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20 共鳴しない弦楽器
しおりを挟む「報告致します」
芝居がかった仕草でホセが跪く。
玉座の間で資料を眺めていたレイナはうんざりしながら資料を置き、報告を促した。
どうせアリアに関する調査報告だ。
「待って、どうせお兄様方とルイスしかいないもの。普段通りに報告して頂戴」
芝居がかったホセを見るのは物珍しいけれど、ずっとひれ伏している姿を眺めたいわけでもない。
レイナは座り心地の悪い玉座から立ち上がる。
「ルイス」
「さすがにここで椅子になるのは遠慮したいかな」
「違うわ。私の椅子を取って」
ルイスのお膝は魅力的な誘惑だけど、レイナにだってやって良いことと悪いことの区別は一応つくつもりだ。
「玉座よりチェロ椅子の方が座り心地がいいだなんて、レイナらしいと言えばらしいけど……臣の前ではやめて欲しいな」
次兄が溜息を吐く。
「ふかふかしすぎて落ち着きません。それで、ホセ、国境はどうだったの?」
どうせ、そこまで大それたことはできないでしょうけど。
共鳴しない弦楽器。
読めない目的。
ホセは立ち上がって口笛を吹く。
すると宙にモニターのようなものが浮かび上がった。
「白の王の提供情報通り、王族を名乗る女の目撃情報が。魔術の痕跡が複数。間違いなく、アリア・グラーベの痕跡」
まるでパズルのように浮かび上がった魔術の色を並べ替えるホセ。
どういう仕組みなのかは全くわからない。
けれども、この痕跡は……禁じられた魔法。
「心を操る魔術ね」
「はい。ただ、不可解なのは……『レイナを崇めろ』と命じている点……新たなる女王を讃えよと。実際、国境付近ではレイナの絵姿を巡り争いが起き、負傷者も」
全く理解出来ない。
「……私の絵姿? そんなの許可した覚えはないわ」
許可しなくても、王族の肖像はあちこちに出回っているものなのかもしれない。
だとしても。
「……私を偶像にでもするつもりかしら? でも、それであの人に得があるとは思えないわ」
全く目的が読めない。
「あの楽器はアリア・グラーベの魔力によって厄介な方向に力を働かせている。追跡する洗脳魔法……それも、複数の人間を一度に対象にできる」
本当に厄介だ。
「当然、洗脳は解いてきたのでしょう?」
「ええ。しかし……移動している」
なにがと訊ねようとすると、モニターの映像が切り替わる。
アリアとフラン・エチソ。
あれはどこだろう?
神殿?
フランが分厚い本を抱えている。
「……あれは……」
次兄が食い入るように映像を見つめる。
「古の呪文集。特に心を操る魔術について記されている」
ホセの言葉に次兄は忌々しそうな舌打ちをした。
「なぜあいつらが?」
「あの二人なら楽に出来てしまうわ。ストーキング特化の能力を持っているのだから……問題は。あの呪文でなにをするつもりか、よね?」
ホセを見る。
彼がなにかを掴んでくれていないかと半分期待して。
「今のところ、レイナを崇めさせることしか命じていません」
ホセはひれ伏す。
妙に芝居がかった仕草に溜息が出た。
「他人の心を操ってまで崇められたくはないわ」
思わず、隣に立つルイスの手を握る。
「……ルイスにさえ手を出さないなら放って置いてもいいと思ったけれど……目的が読めなさすぎて不気味だわ。ホセ、もう少し監視を続けて頂戴」
握り返された手に安堵する。
ホセは頷き、それから口笛を吹いて姿を消す。
便利な魔法。
「……私もああいうの出来るようになるかしら?」
「レイナが口笛を吹くところは誰にも見せたくないな」
優しく微笑むルイスに視線を奪われる。
「……あなたもそういう冗談を言うのね」
「本気だよ。どうしても口笛を吹きたいなら私の前だけにして欲しい」
視線を逸らせない。
本当に、ルイスの美貌は厄介だ。
「……傾国の美男ってきっとルイスのことを言うのね。練習に戻るわ」
美しい物を讃える曲があったはずだ。ルイスのことを考えればきっといい演奏になる。
レイナは立ち上がり、椅子を持ち上げる。
「運ぶよ」
「自分で運べるわ。それに……ルイスは荷物持ちをするより誰かに持たせる方が似合うわ」
冗談ではない。本気だ。
ルイスは誰かを従えている方が似合う。
「従僕のひとりでも連れて歩けばいいのに」
「外では何人か連れているよ。でも、レイナと一緒の時間を邪魔されたくないから置いてきている」
笑うルイスの言葉が本気なのか冗談なのか読めない。
「紹介してくれないの?」
「……レイナが私よりもあの子に構うようになっては困るから紹介したくないな」
自然に、腰に回される手。
そのまま体を委ねてしまいたくなる。
「ルイスが夢中にさせてくれるならその心配はないわ。このところ、私はあなたのお顔に夢中なの」
顔だけでなく、温もりも声も、さり気なく手助けをしてくれるところも全部。
「……ルイス、この後暇?」
「レイナの為ならいくらでも」
「そう。じゃあ、練習に付き合って。観客がいるのといないのは、やっぱり違うわ。それに……ルイスに聴いて欲しい」
ルイスのことを考えた演奏は、彼にとってどんなものになるのだろう。
「勿論。特等席で聴かせて貰うよ」
優しく包み込んでくれる腕が好き。
チェロを抱きしめるときくらい優しい力加減だ。
「……私、幸せ者ね。ルイスがいればそれだけで十分だと思っていたけれど、あなたが観客になってくれるの凄く嬉しい」
そんな言葉が飛び出した自分自身に驚く。
もっと言いたいことがあったはずなのに、その言葉はどこかへ行ってしまった。
玉座の後ろに置いた楽器ケースを手に取ろうとして、もう少しだけこのままルイスに抱かれていたい気がしてしまう。
「レイナ? やっぱり椅子は私が持つよ」
「……ええ、お願い」
離れてしまった温もりを惜しいと思うのはいつからだろう。
ルイスは裏切る素振りすら見せないのに、残された時間はあまりないように思えてしまう。
結末が見えない。
本来それが普通のはずの未来が読めないことをこんなにも恐ろしく感じるようになったのはなぜだろう。
見えない不安を誤魔化すように、手を握って欲しいとルイスに差し出す。
なにも言わずに重ねてくれた手に離れないで欲しいと願う。
あなたはいつまでこの手を離さないでくれるのだろう。
その考えを斬りすてることは出来ない。
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