黒炎の宝冠

ROSE

文字の大きさ
上 下
18 / 21

17 白の王

しおりを挟む
 別室で寛いでいた白の王、レジナルドの第一印象は『綺麗』だった。
 彼はとても美しい人物でただその場に存在するだけで絵画のように思えてしまう。
 レイナは思わずルイスと彼を見比べた。
「負けてないわ。流石私の婚約者」
「……レイナ、流石に双方に失礼だからやめなさい」
 次兄が耳元で注意する。
「私のルイスが世界一って言っておくべき?」
 そう、次兄に訊ねたのがレジナルドにも聞こえてしまったのだろう。彼は面白そうに笑い、それから柔らかく見せようとした笑みを浮かべる。
 見せようとした、というのは、どうも彼の目元が笑っていないように見えるからだ。
「それは、私も妻が世界一と言うべきだな」
「私にはどうでもいい話よ。ごめんなさいね。客人をもてなしたことがないの。私に興味があるそうだけれど、どういったご用件?」
 明らかにあまり相手をしたくないという態度を見せただろうに、レジナルドは気にした様子もない。ただ、ノアとルイスが落ち着かない様子を見せ、ホセはじっとレジナルドを観察している。
「なに、新王が驚くほどの美女だったから少し話がしたかっただけだよ」
 レジナルドはそう口にしたが、どこかレイナを警戒しているように見える。
 いや、警戒と言うよりは品定めだろうか。とにかく不快な視線だ。
「私の魔力が気になるのね。別に構わないわ。でも、音楽のことだけ考えていたいの。それ以外のことはルイスにしか興味がないわ」
 レイナ自身失礼なことを口にしているのは理解している。けれども、目の前のレジナルドという男の反応が見てみたかった。怒らせたいというのが正解だろうか。怒らせてこの面倒な外交とやらを終わらせてしまいたい。
 しかし、レジナルドの表情は変わらない。とってつけたような笑みを浮かべ続けている。
「先程の演奏は見事だったよ。あなたは無意識のようだったが」
 レジナルドがそう口にすると、ルイスは少し焦りを滲ませた。
「ルイス? さっきなにがあったかしら?」
 きっと途中で意識が飛んだときのことを言っているのだろう。レイナ自身がなにが起きていたのかを知りたい部分だ。
 魔力の暴走。そんな言葉で納得が出来るはずがない。
「あの弓、気持ち悪いくらい理想の音を出せたのにホセに没収されてしまったわ」
 わざと恨めしいとホセの方を睨んだところで彼の表情は変わらない。相変わらず考えが読めない男だ。
「私としては、突然弓に変わったあれがどういったものなのかが気になるところなのだが?」
 レジナルドは好奇心と言うには少しばかり警戒を出し過ぎた声色になっている。
「大いなる力、よ。宝冠と共に継承される、その奏者に一番必要な形になるのだと思うわ」
 感覚的にそう思う。体が勝手に動いてしまうほど、頭の中に浮かべた理想の音をしっかりと出してくれる。それは気持ち悪いほどの感覚で、演奏家にとっては大いなる力だ。一度あの感覚を知ってしまえば、人生を狂わせてでももう一度あれを手にしたいと思ってしまうだろう。
「突然姿を変える道具はこの国では普通なのか?」
 レジナルドは驚きを隠せない様子だ。
「あまり気にしたことはなかったけど……ルイス、どうなの?」
「滅多にないことだと思います。少なくとも私は初めて目にしました」
 ルイスは随分と余所行きの態度だ。一応レイナを女王として立てるつもりなのだろう。
「ルイス、あなた私の婚約者なのよ? そのよそよそしい態度はやめて頂戴」
「しかし……」
「王配になるの。対等!」
 レイナが少し強めの口調でそう言うと、困ったように眉を下げるルイス。
「レイナ、レジナルド陛下の前だ。少しは慎みなさい」
 あくまで兄として、とノアが注意するが、肝心のレジナルドはあまり気にしていない様子だ。
「堅苦しいのはいい。俺も、あまり肩が凝るのは得意ではない」
 そう口にしたかと思うとレジナルドはまるで自室で寛ぐかのように首元を緩め始める。
「幸い、レイナはあまり礼儀にはうるさくないようだ」
「あら、名前で呼ぶことを許すのは特別な相手だけよ? 私のことはチェロの女王と呼んでくれて構わないわ」
 レイナとしてはここで笑いを取るつもりだったが、レジナルドは少し驚いた顔を見せ、それから「すまなかった」と口にする。
「それで、チェロの女王陛下は我が国との関係をどう考えておられるか?」
「……冗談よ? それに、外交はあまり詳しくないの。ルイスに任せるつもりよ。私は音楽のことだけ考えて生きていたいのに、どうしてかみんなそうさせてくれないの」
