19 / 21
18 読めない目的
しおりを挟むやっぱりルイスの演奏が好き。私の音とは少し違うけれど、なんだか包み込んでくれるような感覚がある。
努力家の手が必死に動くのも、悩み苦しむような表情で演奏するのもルイスらしさを感じる。
他人に聴かせられる腕ではないなんて口にしていたけれど、しっかり観客を意識し、もてなす為の魔術を選んでいる。
ひんやりと涼しい空気と氷の花。グレイの印象ではあるけれど、しっかりと華やかさがある。
ふと、視線を感じて振り向くと、レジナルドが面白そうに笑っていた。
「意外だな。噂で耳にしていた女王とは全く違う。今のあなたはひとりの恋する少女だ」
「あら、まるで少女を知り尽くしているようね。悪い? 私の婚約者はすごく素敵なの」
彼と国を天秤にかけて彼を選んでしまえるほどに夢中。
けれどもそこまで答えるわけにはいかない。
「なるほど。外交の要は彼の方かな」
「だめよ。私のルイスなんだから。私の見えないところで密会なんてさせないわ」
演奏が終わってしまう。
ルイスに視線を戻せば、頬が紅潮し、恥ずかしそうに視線を落とす。
「もう一曲お願い」
「……人に聴かせられるようなレパートリーはそう多くありませんので……」
「私、ルイスの音が好きよ。ずっと聴いていたい。でも、あなたの負担になってしまうなら……いいわ。こっちにいらっしゃい」
隣に座ってと椅子を示せば戸惑いながらも腰を下ろす。
「私が女王になったのはルイスのためよ。それ以外の全てがどうでもいいの。でもね、私に隠れてこそこそルイスと密会なんてされたら……嫉妬で何もかも滅茶苦茶にしてしまいそうよ」
レジナルドを威嚇するように見据えながら、ルイスの手を握る。
婚約者を溺愛している頭の悪い女王に見えるだろう。むしろ、そう見られておいた方がいい。
ルイスと音楽のことしか考えられないレイナは女王には相応しくないのだから、長兄が玉座に就けばいい。お願いだから、誰かそう言ってくれないだろうか。
「こんなにも情熱的なあなたが……あのような演奏をしていたのは不思議にさえ思える。もっと冷静で打算的な王かと思ったのに、ただの恋する少女だ。それも、恋のために命を捨てられる」
「あら。そこまで愚かに見えるかしら?」
観客を意識した表情なんて、レイナにはうまく作れない。
けれども、レジナルドは勝手になにかを読み取ってくれたのかもしれない。
「あなたが彼に夢中でいてくれるうちは戦の心配はなさそうだ」
「戦なんて退屈よ。面白味のない音しか響かないもの」
戦争なんて価値ある楽器と優れた演奏家を失う機会にしかならない。
そう考えるのはレイナの中の理性的な部分で、感情的な部分では単純に争いが苦手なだけだ。
演奏は自己との対話。競い合うための道具ではない。だからこそ、父が開催した順位をつけるような演奏会は好まない。
「……本当に妻とよく似ている……」
なぜだろう。まるで憐れむような視線を向けられる。
「私はあなたの配偶者ではないわ。他人と比較されるのは、なんというか個性がないといわれているような気分になって好きではないわ」
「これは失礼した。いや、あなたには支えてくれる兄たちがいる。あなたが正しい声に耳を傾けられるなら、道を踏み外すこともないだろう」
なんというか、上から物を言う男だと思う。確かに国を治める歴は彼の方が長いかもしれない。けれども、初対面の女性に対する態度としては最悪だ。
「私、あなたが嫌いよ」
当たり障りなく、柔らかな対応が出来るルイスはやはり特殊な才能に恵まれた人間なのだ。
「レイナ、思っていても口にしてはいけないことというのがあるんだ」
次兄が魔術を使って耳元に小言を送り込んでくる。
オルガン奏者ってこういうとき狡い。たぶん、指の形だけで魔術を使える。
レイナは拗ねた表情を作ってみせる。
「今まで問題がなかったなら無理に外交なんてする必要がないのでは? 現状維持にしておきましょう。国境なんて、仲が悪いから存在するのよ。仲が悪いなら、交流しないのが一番だわ。お互い、触れあわない方がいい」
「レイナ」
手を握るルイスの声に動揺の響きが広がる。
「どうやら、拗ねさせてしまったようだ……次は手土産を用意するから、機嫌を直してくれないか?」
レジナルドはやはり別の誰かを重ねるような視線を向ける。
「興味ないわ。どうしてもというのなら、兄を通して頂戴」
ノアの方がずっと人当たりがいい。病から解放された彼はきっと優れた外交能力を示してくれるはずだ。
そう思うのに、次兄は頭を押さえ、溜息を吐く。
「レイナ……君の発言ひとつひとつに責任が伴うことを理解してくれ……」
玉座はいつでも長兄に返すつもりだ。
レイナは婚約者に夢中で頭の悪い女王で構わない。
近隣諸国から下に見られて、もし攻め込んでくるのであれば、その時は王家の魔術でどうにでも出来てしまうだろう。むしろ、自分から仕掛けなくて済む分楽かもしれない。
争い事は嫌いだ。積極的に仕掛けるつもりはない。
けれども相手が仕掛けてくるなら、反撃くらいはするつもりだ。
ホセとルイスにレジナルドを見送らせ、考える。
国境で奇妙な楽器を演奏し、心を操る魔術を使っていたのはアリアである可能性が高い。
問題は、なぜ国境でそんなことをしていたかだ。なんのために?
