知らない子

ROSE

文字の大きさ
上 下
5 / 9

泣き声

しおりを挟む


 子供は怖い話が好きだ。怖がるくせに怖い話をしたがる。
 当時のクラスメイトたちもそうだった。
 だけどどうせ作り話だからと楽しんでいる節もあっただろう。
 音楽室の勝手に鳴るピアノだとか夜中に走り出す人体模型だとかどこの学校でもありそうな話ばかり。
 そんな中、理科室で泣き声が聞こえると言う話があった。
 赤ちゃんが泣いているのだそうだ。
 学校に赤ちゃんなんていない。なのに赤ちゃんの声だなんておかしな話だ。
 実際理科室での授業でそんな声を聞いたことがない。
 だから私はただの作り話だと思っていた。

 特別棟二階にある理科室は上級生が使うから、掃除当番も上級生の仕事だ。 たぶん五年生の担当だったと思う。
 その日、私は理科室の掃除当番だった。
 と言っても床を掃いたり机を拭いたりゴミ箱を空にする程度の簡単な掃除で他の教室とやることは一緒だ。
 掃除当番は班の五人でやるからすぐに終わると思っていた。
 なのに、誰も来ない。
 サボりかと呆れた。そういえば、ケイドロするって言っていたような気がする。先週下駄箱の上に上がって怒られたのにまだ懲りないのだろうか。
 そんなことを考えながら掃き掃除をはじめた。
 その時、もう一つおかしいことに気がつく。
 先生もいない。
 理科室は危険なものもあるから必ず担当の先生が一緒のはずなのに今日は先生がいなかった。
 またか。と思ってしまう。
 また私だけいなかったことになってしまうのではないだろうか。
 けれども理科室は理科室で、外に出て入り直してもいつもと同じ理科室にしか見えない。
 きっと先生はあとから来てくれるだろう。
 自分に言い聞かせて掃除に戻った。
 
 箒を動かしてゴミを集めていると、水の音がした。
 ぴしゃりぴしゃりと、蛇口をしっかり締めなかった時のような音だ。けれどもまだ水道は使っていないし、さっきまではこんな音はしなかった気がする。
 けれども気になってどこの蛇口だろうかと探した。
 理科室の六つの長机にはそれぞれ水道がついていて、すぐに実験器具を洗えるようになっている。それともう一つ、先生用の長机にも水道がついていて、理科室にある水道はそれですべてだ。
 一個ずつ確認してみると、どの蛇口もしまっている。
 へんなの。まだ音は消えていないのに。
 耳を澄ませると、どうやら水道の音は準備室から響いているようだった。
 もしかしたら先生がいるのかもしれない。
 そう思って準備室のドアノブをひねってみた。
 ここは生徒だけで入ってはいけない部屋だ。いつも鍵が掛かっているから先生がいないならドアは開かない。
 ドアはあっさり開いたから先生がいるのだと思った。
「先生、いるー?」
 声をかけても返事がない。
 それどころか電気も点いていない暗い準備室だった。
 手探りでスイッチを探し、電気を点ける。
 明るくなった室内に先生の姿はなかった。
 おかしい。
 薬品棚は鍵が掛かっている。ここは絶対に先生意外触ってはいけない場所。
 棚の上にはずらりと標本が並んでいる。それに模型も。
 私は天体模型が好きだった。なんだか不思議な感じがして好き。折角だからちょっと見ていこうなんて誘惑に負けたのがいけなかったのだと思う。
 泣き声がした。
 噂になっていた赤ちゃんの声、ではない。
 泣き声というよりは鳴き声。なにか動物の鳴き声に聞こえた。
 どこから聞こえるのだろう。
 怖くなってあたりを見渡す。
 棚の上には標本、標本、標本。
 瓶詰めの爬虫類やガラスケースに入れられた昆虫や蝙蝠、鳥や動物の剥製まである。
 ケーン、ケーンというなにかの鳴き声のような音がするけれど、どこから聞こえるのかわからない。
 逃げないと。
 そう思うのになにから逃げればいいのかさえわからない。
 ぎろりと剥製の目が動いたような気がした。
 まさかあの剥製の声なのだろうか。
 まるで獣に見つからないようにとでも言うように、ゆっくりと棚から離れる。
 そろり、そろりと後ろに下がった。
 けれどもなにかにぶつかって転んでしまった。
 段ボールの山だ。先生がずぼらだから古い道具を箱に入れっぱなしでゴミ庫に運んでいない段ボール。
 それは思ったよりも大きな音が響いた。
 その直後、威嚇するような獣の声が響く。
 逃げないと。
 そう思うのに体が上手く動かない。
 怖くて体がガクガク震えた。
 なんとか逃げないと。
 無意識に手がなにかを掴んでいた。
 それを確認すると、小樽の先生から貰ったお守りだった。
 そこで私はようやくおまじないを唱えることを思い出した。
 必死に何度も何度もおまじないを唱える。
 どのくらいの時間そうしていたのかわからない。けれどもしばらく、私にとっては随分と長い時間に感じられた。
 そうして、必死におまじないを唱えていると、ドアが開く音がした。
「こんなところでなにをしているんだ?」
 驚いたような先生の声。
 思わず泣き出しそうになった。
「先生いなかったから探しに来たの」
 安心したら涙が出てきた。
 けれども先生は、段ボールに躓いて転んだショックで泣いているとでも思っているのだろう。
「一人で入ったらだめだと言ったろう? 怪我はしていないか?」
 念のため保健室に行こうかといつもより優しい声で言う。
 私はおとなしく保健室に連れて行かれた。

