知らない子

ROSE

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ないはずの本

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 私は図書室が好きだった。
 人が少なくて静かなのがいい。
 木曜日の6時間目はクラブ活動で、手芸クラブが図書室を使っていたから手芸クラブに入ったくらいには図書室が好きだった。
 本を読むのが好きだった。
 怖い話が好き。江戸時代の怪談話や外国の怖い話、吸血鬼伝説やゾンビの話、宇宙人の話や古代遺跡の呪い。歴史のある怖い話が好きだった。
 休み時間の度に、放課後も下校時間になるまでびっしり図書室に通っていた私は、図書室の中の本を殆ど把握していたし、図書室の先生(司書のことを当時はそう呼んでいた)の手伝いで、新しい本と入れ替える古い本を選んだりもしていた。
 この入れ替える古い本は、もう誰も読まなくなったボロボロの本。昭和の遺物のような本を選んで、新しい本が入るスペースを作る。選ばれた本はビニール紐で縛られてゴミ庫に運ばれてしまう。
 つまり、見向きもされなくなったかわいそうな本が選ばれる。
 そういった可哀想な古い本を読むのは当時私だけだった。殆どの時間を図書室で過ごすのに、そういった古い本に触れる子すら見かけなかったし、貸し出しカードにも私の名前しかない。つまり図書室の先生は私が読まない古い本を選んでくれと言っていたのだ。
 たとえば伝記。同じ偉人の新しい本が入ったなら古い方は抜いてしまおうと他の子は言うかもしれない。でも、古い本と新しい本では書いてある内容が違ったりする。
 歴史の本は意外と内容が変わりやすい。当時わからなかったことがどんどん新しい発見で塗り替えられていくだとか。
 その違いを知るのが面白いのに、見向きもされない本たちはゴミ庫へ運ばれていくのだ。
 
 その日は既に新しい本の分、古い本が抜かれたあとだった。
 新刊希望の長いリストを眺める図書室の先生は、怪談話の新しいシリーズが入ると教えてくれた。
 だけど、怖い話は古い本の方が好き。
 お気に入りがかわいそうな本の仲間入りしてしまわないかどきどきしていた。
 お気に入りの古い本があるのは、あまり人が入らない図書室の奧の奧。明かりもあまり入らないから全部の電気が点いている時だってそこは薄暗い。他の棚で影になってしまっているのだ。
 人気なのは学習漫画のコーナー。歴史や科学の話が漫画になっている。他の子はだいたい漫画を読んでいる。
 あとは挿絵がかわいい本。新しい絵柄の方が人気。
 私のお気に入りは人気とはかけ離れていた。
 挿絵がとても古い。漫画タッチではあるけれど、おばあちゃんの時代って感じの絵。それに昔々の怖い話。
 女の子をたくさん殺した貴族の話や、敵を串刺しにした貴族の話とかそういうのや、偉い人に首を刎ねられてお化けになった人の話。
 呪いのビデオゲームなんかには興味がなかった。
 当時から私は捻くれていたのだ。新しい話は誰かの作り話だと思っていた。古く語り継がれている話こそ、本当にあった話なのだと。
 お気に入りがたくさん詰まった棚に行くと、妙なものを見つけた。
 妙なものというのはそれ自体が妙なのではなく、置かれている場所がおかしい。
 古い本だ。背表紙が剥げていてタイトルが読めない。
 それだけであればお気に入りたちと変わらないけれど、その本は本の上に差し込まれていた。
 おかしい。図書室の本は図書室の先生がいつもきれいに並べているからこんな風に入っている事はないのに。
 それにこんな古い本、他の子は触りもしない。
 気になって手に取った。
 表紙を開こうとすると古いからか張り付いてしまっていて、ぺりぺりと嫌な音がする。すごく汚れた本だった。
 正直、その本の内容はあまり覚えていない。
 外国の怖い話だったと思う。幽霊とか花嫁とかそういう話。
 私はその本が気に入ったから、その日借りていこうとしたのだけれど、他の本で貸し出しできる量が埋まってしまっていたことを思い出した。
 誰もその本に触れたりはしないと思いつつも、誰かに横取りされるのが嫌だと思ってしまった私は、図書室の先生に、明日借りたいからと貸し出し予約させて欲しいと頼んだ。
 図書室の先生ははじめ、笑顔で「わかりました」と言ったのに、私が持った本を見て首を傾げた。
「あら? こんな本あったかしら?」
 図書室の先生が本を確認する。
 そこでようやくその本がもっとおかしいことに気がついた。
 図書室の本には本を分類するためのシールが貼ってあって、貸し出しできない本にはさらに貸し出し禁止のシールが貼ってある。けれどもその本はシールが貼っていないのだ。
「この本、棚のシール貼ってないね」
 新刊の時に貼り忘れたのだろうか。
 そう思って、本の一番後ろ、貸し出しカードを入れるポケットが貼ってある場所を確認すると、そこにポケットもカードもなかった。
「この本、図書室の本じゃないのかも。調べておくね」
 そう言って、図書室の先生はその本を預かると、その日は下校時間になってしまった。

 翌日、昼休みに図書室に駆け込んで、昨日の本を確認する。
「あの本、購入記録がなかったから、誰かの忘れ物だったのかも」
 図書室の先生はそう言って、本は貸し出しできないけれど、図書室で読むのは構わないと本を渡してくれた。
 おかしな話だった。
 学校に図書室の本以外は持ち込み禁止だったし、自分の本をあんな奧の本棚に置くだろうか。
 それに、毎日綺麗に並べられている本棚のあんな場所にあって今まで誰も気づかなかったのもへんなの。
 暗い棚のところで本を開く。
 本は昨日見たときよりももっと汚れているような気がした。
 滲んで汚れが広がっている。
 所々ページがくっついていて開かなかった。
 読めないとなると余計に気になる。
 くっついたページを慎重に剥がしながら、その本を読み進めた。
 外国の女の人の話。何百年も昔の話だったと思う。
 必死に読んだことは覚えているのに、本の内容は殆ど覚えていない。
 けれども私は確かにその本を読み切った。
 そうして、読んだ本を元の棚に戻そうとしたとき、この本があった本の上にまた別の本が置かれていた。
 おかしい。さっきまではなかった本なのに。
 それにここは誰も通っていない。だって私がずっとここで本を読んでいた。人が来たら気づくはずだ。
 増えた本もまた表紙が掠れて読めなかった。これも随分と汚れている。
 そして、図書室のシールが貼っていない。
 慌てて本を持って図書室の先生に見せると、彼女は困った表情をして、それから授業が始まるから教室に戻りなさいと、読んでいたあの本も回収して私を図書室から追い出した。
 その次の日からだ。図書室は本の入れ替えがあるので入れませんと三日くらい締め切られてしまって、次に図書室に入ったときにはどの棚も新しくなっていた。 私のお気に入りたちはみんなかわいそうな本になってしまったらしく、図書室のどこにも見当たらなくなって、私は図書室に足を運ばなくなった。
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