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序 荷馬車が走り出す
しおりを挟む大抵の場合、魔術師というものは歓迎はされない。
そう、ベラの決して長くはない人生の中でなんとなく理解していた。
生まれ持った魔力を最大限に引き出し利用する魔術師はそれが出来ない人々にとって脅威であると認識している。反則技に見えてしまうだろう。
だからこそベラの家族は目立たないように馬車で旅を続けながら人々の手助けをして生計を立てていた。
魔術師は知恵を持つもの。つまり知識を貸す代わりに人々から必要なものを与えてもらうのだ。
ベラは旅の先々の人に嫌われてはいないと思っていた。
とても好かれて歓迎されているとまではいかなくても、食料を分けてもらったり、子供の遊びに誘われる程度の信頼は築けていたはずだった。
なのに。
馬車に戻る途中の道だった。
突然後ろから山のように巨大な男に捕らわれた。そして、出荷される家畜を運ぶような粗末な荷馬車に放り込まれたのだ。
噂には聞いていた。各地で人を捕らえ、奴隷として売り飛ばす連中が居ると。
売られた人がどうなったかは知らないけれど、大半は酷い殺され方をすると聞く。買うのは大抵悪趣味な貴族なんかで、彼らは退屈しのぎに奴隷を虐殺すると。
ベラは噂を思い出し、思わず自分を抱きしめる。
馬車が止まったとき、ベラは逃げられるだろうか。ベラはまだ半人前だ。父のように強力な魔術は使えない。空間を捻じ曲げたり、固い壁を壊したりするような魔術は使えない。それに、戦闘向きの魔術も使えなかった。ベラの魔力は役立たずだ。生活魔術さえ、父や兄の作った道具を使わなくては満足に扱うことができない。ベラにできるのはベラの不安を煽る、赤いチョッキを着た白うさぎと会話することだけだ。
何より、馬車に乗せられてから、自分の魔力が弱まっていることに気付く。術を封じる何かがあるのだろう。
怖い。
助けてと叫びたいのに、誰に助けを求めればいいのかわからない。
父や兄に助けを求め、彼らが危険な目に遭うのは怖い。
大人しく従うふりをしていればどこかで逃げられるかもしれない。
そう考え荷馬車の隅で蹲っていると、今度は子供が数人投げ込まれた。
子供達はみんな泣いている。
その泣いている子供達の中に一人、妹に似ている少女を見つけた。
「大丈夫よ」
根拠も無いのに、ベラはそう言って、そっと少女に近寄る。
「怖いことなんてないわ」
それは自分に言い聞かせた言葉だったのかもしれない。
ぎゅっと少女を抱きしめれば他の子供達も近付いてくる。
今、この空間で一番年上なのはベラだ。ベラがしっかりしなくては子供達が怯えてしまう。
子供達の手を握ったり、抱きしめたりを繰り返しながら、ベラは恐怖と戦う。
これからどうなるのだろう。
やはり、どこかに買われていくのだろうか。
もしも、みんな買われていくのだとすれば、せめて、子供達だけでも、子供に恵まれなかった優しい老夫婦に買われていって欲しい。そうすれば、きっと大切に育ててもらえる。
そう考えたところで、ベラは再び自分について考えなければいけない。
この歳になれば、親になりたい優しい夫婦に買われることはまずないだろう。せめて人並みの扱いで労働力に使われれば御の字だ。どこかの大金持ちに使用人として買われることを祈るばかりだ。
悪戯に殺されるのは若い娘が多いとも聞く。
怖い。
また、震えが襲ってきた。
次の瞬間には馬車が止まり、少し苛立っているような女が三人入ってきた。
しかし、彼女達は攫われてきたわけではないらしい。ベラの腕を強引に掴み、立たせ、枷を付ける。子供達も同じように枷を嵌められた。
「なにをする気?」
「来い、お客様がお待ちだ」
女は強引にベラの枷を引っ張り歩かせる。
「一体なんなの?」
「黙れ。お前に口をきく権利は無いんだよ」
