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シリアル Ⅱ
シリアル 7
しおりを挟む現地集合と予定表には書かれていたが、なぜか駅で鷲尾准教授と待ち合わせになってしまった。
よほど逃げ出しそうだと思われたのか、方向音痴だと思われたのか。
そう考えたが、どちらも違った。
遙を見た鷲尾准教授が小さく溜息を吐いたからだ。
「……おかしい。ゆかりさんのSNS情報によると今日はこの駅を利用するはずなのに……」
「普通にストーカーなんで怖いです」
つまり遙を迎えに来たという名目で三波先生と接触しようとしたのだろう。
「どうせブースに来ますよ」
たぶんという言葉は飲み込む。
「ええ、隣が鷹木さんなので間違いなくゆかりさんは来ますが……会場までエスコートしたかった……」
相手にされていないという自覚はないらしい鷲尾准教授に呆れてしまう。
この人に同行しなくてはいけないのかと思うと気が重くなってしまったが、これも講義の一環だ。
遙は溜息を飲み込んで会場を目指した。
イベント会場は遙の予想より広かった。
事務机がたくさん並び、それぞれが布を敷いたり貼り紙をしたりしながらCDをレイアウトしている。
鷲尾ゼミは壁際のブースらしい。
隣は既に準備を始めており、ゴージャスな装いとしか表現できないドレープやゴールドを大量に纏った、キラキラとした印象の美女が「天使の尻尾」と書かれたこれまたゴージャスなプレートの配置に迷っているようだった。
「おはようございます。鷹木さん」
鷲尾准教授が声をかける。
「あ、鷲尾さん、お久しぶりです」
キラキラとした美女は自分の外見に自信を持ってそれを利用するタイプという印象のはっきりとした話し方をする。
「紹介します。私の教え子の滝川遙さんです」
「ど、どうも……」
こういう美女は苦手だ。なんというか、音楽教室で一緒だった人達を思い出す。
自分の外見にも才能にも自信がある人は……時に攻撃的だ。
あの子みたいに。
遙は名前も思い出せない彼女を思い出し、怯む。
目の前の鷹木という人はわざわざ遙の欠点を探して攻撃してくることはないとは思うのに、幼い記憶が刺激され、怯んだ。
「鷹木天使よ。天使って書いてふぇありって読むの。インパクトあるでしょ」
絶対みんな覚えてくれるのと彼女は自信満々に言う。
所謂キラキラネームというやつなのだろう。
「鷹木さんは本名で活動しています」
鷲尾准教授がこっそり教えてくれる。
「そう、なんですね」
遙は散々悩んだ結果、「ハル」と本名に近い名前で楽曲発表することにした。
やはり本名そのままというのは緊張してしまうからだ。
それに……かわいそうなハルちゃんから抜け出したかった。
ハルという音に別の感情がついてくれればいい。そう思う。
「ねえ、鷲尾さん、このプレートどっちに置いたらいいと思う?」
「鷹木さんのブースでしょう? 鷹木さんのセンスで飾った方がよいのでは?」
「いや、こっちにするかこっちにするかで迷ってて……どうせなら鷲尾さんのところで邪魔にならない位置にしようかなって」
どうやら鷲尾准教授は彼女とも親しいらしい。
「うちはそんなにプレートを置いたりしませんから問題ありませんよ」
鷲尾准教授の言葉通り、彼のブースはそこまで準備が必要ではない。
CDは事前に会場まで運ばれているし、もっと言えば金の力なのかブースまで必要な物が全て運ばれている状態だった。
やることと言えばテーブルに布を敷いて、壁にポスターを貼ることと、CDを段ボールから出して陳列するくらいだ。
ポスターは鷲尾准教授の写真がでかでかと使われた物で、本人がこの場に居なければどこかのモデルでも雇ったのだろうと思う出来映えだが、書いてあるのは所謂お品書き。つまり価格表だ。
どうして価格表に自分の写真を使うのか。彼のセンスが理解出来ないと思いながらも遙はCDを並べ、試聴用のプレイヤーを用意した。
今回販売するCDは三種類。
鷲尾准教授の曲が二十曲入ったアルバム、ゼミの学生達によるコンピアルバム、そして系統が違いすぎるからと隔離された遙の曲が五曲入ったミニアルバムだ。
遙は前回の呼び出しの後、追加で数曲提出させられ、その中の一部がミニアルバムに収録され、そして全て打ち込みで作った曲をコンピアルバムに無理矢理追加された。
これは売れ残る。
心臓がバクバクした。
売り上げはゼミの予算になると聞いたが売れ残った場合はどうするのだろう。
「滝川さん、売り切りますよ」
にっこりと笑みを見せる鷲尾准教授に威圧を感じる。
なんというか追い詰められた気配だ。
「大丈夫、あとで御影くんも来ますし、当麻くんも……おや? 当麻くんはまた遅刻ですかね? そろそろ開場時間だというのに」
腕時計を確認し、鷲尾准教授が溜息を吐く。
「あー、創也くん常習犯だもんね」
「本当に、彼が時間内に達成出来ることは曲作りだけですよ」
呆れつつも評価しているのだろう。
時間内に曲を完成させられるというのはまた才能だ。
特に、鷲尾准教授がわざわざ口にすると言うことは、課題に合った曲をきちんと完成させられるのだろう。遙なら緊張して頭が真っ白になってしまい、きっとなにも完成しない。
その一点だけでもあの先輩が優れた人なのだと理解した。
開場のアナウンスが始まった頃、慌てて走る姿が目に入った。当麻だ。
「すみません! 乗るバス間違えました!」
「はい嘘。当麻くん、去年も同じ言い訳でしたよ? 言い訳するならもう少しバリエーション豊富にして下さい」
鷲尾准教授は呆れたように言う。
「売り子は彼に任せましょうか。滝川さん、はい」
突然棒金の五百円と百円を渡される。
「え?」
「コネ作りに全ブース回ってきて下さい」
「は?」
一体なにを言っているのだろう。遙の頭は理解することを拒絶した。
「あちらとあちらは数々のアニメ作品などの音楽を担当している現役プロです。あちらは昨年ヒットした映画の音楽を一部担当していますし、あちらは地下アイドルに定期的に楽曲提供しています。あとは……ああ、ここのブースは動画投稿サイトでヒットした曲がCMに採用された将来有望な子ですね」
ブースやマップで場所を示しながら説明される。
「え? そんな凄い人がごろごろいるんですか?」
「居ますよ? 素人も多いですが、音楽で食べている人間が息抜きで参加したりもしますし、仕事よりも趣味でこういった場に参加する方が好きな人もいます。私のように」
「え?」
鷲尾准教授は学生の教育のためではないのだろうか。
「実は毎年ここでの交流を楽しみにしているのですよ」
ほら、全ブースに挨拶してきなさいと、思いっきり背中を叩かれた。
やっぱり女子扱いはされていない気がする。
遙は溜息を吐き、それから自分が思ったよりも緊張していないという事実に気がついた。
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