黒炎の宝冠

ROSE

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18 読めない目的

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 やっぱりルイスの演奏が好き。私の音とは少し違うけれど、なんだか包み込んでくれるような感覚がある。
 努力家の手が必死に動くのも、悩み苦しむような表情で演奏するのもルイスらしさを感じる。
 他人に聴かせられる腕ではないなんて口にしていたけれど、しっかり観客を意識し、もてなす為の魔術を選んでいる。
 ひんやりと涼しい空気と氷の花。グレイの印象ではあるけれど、しっかりと華やかさがある。
 ふと、視線を感じて振り向くと、レジナルドが面白そうに笑っていた。
「意外だな。噂で耳にしていた女王とは全く違う。今のあなたはひとりの恋する少女だ」
「あら、まるで少女を知り尽くしているようね。悪い? 私の婚約者はすごく素敵なの」
 彼と国を天秤にかけて彼を選んでしまえるほどに夢中。
 けれどもそこまで答えるわけにはいかない。
「なるほど。外交の要は彼の方かな」
「だめよ。私のルイスなんだから。私の見えないところで密会なんてさせないわ」
 演奏が終わってしまう。
 ルイスに視線を戻せば、頬が紅潮し、恥ずかしそうに視線を落とす。
「もう一曲お願い」
「……人に聴かせられるようなレパートリーはそう多くありませんので……」
「私、ルイスの音が好きよ。ずっと聴いていたい。でも、あなたの負担になってしまうなら……いいわ。こっちにいらっしゃい」
 隣に座ってと椅子を示せば戸惑いながらも腰を下ろす。
「私が女王になったのはルイスのためよ。それ以外の全てがどうでもいいの。でもね、私に隠れてこそこそルイスと密会なんてされたら……嫉妬で何もかも滅茶苦茶にしてしまいそうよ」
 レジナルドを威嚇するように見据えながら、ルイスの手を握る。
 婚約者を溺愛している頭の悪い女王に見えるだろう。むしろ、そう見られておいた方がいい。
 ルイスと音楽のことしか考えられないレイナは女王には相応しくないのだから、長兄が玉座に就けばいい。お願いだから、誰かそう言ってくれないだろうか。
「こんなにも情熱的なあなたが……あのような演奏をしていたのは不思議にさえ思える。もっと冷静で打算的な王かと思ったのに、ただの恋する少女だ。それも、恋のために命を捨てられる」
「あら。そこまで愚かに見えるかしら?」
 観客を意識した表情なんて、レイナにはうまく作れない。
 けれども、レジナルドは勝手になにかを読み取ってくれたのかもしれない。
「あなたが彼に夢中でいてくれるうちは戦の心配はなさそうだ」
「戦なんて退屈よ。面白味のない音しか響かないもの」
 戦争なんて価値ある楽器と優れた演奏家を失う機会にしかならない。
 そう考えるのはレイナの中の理性的な部分で、感情的な部分では単純に争いが苦手なだけだ。
 演奏は自己との対話。競い合うための道具ではない。だからこそ、父が開催した順位をつけるような演奏会は好まない。
「……本当に妻とよく似ている……」
 なぜだろう。まるで憐れむような視線を向けられる。
「私はあなたの配偶者ではないわ。他人と比較されるのは、なんというか個性がないといわれているような気分になって好きではないわ」
「これは失礼した。いや、あなたには支えてくれる兄たちがいる。あなたが正しい声に耳を傾けられるなら、道を踏み外すこともないだろう」
 なんというか、上から物を言う男だと思う。確かに国を治める歴は彼の方が長いかもしれない。けれども、初対面の女性に対する態度としては最悪だ。
「私、あなたが嫌いよ」
 当たり障りなく、柔らかな対応が出来るルイスはやはり特殊な才能に恵まれた人間なのだ。
「レイナ、思っていても口にしてはいけないことというのがあるんだ」
 次兄が魔術を使って耳元に小言を送り込んでくる。
 オルガン奏者ってこういうとき狡い。たぶん、指の形だけで魔術を使える。
 レイナは拗ねた表情を作ってみせる。
「今まで問題がなかったなら無理に外交なんてする必要がないのでは? 現状維持にしておきましょう。国境なんて、仲が悪いから存在するのよ。仲が悪いなら、交流しないのが一番だわ。お互い、触れあわない方がいい」
「レイナ」
 手を握るルイスの声に動揺の響きが広がる。
「どうやら、拗ねさせてしまったようだ……次は手土産を用意するから、機嫌を直してくれないか?」
 レジナルドはやはり別の誰かを重ねるような視線を向ける。
「興味ないわ。どうしてもというのなら、兄を通して頂戴」