もう一人の女が腹を蹴り、ベラは思わず呻いた。
「おいおい、大事な商品に傷をつけないでくれよ。そいつらは、お客様のものだ」
どこか甘い低音が響いたと思うと、仮面の男が現れた。彼の仮面は陶器で出来ているようで、やや華美な装飾が施されていた。
「今日は珍しいお客様が居てね。彼は、商品に傷があるととてもうるさい」
「申し訳ございません」
女はすぐに謝る。その様子から男の方が立場が上だと理解した。
「その娘……かなり、高額から始めても良さそうだね。面白い魔力を持っている」
男はベラを観察して笑う。
「身なりを整えてやれ。高く売れる。そっちの子供は駄目だな。その三匹は纏めても最低価格にしかならないだろう。ファントムにでも餌として出荷するか」
男は子供達をまとめてどこかに連れて行こうとする。
「待って、酷いことはしないで」
思わず、声を発してしまった。すると男は面白そうにベラを見る。
「ふむ、妙な娘だ。よろしい、三匹のうち一匹選べ。お前と一緒に出品してやろう。あとは新しい主にでも頼め」
「そんな……」
二人は既に連れて行かれてしまった。目の前には商品価値が無いといわれた子供達が並べられる。
「駄目……選べない」
「いや、選べ。選べぬのなら、こいつらは余興に使うだけだ」
仮面越しに冷たい声が響く。この男はきっと魔道にあるに違いないと思った。人の道から外れ、魔に魂を売り渡しているのだと。
「バラデュール。騒がしいぞ。俺の耳にも入るほどにな」
別の男の声が響く。うっとりするほど甘く感じる、酔ってしまいそうなほど心地良い声だった。
「これは……ディスプリン様。申し訳ございません。中々言う事を聞かぬ商品でして」
「奴隷とはそんなものだ。躾が大切なのだよ。躾が。ん? この娘……」
ディスプリンと呼ばれた男はいかにも高級そうな服を纏っていた。なのに、白い、妙な模様の入った仮面が目元を覆っている。
「……美しい……その髪、その瞳……いくらだ?」
「え?」
「言い値で買おう」
男はあっさりとそういい、バラデュールと言う男を見る。
彼もまた、ベラを商品としか見ていないようだ。
「いくらディスプリン様でも困りますなぁ。この娘は今夜の目玉商品なのでそう簡単にはお譲り出来かねます」
「俺が買うと言った。どれだけ跳ね上がろうとも買い取る。傷を付けるなよ」
「また、標本になさるおつもりで?」
「いや、それは厭きた。どうせ、どんなに注意しようと劣化する。生きたまま残す方法を考える」
随分と、物騒な話に、ベラは微かに震える。
「そういえば、パルファンの王子はあらゆるものを結晶の中に保存する魔力をお持ちだとか?」
「俺もそんな魔力が欲しいものだな」
ディスプリンは軽く笑い、それからベラに近付く。
「必ずお前を買い取る。俺の物になる覚悟をして待っていろ」
そっと顎に触れた手から、全身に熱が伝わるような錯覚に陥る。冷たい青の瞳がベラを捉えた。
この人に逆らえない。
「はい……ディスプリン様」
この人が、主なら、どんなにいいかと、まだ何も知らないはずの目の前の男に感じさせられる。
危ない、これはそう言う魔力だと、頭のどこかで警笛が鳴る。
「素直な娘だ。一層愛おしく思えるな」
ディスプリンは軽く笑み、それからバラデュールに命じる。
「この娘を俺に渡すならば、そのガキ共も買い取ってやろう。我が陛下は今、とても栄養が必要でな。餌は多いほうがいい」
彼が、とても恐ろしいことを口にしたことは、ベラにもなんとなく理解した。きっと全員殺される。
彼らは、ベラも、子供達も、人間としてみていない。
いや、彼らは種族が違うのかもしれない。
ベラのことも、子供達のこともただの物質と見ている。
そう本能が告げ、ベラは一層強い恐怖を感じ取った。
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