アリアの目的が読めない。
「ノアお兄様、白の王の情報をどこまで信じていいかはわからないけれど……現場を調べることはできないかしら?」
「僕らは直接行くことができないから、兄さんに頼むか……他に信頼できる人間を派遣するか、だけど……兄さんはレイナの側を離れたがらないだろうな。父がなにかを仕掛けてくるのではないかと警戒しているし」
それはレイナも警戒はしている。特にルイスの周囲に異変がないかはできる限り気配を探るつもりだ。
「私の手足のように働いてくれる優秀な人材が欲しいわ」
「……既に手駒はあるんじゃないかな?」
次兄は呆れた顔を見せる。
「え?」
「ホセだよ。彼ならどこでも好き放題転移できるだろうし、有能な魔術師だ。情報を手に入れ、確実にレイナに届けられる。それに、あの異物程度の洗脳魔術なら防ぐことが出来るだろう?」
アリアの魔術どころかレイナの魔術にすら操られることのなさそうなホセだ。調査には適任かもしれない。
問題は、彼が大人しく命令に従うかだ。
「私の監視で忙しいホセが協力してくれるかしら?」
「ホセはレイナの僕だろう? 喜んで従うはずだ。いや、たとえ不本意だとしても、レイナに逆らうことは出来ないよ」
そう口にした次兄の表情は僅かに翳った気がした。
やはり彼にとってあの契約は好ましくないものなのだろう。
だとしても、利用できる物は利用するべきだ。
「本当に、音楽のことだけ考えて生きさせてくれない世の中だわ」
楽器が恋しいと、無意識に左手が動く。弦を押さえる指を震わせる感覚。ポルタメントの動き。丁度練習していたばかりの曲の動きが再現される。
「レイナ、まさか禁断症状が出たなんて言わないよね?」
からかうような次兄の声に、自身の魔力に操られた行動ではないと知り、安堵する。
「凄く楽器が恋しくて……ルイスが側に居てくれないなら楽器くらい弾かせて欲しいです」
レジナルドがルイスに余計なことを吹き込んでいないか。むしろ、ルイスの美しさに惑わされていないか不安になってしまう。
「……ルイスって、きっと男性も魅了してしまう外見だわ」
「うん。レイナによくない小説を読ませた誰かが存在することは理解したよ。物語は演奏の幅を広げる為には必要だけど、考えなくていい方面にまで心配事を増やすのはよくない」
次兄は溜息を吐く。
「だって、ルイスって国を滅ぼしてもおかしくない美貌でしょう?」
「それはほぼレイナの欲目だから安心して。整ってはいるけれど、そこまでではないよ」
呆れを隠さない響き。
おかしい。メイドたちはルイスの外見にしょっちゅう黄色い声を上げているのに。
「ルイスみたいに素敵な人、誰だって欲しがると思うわ」
「ルイスもアルベルトも外見は整っているよ。レイナの婚約者候補だったからね。見た目がよくて、才能もある二人だ。けど……レイナはルイスに対しては少し……あー、かなり美化している部分があると思う。婚約者と仲がいいのは喜ばしいことだけど……近頃のレイナを見ていると、兄としては少し心配になるよ」
優しく頬に触れられ、次兄が心底心配してくれているのだと伝わる。
「レイナも……ルイスの悪影響を受けてるのかな? レイナがこんなに執着する子だなんて……考えもしなかったな」
次兄の言葉が、胸の内側で響くような気がする。
執着。
いつからだろう。レイナはルイスに執着している。
その言葉がすとんと落ちて、恐ろしくなってしまう。
魔法に掛かってしまった。ルイスに掛けられた解けない魔法。
「私も、意外です……」
いつ、どの瞬間だっただろう。
けれどもそんなことはもうどうでもいい。
ルイスを守る為にこの道を選んだのだから。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる