Liar Liar Endless Repeat Liar

ROSE

文字の大きさ
上 下
13 / 17
滝川遙 Ⅱ

滝川遙 7

しおりを挟む


 毛替えの料金と一緒に弦や小物、そしてショーウインドーのエレキチェロの代金を支払えば、わしたかふみが目を丸くしていた。
 店員も試奏もせずに購入するのかと何度か確認してくれたけれども仕方がない。人前で試奏なんてしても音がわからないに決まっている。
 それに、ライン録りできるのであればかなり遊べると思った。エフェクターで加工するのが楽しみだ。そう考え、これは浮気ではないといつもの楽器に心の中で言い訳をする。
はるかさん、買い物が豪快だね。兄さんみたい」
「え?」
 比較対象にされた鷲尾准教授の顔を浮かべ、同列に語られるのは嫌だなと思ってしまう。
「兄さんは、とりあえずで全種類買ったりするタイプだから」
「へぇ……」
 自称天が万物を与えた男だからもうなにをしていても驚かない。
 けれども遙から見ても金銭感覚がおかしいことは確かだ。
 店員がケースに入れてくれたエレキチェロを受け取ってこの後はどうしようかなどと考えていると、自動ドアからりんが現れる。
「あれ? わっしーと一緒だったの?」
 凜は驚いた顔を見せ、それから遙の手にあるものを見て頭を抱える。
 画材は車に積んできたらしく身軽だ。
「遙……さっき私が服を買うときはあれこれ言っていたくせに、楽器買ったの? 馬鹿なの?」
「えっと……積めるよね?」
「いや、積むけど……」
 凜はプライスカードがないかとあちこちをきょろきょろしている。
「絶対私の今日の買い物より高い」
「……まあ、ピアノと同じくらい?」
 貯金が半分ほど消えた。これからまた切り詰めた生活をしなくてはいけない。
「……はいはい。負けた。遙は音楽以外の全てを切り詰められるけれど音楽になると節約を忘れるんでしょう?」
「弦はランク落としたし」
 今日はスチール弦しか買っていませんと言ってもどうせレシートを見せればドン引きされるのだろう。
 そんな遙と凜を、鷹史は面白そうに眺めている。
「遙さん、凜ちゃんと仲いいんだ」
「小さいときから一緒だから」
 短く答えると、凜がじっと鷹史を見る。
「ってかわっしー馴れ馴れしくない? 私とあなたってそんな凜ちゃんなんて呼ばれる関係だった?」
 凜がそんなことを言うなんて珍しいなと思いながら二人を見守る。
「え? だっていつも鞄に『目立つの大好き凜ちゃん』ってキーホルダー付けてるから凜ちゃんって呼ばれたいのかなって」
 鷹史は意外と他人をよく見ている。
 それと同時に凜が彼をわっしーと呼んでいる事実に正体を知っていたのかと問い詰めたくなってしまう。
「別にいいけど、あなたに凜ちゃんって呼ばれるの違う気がする」
「えー、じゃあ、凜さん?」
「それでいいよ」
 頷く凜のシャツを軽く引っ張る。
「なに?」
「……知り合いだったの?」
「でかくて目立つでしょ。彼。それと誰にでもぐいぐい近い距離で話しかけるからそこそこ有名なの。悪い意味で……」
 最後は本当にギリギリ聞き取れる程度の声量で言う。凜なりの気遣いだろう。そんな気遣いが出来るのかと驚くと同時に居心地が悪くなってしまう。
「さて、荷物も多いしさっさと車に積もう」
 凜がそう言い出してくれたときには本当に救われた気分だった。
 鷹史に別れを告げ、店を出るつもりだったその時に、見知った人に声を掛けられるまでは。
「あら? 滝川さん?」
 柔らかな声の主は三波みなみ先生だった。
「こ、こんにちは」
 今日はよく知り合いに会う。
 確かに三波先生がここでレッスンをしているのを知っていたが、時間まで合ってしまうとは思わなかった。
 それに、三波先生のレッスンが終わる時間帯ということは、つまり彼女のつきまといが準備していると言うことだろう。
「お買い物?」
「は、はいっ、今帰るところでした」
 普段レッスン室で会う三波先生なのに、場所が違うだけで緊張してしまう。
「あ、鷹史くんも一緒だったのね。二人は仲いいの?」
「たまたま会っただけです」
 別に彼は友達でもなんでもないと否定する。
 実際、出来れば関わりたくはない相手なのだから。
「まだ僕の片想いみたい。ゆかちゃん先生は今帰り?」
「うん。レッスンも終わったし、今日はれんちゃんが来るから太郎ちゃんのご飯買って帰ろうかなって」
 廉ちゃんと太郎ちゃんとは何者なのだろう。甥っ子かなにかだろうか。
 遙は三波先生のことをあまりよく知らない。ただ、演奏家としてもそこそこの実力者だとは思う。たぶん彼女は自分の演奏よりも指導の方が上手なタイプだと勝手に感じていた。