 ノアの方がずっと人当たりがいい。病から解放された彼はきっと優れた外交能力を示してくれるはずだ。
 そう思うのに、次兄は頭を押さえ、溜息を吐く。
「レイナ……君の発言ひとつひとつに責任が伴うことを理解してくれ……」
 玉座はいつでも長兄に返すつもりだ。
 レイナは婚約者に夢中で頭の悪い女王で構わない。
 近隣諸国から下に見られて、もし攻め込んでくるのであれば、その時は王家の魔術でどうにでも出来てしまうだろう。むしろ、自分から仕掛けなくて済む分楽かもしれない。
 争い事は嫌いだ。積極的に仕掛けるつもりはない。
 けれども相手が仕掛けてくるなら、反撃くらいはするつもりだ。
 ホセとルイスにレジナルドを見送らせ、考える。
 国境で奇妙な楽器を演奏し、心を操る魔術を使っていたのはアリアである可能性が高い。
 問題は、なぜ国境でそんなことをしていたかだ。なんのために?
 アリアの目的が読めない。
「ノアお兄様、白の王の情報をどこまで信じていいかはわからないけれど……現場を調べることはできないかしら?」
「僕らは直接行くことができないから、兄さんに頼むか……他に信頼できる人間を派遣するか、だけど……兄さんはレイナの側を離れたがらないだろうな。父がなにかを仕掛けてくるのではないかと警戒しているし」
 それはレイナも警戒はしている。特にルイスの周囲に異変がないかはできる限り気配を探るつもりだ。
「私の手足のように働いてくれる優秀な人材が欲しいわ」
「……既に手駒はあるんじゃないかな?」
 次兄は呆れた顔を見せる。
「え?」
「ホセだよ。彼ならどこでも好き放題転移できるだろうし、有能な魔術師だ。情報を手に入れ、確実にレイナに届けられる。それに、あの異物程度の洗脳魔術なら防ぐことが出来るだろう?」
 アリアの魔術どころかレイナの魔術にすら操られることのなさそうなホセだ。調査には適任かもしれない。
 問題は、彼が大人しく命令に従うかだ。
「私の監視で忙しいホセが協力してくれるかしら?」
「ホセはレイナのしもべだろう? 喜んで従うはずだ。いや、たとえ不本意だとしても、レイナに逆らうことは出来ないよ」
 そう口にした次兄の表情は僅かに翳った気がした。
 やはり彼にとってあの契約は好ましくないものなのだろう。
 だとしても、利用できる物は利用するべきだ。
「本当に、音楽のことだけ考えて生きさせてくれない世の中だわ」
 楽器が恋しいと、無意識に左手が動く。弦を押さえる指を震わせる感覚。ポルタメントの動き。丁度練習していたばかりの曲の動きが再現される。
「レイナ、まさか禁断症状が出たなんて言わないよね?」
 からかうような次兄の声に、自身の魔力に操られた行動ではないと知り、安堵する。
「凄く楽器が恋しくて……ルイスが側に居てくれないなら楽器くらい弾かせて欲しいです」
 レジナルドがルイスに余計なことを吹き込んでいないか。むしろ、ルイスの美しさに惑わされていないか不安になってしまう。
「……ルイスって、きっと男性も魅了してしまう外見だわ」
「うん。レイナによくない小説を読ませた誰かが存在することは理解したよ。物語は演奏の幅を広げる為には必要だけど、考えなくていい方面にまで心配事を増やすのはよくない」
 次兄は溜息を吐く。
「だって、ルイスって国を滅ぼしてもおかしくない美貌でしょう?」
「それはほぼレイナの欲目だから安心して。整ってはいるけれど、そこまでではないよ」
 呆れを隠さない響き。
 おかしい。メイドたちはルイスの外見にしょっちゅう黄色い声を上げているのに。
「ルイスみたいに素敵な人、誰だって欲しがると思うわ」
「ルイスもアルベルトも外見は整っているよ。レイナの婚約者候補だったからね。見た目がよくて、才能もある二人だ。けど……レイナはルイスに対しては少し……あー、かなり美化している部分があると思う。婚約者と仲がいいのは喜ばしいことだけど……近頃のレイナを見ていると、兄としては少し心配になるよ」
 優しく頬に触れられ、次兄が心底心配してくれているのだと伝わる。
「レイナも……ルイスの悪影響を受けてるのかな? レイナがこんなに執着する子だなんて……考えもしなかったな」
 次兄の言葉が、胸の内側で響くような気がする。
 執着。
 いつからだろう。レイナはルイスに執着している。
 その言葉がすとんと落ちて、恐ろしくなってしまう。
 魔法に掛かってしまった。ルイスに掛けられた解けない魔法。
「私も、意外です……」
 いつ、どの瞬間だっただろう。
 けれどもそんなことはもうどうでもいい。
 ルイスを守る為にこの道を選んだのだから。
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