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泣き声
しおりを挟む子供は怖い話が好きだ。怖がるくせに怖い話をしたがる。
当時のクラスメイトたちもそうだった。
だけどどうせ作り話だからと楽しんでいる節もあっただろう。
音楽室の勝手に鳴るピアノだとか夜中に走り出す人体模型だとかどこの学校でもありそうな話ばかり。
そんな中、理科室で泣き声が聞こえると言う話があった。
赤ちゃんが泣いているのだそうだ。
学校に赤ちゃんなんていない。なのに赤ちゃんの声だなんておかしな話だ。
実際理科室での授業でそんな声を聞いたことがない。
だから私はただの作り話だと思っていた。
特別棟二階にある理科室は上級生が使うから、掃除当番も上級生の仕事だ。 たぶん五年生の担当だったと思う。
その日、私は理科室の掃除当番だった。
と言っても床を掃いたり机を拭いたりゴミ箱を空にする程度の簡単な掃除で他の教室とやることは一緒だ。
掃除当番は班の五人でやるからすぐに終わると思っていた。
なのに、誰も来ない。
サボりかと呆れた。そういえば、ケイドロするって言っていたような気がする。先週下駄箱の上に上がって怒られたのにまだ懲りないのだろうか。
そんなことを考えながら掃き掃除をはじめた。
その時、もう一つおかしいことに気がつく。
先生もいない。
理科室は危険なものもあるから必ず担当の先生が一緒のはずなのに今日は先生がいなかった。
またか。と思ってしまう。
また私だけいなかったことになってしまうのではないだろうか。
けれども理科室は理科室で、外に出て入り直してもいつもと同じ理科室にしか見えない。
きっと先生はあとから来てくれるだろう。
自分に言い聞かせて掃除に戻った。
箒を動かしてゴミを集めていると、水の音がした。
ぴしゃりぴしゃりと、蛇口をしっかり締めなかった時のような音だ。けれどもまだ水道は使っていないし、さっきまではこんな音はしなかった気がする。
けれども気になってどこの蛇口だろうかと探した。
理科室の六つの長机にはそれぞれ水道がついていて、すぐに実験器具を洗えるようになっている。それともう一つ、先生用の長机にも水道がついていて、理科室にある水道はそれですべてだ。
一個ずつ確認してみると、どの蛇口もしまっている。
へんなの。まだ音は消えていないのに。
耳を澄ませると、どうやら水道の音は準備室から響いているようだった。
もしかしたら先生がいるのかもしれない。
そう思って準備室のドアノブをひねってみた。
ここは生徒だけで入ってはいけない部屋だ。いつも鍵が掛かっているから先生がいないならドアは開かない。
ドアはあっさり開いたから先生がいるのだと思った。
「先生、いるー?」
声をかけても返事がない。
それどころか電気も点いていない暗い準備室だった。
手探りでスイッチを探し、電気を点ける。
明るくなった室内に先生の姿はなかった。
おかしい。
薬品棚は鍵が掛かっている。ここは絶対に先生意外触ってはいけない場所。
棚の上にはずらりと標本が並んでいる。それに模型も。
私は天体模型が好きだった。なんだか不思議な感じがして好き。折角だからちょっと見ていこうなんて誘惑に負けたのがいけなかったのだと思う。
泣き声がした。
噂になっていた赤ちゃんの声、ではない。
泣き声というよりは鳴き声。なにか動物の鳴き声に聞こえた。
どこから聞こえるのだろう。
怖くなってあたりを見渡す。
棚の上には標本、標本、標本。
瓶詰めの爬虫類やガラスケースに入れられた昆虫や蝙蝠、鳥や動物の剥製まである。
ケーン、ケーンというなにかの鳴き声のような音がするけれど、どこから聞こえるのかわからない。
逃げないと。
そう思うのになにから逃げればいいのかさえわからない。
ぎろりと剥製の目が動いたような気がした。
まさかあの剥製の声なのだろうか。
まるで獣に見つからないようにとでも言うように、ゆっくりと棚から離れる。
そろり、そろりと後ろに下がった。
けれどもなにかにぶつかって転んでしまった。
段ボールの山だ。先生がずぼらだから古い道具を箱に入れっぱなしでゴミ庫に運んでいない段ボール。
それは思ったよりも大きな音が響いた。
その直後、威嚇するような獣の声が響く。
逃げないと。
そう思うのに体が上手く動かない。
怖くて体がガクガク震えた。
なんとか逃げないと。
無意識に手がなにかを掴んでいた。
それを確認すると、小樽の先生から貰ったお守りだった。
そこで私はようやくおまじないを唱えることを思い出した。
必死に何度も何度もおまじないを唱える。
どのくらいの時間そうしていたのかわからない。けれどもしばらく、私にとっては随分と長い時間に感じられた。
そうして、必死におまじないを唱えていると、ドアが開く音がした。
「こんなところでなにをしているんだ?」
驚いたような先生の声。
思わず泣き出しそうになった。
「先生いなかったから探しに来たの」
安心したら涙が出てきた。
けれども先生は、段ボールに躓いて転んだショックで泣いているとでも思っているのだろう。
「一人で入ったらだめだと言ったろう? 怪我はしていないか?」
念のため保健室に行こうかといつもより優しい声で言う。
私はおとなしく保健室に連れて行かれた。
でも今ならわかる。
たぶん先生はあの準備室になにがいるか知っていて、私がなにを見たのかにも気づいていたのだと。
だけど、だらしなく置きっぱなしにしていた段ボールに躓いて転んだせいで泣いていたことにしたいのだとも。
あの先生は、きっと「見える人」だったのだろう。
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