Liar Liar Endless Repeat Liar

ROSE

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わっしー

わっしー 1

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 たぶん衝撃を受けたのだと思う。
 きっかけはたまたま新着投稿が目に入ったことだった。
 とにかく他人とセッションするのが好きだ。だから気になった演奏家には片っ端から声を掛けている。断られたらその時はその時。そんな考えだ。
 狭いベッドの上で寝転びながらスマートフォンを弄り、おんの新着投稿をチェックするのが日課だった。
 その人の投稿はとても衝撃だった。
 和音のユーザーは自己顕示欲の強い人が多いのだと思う。みんなあの手この手で自分を見てと必死にアピールして、ここで有名になってプロ入りしたいと思っている人もたくさん居る。中にはプロフィールに「プロ志望」と書いていたり、有名なアーティストとセッションをしたことを自慢気に書いている人もいる。
 そんな中でわざわざ基礎練習を投稿するなんて思わなかった。
 アイコンは流行のイラストというか、中性的な雰囲気のキャラクターだ。たぶん注目を集めたくて誰かに依頼して描いてもらったのだろう。もしくはとても絵の得意な人なのかも。
 興味本位で最初のトラックを再生してみた。
 衝撃だった。
 確かに基礎練習曲なのだ。ただの基礎と言われればそれでしかない。
 けれども何年も何年もひたすらに基礎を重ねてきた人の演奏だった。
 この人は音楽に真摯で、音楽のための努力が苦にならない人なのだろうと思った。 
 名前を確認すると「シリアル」なんて変わった名前で、余計にどんな人なのだろうと興味を持った。
 だから、セッションのお誘いをしてみた。
 けれども返事が来ない。
 いきなりセッションのお誘いだなんて警戒されたのだろうか。新規ユーザーはトラブルを警戒する人も多い。
 それとも単純に合奏が嫌いなのだろうか。そう言う人も中には居る。
 ただひたすらに自分との対話とでも言うのだろうか。一人で弾き続けるのが性に合っていると言う人も少なからず存在することは理解している。
 けれども。
 もっとこの人の演奏が聴きたい。
 出来ることなら合奏したい。
 日に日にその思いが強くなる。
 既読になるだけで返事の来ないメッセージ。
 けれどもちゃんと読んでくれているようで、新規投稿があった。
 キャプションとは違ったそれはチェロ五重奏。
 想像以上だった。
 これだけ基礎を重ねられる人なら凄い演奏をするのだろうとは思っていたけれど、ここまでとは思わなかった。
 多重録音を駆使して一人で演奏している曲だ。
 この技法は手間もかかるし、なにより相当な実力がなくてはこんなには揃わない。
 そして、初めて聴く曲だった。
 とにかくいろんな人とセッションするのが好きだからあらゆるジャンルの曲を聴く。音楽の記憶力はいい方だと思っていた。
 けれども、初めて聴く曲だった。
 つまり、このシリアルさんは積み重ねた基礎演奏能力だけでなく、自分で曲を作れるだけの能力もあるのだ。
 ますます合奏してみたいと思う。
 けれども。
 はたして自分の演奏技術はこの人と合奏するだけの実力だろうかと考えてしまう。
 それなりに弾けるつもりだった。
 流石に世界中で演奏するソロツアーなんてものは無理だとわかっている。それでも生演奏が必要な店で毎週演奏する程度の実力はある。
 自分の名前を前面に出して売り出していくのは困難だと思う。ソロアルバムを出せるような演奏家になって、それだけで食べていくことはできないと思う。
 けれどもスタジオミュージシャンならどうだろう。むしろ誰かに必要とされて演奏するのは自分に向いているのではないか。
 初見で、アレンジで、他人に合わせて。
 それは得意分野だと思っている。
 けれども、このシリアルさんと並んで、雑音になってしまわないかと不安になった。
 こんな感情は初めてだ。
 自分はうぬぼれていたのだろうかと思う。
 基礎練習を欠かしたことはない。
 毎日ハノンは一通り、それからレパートリーの為に数曲練習している。
 咄嗟のリクエストにすぐ応えられるように、いくつもいくつも。
 向かう方向性が違う。
 そう言ってしまえばそれまでなのかもしれない。
 けれども、圧倒的な才能を前に怯んだ自分がいる。
 嫉妬も出来ないほどの壁を感じた。
 このシリアルさんはどんな人なのだろう。
 よく響く、豊かで力強い演奏。
 たぶん、男性。年上、だといいなと思ってしまう。
 これで高校生だなんて言われてしまうと、いくらなんでも焦りたくもなってしまう。
 練習の仕方が間違えていたのかだとか向き合い方に失敗してしまったのだろうだとか、きっと暗いことを考えてしまうだろう。

 今日もメッセージに返信はない。
 けれども、新しい投稿がある。

 088 晴れ

 たぶんまたオリジナル曲だと思った。
 再生するのが少し怖い。
 けれども、再生ボタンを押さずにはいられなかった。

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