
「そんなつもりは……」
「ふん、お前の心を操るつもりはない。お前が本心から俺を愛さなければ意味がない」
 もう既に、ベラでなければ意味がない。
 スチュアートの執着心は誰も止めることができないのだから。
 しかし、ベラの表情は翳る一方だ。
 手を握ろうとすればかわされる。
「……焦らすな。火が点きそうだ」
 遠のけば遠のくほど欲しくなる。
「そんな……困ります」
 ベラは視線を逸らし、俯いてしまう。
 その姿さえ美しくて、一層彼女を求めてしまう。
 焦るな。
 必死に理性を呼び起こす。
 時間はある。
 ベラがスチュアートの元に居る限り、いくらでも手に入れる方法はある。
 少し苛立つ心を、ベラの豊満な胸の谷間を眺めることで鎮めようとする。
 吸い付くような弾力のある胸。
 あの胸に優しく包まれたいと思う。
 大きさではない。
 あのベラの温もりが一層安心を与えてくれる気がする。
 気付けば、立ち上がり、彼女に近付いていた。
 強引に抱き寄せる。
 仄かに温かい。
 馬鹿馬鹿しいとはわかっている。
 それでも、目の前の女に惹きつけられ、視線を逸らすことができないのだ。


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