 でも今ならわかる。
 たぶん先生はあの準備室になにがいるか知っていて、私がなにを見たのかにも気づいていたのだと。
 だけど、だらしなく置きっぱなしにしていた段ボールに躓いて転んだせいで泣いていたことにしたいのだとも。
 あの先生は、きっと「見える人」だったのだろう。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

暗夜の灯火

波と海を見たな
ホラー
 大学を卒業後、所謂「一流企業」へ入社した俺。  毎日毎日残業続きで、いつしかそれが当たり前に変わった頃のこと。  あまりの忙しさから死んだように家と職場を往復していた俺は、過労から居眠り運転をしてしまう。  どうにか一命を取り留めたが、長い入院生活の中で自分と仕事に疑問を持った俺は、会社を辞めて地方の村へと移住を決める。  村の名前は「夜染」。

ソウサクスルカイダン

山口五日
ホラー
創作怪談(時々、自分の実体験や夢で見たお話)になります。 基本的に一話完結で各話1,000~3,000字ほどで、まるで実体験のように書いたり、人から聞いたように書いたりと色々な書き方をしています。 こちらで投稿したお話の朗読もしています。 https://www.youtube.com/channel/UCUb6qrIHpruQ2LHdo3hwdKA/featured よろしくお願いいたします。 ※小説家になろうにも投稿しています。

怖い話短編集

お粥定食
ホラー
怖い話をまとめたお話集です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

呪われたN管理局

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと不思議な怖い話

桃香
ホラー
ちょっとだけ怖いなお話。 短編集です。 YouTubeで朗読AMSRの予定。 ※YouTube↓ 内容は純文学朗読やガンプラ、津軽三味線 怖い話のASMR予定 https://youtube.com/channel/UCO8Pz83e1jCQ6e77ZN9iyvA ※フィクションです

短な恐怖(怖い話 短編集)

邪神 白猫
ホラー
怪談・怖い話・不思議な話のオムニバス。 ゾクッと怖い話から、ちょっぴり切ない話まで。 なかには意味怖的なお話も。 ※追加次第更新中※ YouTubeにて、怪談・怖い話の朗読公開中📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...