「え? 太郎くんも来るの? いいなー」
「またおっきくなってね。ほら、ころころー」
 三波先生はスマホを取りだし、鷹史に写真を見せる。
「うわぁ、かわいい」
 赤ん坊なのだろうか。
 遙も見たいと、無意味に背伸びしてしまうと、それに気づいた三波先生が笑って画面を見せてくれた。
「もふもふ……」
 かわいい柴犬だろうか。むちむちした犬の写真だった。
 そして、この犬に見覚えがある気がする。
 まさかと思う。
 柴犬の太郎。
 タローさんは三波先生なのだろうか。
 けれども最初にタローさんから貰ったメッセージは三波先生とは違う雰囲気に感じられた。
 訊ねるべきか迷って、今訊ねれば、鷹史にもシリアルの正体がバレると思い口を閉ざす。
 そこに良くも悪くも(たいていの場合は悪いが)空気を読まない男が現れ、なぜか遙はほっとした。
「ゆかりさん! こんなところで会えるなんて偶然ですね」
 鷲尾准教授だ。両手に大量の洋菓子点の袋を持っている。中身は全てケーキなのだろう。そんなにどうするつもりだろうか。
 明らかに偶然ではないであろう男の登場に、三波先生の笑みが引きつっている。
「こ、こんにちは、鷲尾先生。大荷物ですね」
「学外では鷲一しゆういちと呼んでください。実は学生達からおいしいケーキ屋を聞いて……つい、買いすぎてしまいました。よければ一緒にお茶でもどうですか? この量は一人では消費できません」
 たぶん各店舗で十個以上は購入しただろうという箱の大きさに呆れてしまう。
 三波先生が断ったらどうするつもりなのだろう。
 遙はそっと凜の方に動き、その場から脱出しようとした。
 しかし、凜の隣に辿り着く前に阻止されてしまった。
「滝川さん達も一緒に。甘い物、お好きでしょう?」
 笑顔でお茶のお誘い。それなのに圧力を感じて断ることが出来ない。
「えっと……」
「タダで食べ放題なら悪くないお誘いじゃん。でもね、私たち大荷物なの」
 凜が助け船を出してくれる。
 確かに今の遙は大荷物だ。新しい楽器まで購入したのだから。
「では一度荷物を滝川さんの家に置いてから私の車で私の家に来ませんか?」
 そこまでして遙を逃がしたくない理由があるのだろうか。
 そう考えたのを読まれたのか、鷲尾准教授の顔が近づいてくる。
「同性の滝川さんが居た方がゆかりさんも安心できるでしょう?」
 耳元で囁かれ飛び上がりそうになった。
 一応三波先生に警戒されている自覚があったのだろうか。
「あ、折角なので新しく購入した楽器も持ってきて下さい」
「え?」
「試奏、まだでしょう? スタジオをお貸ししますよ?」
「いえ、結構です」
 遙自身驚くほど、きっぱりと断れた。
 そう、鷲尾准教授のことは苦手ではあるはずなのに、どうしてかそこまで緊張しない。美形過ぎて非実在人物とでも脳が誤認してしまっているのだろうか。
「鷹史の目の前で楽器を購入したのでしょう? シリアルさんはその楽器を使用しない方がいいですよ?」
 耳元で忠告を受ける。
「課題にぴったりの楽器なので、相性のいいプラグインを探すのをお手伝いしますね」
 断るなと笑顔で圧力をかけられる。
 つまり、逃げたら鷹史にシリアルの正体をバラすとでも言うのだろう。
 脅しに使われると言うことは、今のところ鷹史は遙がシリアルだとは気がついていないらしい。
 その割に、随分と付き纏ってくるが。
「いーな、僕も遙さんのおうち行きたい」
「ダメに決まってるでしょ」
 遙が断るよりも先に凜が止める。
「鷹史、あんまりしつこいと嫌われるぞ」
「兄さんにだけは言われたくないなー。ね? ゆかちゃん先生?」
 同意を求められた三波先生は困り果てた顔をしている。
「えーっと、私……今日は用事が……」
「廉くんも呼びましょう。ケーキはたくさんあります」
 逃げようとしたのに、三波先生も逃げ道を塞がれた。
 これはもう諦めるしかなさそうだ。
「……鷲尾先生っていつもこうなんですか?」
「え、ええ……だいたいこんな感じだけど……この性格以外は凄い人だから……」
 さらりと悪口を言った気がするが、この性格も凄い方に含まれると思う。
 ある意味、遙が見習うべきなのはこの性格の方なのではないかと考えてしまうほどには。
 あきれ果てる凜も、鷲尾准教授には押し負けたらしい。
「……食材買いに行くのは今度にしようか」
「……うん」
 冷凍庫の中に冷凍パスタはあと何個あっただろう。
 そんなことを考えながら、鷲尾准教授に監視されるまま、凜の車へと向かった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...