黒炎の宝冠

ROSE

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19 退屈な作業

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 ホセに調査を命じ、執務室で退屈な作業をこなす。
 当然、王女で居た頃より王になってからの方が仕事量は増える。
 二人の兄に挟まれ、慣れない書類仕事は退屈だ。
「……飽きた」
 なにが悲しくて兄二人の顔を見ながらこんな仕事をしなくてはいけないのかしら。税だの予算だのそんな話よりも国境の情報の方がずっと気になる。
「レイナ……さすがに、飽きた、はないんじゃないかな?」
 次兄が困ったように笑む。
「お兄様方の顔も見飽きましたわ。ずーっと無言で、書類と睨めっこ。私なんてこの二枚の違いさえよくわからないのに」
 分からないと言うよりは文章が頭に入ってこない。退屈すぎてうんざりしている。
「お前はもう王になったのだ。子供のようなわがままを言わずに真面目にやりなさい」
 長兄が溜息を吐く。
 真面目な長兄の言いたいこともわかる。でも、こういった物は適材適所でやるべきだ。
「これでも僕と兄さんがかなり仕分けした後なんだよ?」
「署名するだけでも手が疲れます」
 せめてルイスが居てくれればいいのに。
「はぁ……ルイスのお膝の上ならもう少し頑張れる気がするけど……ぜんぜん会いに来てくれないわ……」
 もう三日も会っていない。
「この山をひとつ片付けたらルイスを呼んであげるよ」
 次兄はご褒美で釣る作戦に出たらしい。
「それって、つまり、終わらなかったらルイスが来ても追い返すってこと?」
「そうなるね」
 つまり、ルイスは部屋の前まで来てくれていたのだ。それを、たぶん長兄が追い払った。
「……やめた。もうなにもしない。ルイスが来てくれないならなにもしないわ」
 楽器が弾きたいのにそれもお預けで、考えることもたくさんあるはずなのにレイナにとって何の価値もないような書類の山ばかり相手にしている。
「レイナ」
 咎めるような次兄の声。けれども聞こえないふりをして机に伏せた。
 少しして深い溜息が聞こえる。
 そうよ。そのまま諦めて。王に相応しくない妹なんてさっさと廃位して長兄が玉座を得るべきよ。
 けれどもレイナの考えは裏切られる。
 次兄は強硬手段に出たのだ。
「ルイスを椅子にしていいから続きを終わらせなさい」
 部屋の前にずっと立っていたであろうルイスを引きずり込み、目の前に立たせた。
 当のルイスは現状が理解出来ないらしく困惑した表情を浮かべている。
「やあ、レイナ……えっと……あまり、順調ではなさそうだけど、大丈夫?」
「ルイス……お兄様方の味方なら帰っていいわ」
 凄く会いたかったはずなのに、愚かな言葉が飛び出してしまう。
「うーん、内容によるかな? 私にはレイナを支える役目があるから」
 どこで困っているの? と隣に回り込んだルイスが書類を覗き込む。
「……困っているっていうか……目の保養が欲しかったところ。やっぱりあなたって、見た目がいいの」
 見た目だけじゃない。声も匂いも温もりも、全部養分になるような気がする。
「手伝ってくれるならここに座って」
 自分の椅子を明け渡そうとすれば目を丸くする。
「ルイスが私の椅子になってくれるでしょ?」
「……え? 私を椅子にしたいのかい? あー……うん。構わないけど……君にそんな趣味があったのは意外だな……」
 ルイスはなにかを考え、言葉を選んでいるような。
「そう、こういう趣味なの。そうよ。ルイスと密着したいの。あなたの声で書類を読み上げてくれたらつまらない作業も捗りそうだわ」
 椅子に読み上げ機能なんてないけれど、私のルイスは有能だから。と続けたらどんな反応を見せるだろう。
 そう考えたけれど実行には移さない。
 ルイスは完全に困惑している。
「悪いね、ルイス。レイナは書類仕事に飽きて駄々を捏ねていたところなんだ。少し遊びに付き合ってやってくれ」
 次兄は溜息を吐き、自分の前の書類を処理していく。
 なんであんな速さで動けるのだろう。本当に文章を読んでいるのだろうか。
 今、読まずに破り捨てたような気がする。
「お兄様、本当に読んでいるの? 読まないで破り捨てたように見えたけれど」
「不快な魔術の痕跡がある書類も紛れ込んでいるからね。そう言う物はレイナの手に届く前に破り捨てているよ」
 単純な返答。次兄は自分の生まれ持った素質を利用してレイナを守ろうとしてくれている。
「少し席を外すが、ノア、レイナの監視を頼む。サボらないように見張っていてくれ」
 どうやら長兄は訓練の時間らしい。次兄に釘を刺し、最後にレイナを見る。
「わがままが過ぎてルイスに呆れられないようにしなさい」
 どうやら長兄もレイナの使い方がわかってきたらしい。
「……ルイス、このくらいで私を嫌ったりはしないわよね?」
「勿論。どんなレイナも愛しているよ」
 私の大切なレイナ。
 そう囁かれ、ドキリとする。
 おかしい。音楽に触れていないのにルイスがいるだけで全身からなにかが込み上げてきそうだ。
「レイナ、少し落ち着くんだ。魔力が溢れている。あまり強すぎるとルイスの毒になってしまうよ」
 次兄に注意され、戸惑う。
 魔力?
 ホセにも制御が出来ていないと言われていたような気がする。
「演奏の時間が減ってしまったのでレイナの強すぎる魔力は発散方法を見失っているのでしょう」
「まあ、それもあるかもしれないけれど……まずはこの量をこなして演奏時間を確保出来るようにならないとね」
 笑顔で書類を増やされる。
 うんざりして溜息を吐けばルイスの手が腰に回り、そのまますとんと座らされた。
「さ、頑張ろう。私の足が痺れる前に終わってくれるといいのだけど」
 ルイスが微笑む。
「私、そんなに重い?」
「まさか。チェロケースがない分とても軽いよ」
 ルイスなりの冗談なのだろうか。
 諦めて書類に視線を落とす。
 ルイスはルイスで別の書類に目を通しながら、レイナの手が止まると躓きそうな部分を教えてくれる。
 これは、もしかしなくともルイスはこういった実務が得意なのでは?
 なにより、レイナが飽き始めると優しく抱きしめてくれたり撫でてくれる。
 結果、兄たち二人に監視されていた時の倍の量を終わらせることができた。
「これは……ルイス、ずっとここで椅子になってくれてもいいんだよ?」
 驚きを隠せないノアがルイスに圧をかける。
 婚約者から椅子に変更させられそうなルイスは困ったように笑むばかりだ。
「単にレイナが頑張っただけですよ」
「だとしても、素晴らしい成果だ。ルイスはレイナの扱いがとても上手くなったね」
 感心したような口調なのに、次兄の目はルイスを注意深く観察している。
「明日も来てくれると助かるよ」
「はい。是非」
 微笑む二人の本心は全く見えない。
 ただひとつ理解したのは、今日のルイスは次兄が警戒するなにかを纏っていなかったと言うことだけだった。
 
 
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