Liar Liar Endless Repeat Liar

ROSE

文字の大きさ
上 下
16 / 17
シリアル Ⅱ

シリアル 7

しおりを挟む


 現地集合と予定表には書かれていたが、なぜか駅でわし准教授と待ち合わせになってしまった。
 よほど逃げ出しそうだと思われたのか、方向音痴だと思われたのか。
 そう考えたが、どちらも違った。
 遙を見た鷲尾准教授が小さく溜息を吐いたからだ。
「……おかしい。ゆかりさんのSNS情報によると今日はこの駅を利用するはずなのに……」
「普通にストーカーなんで怖いです」
 つまり遙を迎えに来たという名目で三波みなみ先生と接触しようとしたのだろう。
「どうせブースに来ますよ」
 たぶんという言葉は飲み込む。
「ええ、隣がたかさんなので間違いなくゆかりさんは来ますが……会場までエスコートしたかった……」
 相手にされていないという自覚はないらしい鷲尾准教授に呆れてしまう。
 この人に同行しなくてはいけないのかと思うと気が重くなってしまったが、これも講義の一環だ。
 はるかは溜息を飲み込んで会場を目指した。

 イベント会場は遙の予想より広かった。
 事務机がたくさん並び、それぞれが布を敷いたり貼り紙をしたりしながらCDをレイアウトしている。
 鷲尾ゼミは壁際のブースらしい。
 隣は既に準備を始めており、ゴージャスな装いとしか表現できないドレープやゴールドを大量に纏った、キラキラとした印象の美女が「天使の尻尾」と書かれたこれまたゴージャスなプレートの配置に迷っているようだった。
「おはようございます。鷹木さん」
 鷲尾准教授が声をかける。
「あ、鷲尾さん、お久しぶりです」
 キラキラとした美女は自分の外見に自信を持ってそれを利用するタイプという印象のはっきりとした話し方をする。
「紹介します。私の教え子の滝川遙たきがわはるかさんです」
「ど、どうも……」
 こういう美女は苦手だ。なんというか、音楽教室で一緒だった人達を思い出す。
 自分の外見にも才能にも自信がある人は……時に攻撃的だ。
 あの子みたいに。
 遙は名前も思い出せない彼女を思い出し、怯む。
 目の前の鷹木という人はわざわざ遙の欠点を探して攻撃してくることはないとは思うのに、幼い記憶が刺激され、怯んだ。
「鷹木天使ふぇありよ。てん使って書いてふぇありって読むの。インパクトあるでしょ」
 絶対みんな覚えてくれるのと彼女は自信満々に言う。
 所謂キラキラネームというやつなのだろう。
「鷹木さんは本名で活動しています」
 鷲尾准教授がこっそり教えてくれる。
「そう、なんですね」
 遙は散々悩んだ結果、「ハル」と本名に近い名前で楽曲発表することにした。
 やはり本名そのままというのは緊張してしまうからだ。
 それに……かわいそうなハルちゃんから抜け出したかった。
 ハルという音に別の感情がついてくれればいい。そう思う。
「ねえ、鷲尾さん、このプレートどっちに置いたらいいと思う?」
「鷹木さんのブースでしょう? 鷹木さんのセンスで飾った方がよいのでは?」
「いや、こっちにするかこっちにするかで迷ってて……どうせなら鷲尾さんのところで邪魔にならない位置にしようかなって」
 どうやら鷲尾准教授は彼女とも親しいらしい。
「うちはそんなにプレートを置いたりしませんから問題ありませんよ」
 鷲尾准教授の言葉通り、彼のブースはそこまで準備が必要ではない。
 CDは事前に会場まで運ばれているし、もっと言えば金の力なのかブースまで必要な物が全て運ばれている状態だった。
 やることと言えばテーブルに布を敷いて、壁にポスターを貼ることと、CDを段ボールから出して陳列するくらいだ。
 ポスターは鷲尾准教授の写真がでかでかと使われた物で、本人がこの場に居なければどこかのモデルでも雇ったのだろうと思う出来映えだが、書いてあるのは所謂お品書き。つまり価格表だ。
 どうして価格表に自分の写真を使うのか。彼のセンスが理解出来ないと思いながらも遙はCDを並べ、試聴用のプレイヤーを用意した。
 今回販売するCDは三種類。
 鷲尾准教授の曲が二十曲入ったアルバム、ゼミの学生達によるコンピアルバム、そして系統が違いすぎるからと隔離された遙の曲が五曲入ったミニアルバムだ。
 遙は前回の呼び出しの後、追加で数曲提出させられ、その中の一部がミニアルバムに収録され、そして全て打ち込みで作った曲をコンピアルバムに無理矢理追加された。
 これは売れ残る。
 心臓がバクバクした。
 売り上げはゼミの予算になると聞いたが売れ残った場合はどうするのだろう。
「滝川さん、売り切りますよ」
 にっこりと笑みを見せる鷲尾准教授に威圧を感じる。
 なんというか追い詰められた気配だ。
「大丈夫、あとで御影みかげくんも来ますし、とうくんも……おや? 当麻くんはまた遅刻ですかね? そろそろ開場時間だというのに」
 腕時計を確認し、鷲尾准教授が溜息を吐く。
「あー、そうくん常習犯だもんね」
「本当に、彼が時間内に達成出来ることは曲作りだけですよ」
 呆れつつも評価しているのだろう。
 時間内に曲を完成させられるというのはまた才能だ。
 特に、鷲尾准教授がわざわざ口にすると言うことは、課題に合った曲をきちんと完成させられるのだろう。遙なら緊張して頭が真っ白になってしまい、きっとなにも完成しない。
 その一点だけでもあの先輩が優れた人なのだと理解した。
 開場のアナウンスが始まった頃、慌てて走る姿が目に入った。当麻だ。
「すみません! 乗るバス間違えました!」
「はい嘘。当麻くん、去年も同じ言い訳でしたよ? 言い訳するならもう少しバリエーション豊富にして下さい」
 鷲尾准教授は呆れたように言う。
「売り子は彼に任せましょうか。滝川さん、はい」
 突然棒金の五百円と百円を渡される。
「え?」
「コネ作りに全ブース回ってきて下さい」
「は?」
 一体なにを言っているのだろう。遙の頭は理解することを拒絶した。
「あちらとあちらは数々のアニメ作品などの音楽を担当している現役プロです。あちらは昨年ヒットした映画の音楽を一部担当していますし、あちらは地下アイドルに定期的に楽曲提供しています。あとは……ああ、ここのブースは動画投稿サイトでヒットした曲がCMに採用された将来有望な子ですね」
 ブースやマップで場所を示しながら説明される。
「え? そんな凄い人がごろごろいるんですか?」
「居ますよ? 素人も多いですが、音楽で食べている人間が息抜きで参加したりもしますし、仕事よりも趣味でこういった場に参加する方が好きな人もいます。私のように」
「え?」
 鷲尾准教授は学生の教育のためではないのだろうか。
「実は毎年ここでの交流を楽しみにしているのですよ」
 ほら、全ブースに挨拶してきなさいと、思いっきり背中を叩かれた。
 やっぱり女子扱いはされていない気がする。
 遙は溜息を吐き、それから自分が思ったよりも緊張していないという事実に気がついた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...