 不満たっぷりにそう言えば、皆呆れているようだ。
 どうやら状況はレイナにとって好ましくないらしい。
「レイナ、冗談がわかりにくいよ。それに、君は国王になったのだからもう少し発言に責任を持つように」
 相変わらずの小言にうんざりする。
「お兄様は小言ばかりね。そう言うのは優秀な人がやるべきよ。まぁ、白の国に楽器の素材がたくさんあるなら貿易は大歓迎だけど」
「……特産品は林檎かな? 林業もそこそこ盛んではあるが、我が国ではあまり楽器は作らないのでね。楽器向きかはわからないな」
 レジナルドは反応に困っている様子だ。
 この新米女王をどう扱っていいのかわからないのだろう。
「楽器製作についてはホセが詳しいわ。業者とのやりとりが必要ならホセに任せるといいわ。やってくれるわよね? ホセ」
「はい」
 恭しく礼を取ったホセに少し驚く。彼がこんな仕種を見せるところは初めて見た。
「あなたって、とっても無礼な人だと思っていたけれど、そんな仕種も出来たのね」
「レイナは私の主ですから」
 それでも呼び捨てるのねと呆れつつ、もう一度レジナルドを向く。
「そもそも不仲になった原因ってなんだったのかしら?」
 何代か前の国王が心を操る魔術で白の王国にも影響を与えていたような気はするけれど、あちらの国でどう伝わっているのかはわからない。
「俺の妻が黒の国の女王だった頃に近隣国全てと戦争をしていたんだ。あなたの母君も黒の国が原因で命を落としたはずだが?」
「そうなの? ご病気だったと聞いているけれど」
 首を傾げながらノアを見れば、困ったような様子を見せる。
「……あー、一種の呪術だった。だがもう昔の話だ。黒の国は滅び、白の国に吸収された」
「まあ」
 正直なところ、レイナは母の顔も声も覚えてなどいない。特になにも感じることなどないが、兄たちにして見れば複雑な感情があるのかもしれない。
「過去のことには興味がないわ。音は生まれてすぐに死んでしまうの。だから、考えるべきは未来のことよ」
「レイナは変わり者だが……先代よりは友好的な関係を築けそうだ」
 レジナルドは笑う。今度はとってつけたような笑みではない。
「ところで、妹君の噂を耳にしたのだが、彼女も演奏者なのか?」
 レジナルドがそう口にした瞬間、ルイスとノアが硬直する。
「私に妹はいないことになっているの。その質問は聞かなかったことにしてあげるわ」
 それはつまりあの子の存在を認めてはいると言うことだ。
 レイナは嘘を吐くのが得意ではない。そして、渡すべきではない情報も既にいくつも渡してしまっているだろう。
「そうか、なら俺の勘違いのまま聞いて欲しい。国境で王族を名乗る少女が奇妙な楽器を演奏しているらしい。その演奏を耳にした中の数人が数日様子がおかしかったと聞いている」
 奇妙な楽器と聞いた時点で皆すぐにアリアの姿を思い浮かべただろう。
「あら、本当におかしな話ね。少し調べさせるわ。勝手に王族を名乗るような人がいては困るもの」
 そう口にして、使用人を呼びお茶の準備をさせる。
 レジナルドとはもう少し話をしておくべきかもしれない。
「ルイス、ホセ、あなた達なにかいい雰囲気の演奏をして下さる? やっぱり音楽がないとおもてなしって感じがしないわ」
「私は人前で聞かせられるほどでは……」
 ルイスが逃げようとするのを逃してあげるほど今のレイナは優しくない。
「ヴィオラの独奏も素敵だと思うわ。私、あなたの音が好きよ」
 そう告げて、ルイスが断れるはずがない。
 少し緊張した様子で楽器の準備を始めるルイスを眺めながら、レイナは用意されたお茶に手を伸ばした。

 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

豊穣の女神は長生きしたい

碓井桂
恋愛
暴走車に煽られて崖から滑落→異世界転移した紗理奈は、女しか転移してこないが結構な頻度で転移者のいる異世界に出現した。転移してきた女の持つチートは皆同じで、生命力を活性させる力。ただし豊穣の女神と呼ばれる転移者の女は、その力で男を暴走させてしまうため、この世界では長生きできないという。紗理奈を拾った美しい魔法使いの男ヒースには力は効かないと言うけれど……ヒースには隠し事があるらしい。 こちらの小説はムーンライトノベルズに以前公開していたものを改稿したもので、小説家になろうにも載せています。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

処理中です...