黒炎の宝冠

ROSE

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16 未完成の器

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 気がついた時、目の前に真っ青な顔をしたルイスがいた。
「レイナ、大丈夫かい?」
 訊ねられた意味がわからない。声に随分と焦りの響きを感じる。
 ただ頭の奥に靄がかかるような不思議な感覚があった。
「ルイス? 私、演奏の途中から意識が途切れてしまったみたいなの。ちゃんと最後まで演奏できていたかしら?」
 今、自分がどこに居るのかさえ把握できていない。
 レイナは数回瞬きをし、それからルイスから視線を動かし周囲を確認する。どうやら舞台袖に居たらしい。
「急に他の人達が倒れたんだ。強い魔力を感じた。君の魔法が暴発してしまったように思えたのだけど、覚えていないかい?」
 そう訊ねられ、思い返しても考えられない。なんというか、時間が飛んだと表現するのが一番しっくりするほどに中間部分の記憶がないのだ。
「ごめんなさい。演奏の途中から時間が飛んだみたいになにも思い出せないの……」
 正直に告げるしかない。
 ルイスにぎゅっと手を握られ、それでようやく楽器を持っていないことを理解する。そして視線だけ動かせば、ホセがまるで危険物を扱うかのようにあの弓を厳重にケースにしまい込んでいた。
「ホセ、その弓に何か問題でも?」
 自分でも驚くほどに冷たい響きになってしまった。けれどもあの弓をホセに渡してはいけない気がする。
 あの弓はルイスを手に入れる為に必要なものだ。
 そう考え、レイナは自分自身の思考を疑いたくなる。
 どうかしている。あの弓にどうしてそんなに執着しそうになっているのだろう。
 手に入れるべきはルイスであって弓ではない。
「見慣れない魔力を感じます。レイナ、あなたの技術が上がるまでこの弓を持つべきではない」
 ホセが静かに言う。
 技術?
 耳を疑う。
「演奏技術のことなら十分なはずよ? それに、その弓に合わないと言うのならその弓で練習をするべきだわ」
「魔力制御の技術が足りない」
 少し冷たい響きが返ってきた。
 魔力制御?
 そもそもレイナは魔術自体殆ど使わない。その必要を感じないことが多いからだ。
「この弓はあなたに強力な音楽魔法を使わせる。その楽器は……あなたの魔力に耐えられる。しかし、レイナ……あなたの体はまだ耐えられない」
 ホセの言葉が理解出来ず、思わずルイスを見る。ルイスは演奏技術はそこそこでも座学の成績がいい。きっと理解してかみ砕いた説明をしてくれるだろうと思った。けれどもルイスの視線はホセに向いたままで、彼もまた難しい表情をしている。
 これはなにか深刻なのだろうか。
「レイナはまだ未完成、ということだろうか?」
「ええ」
 深刻そうなルイスに、感情の読めないホセ。二人だけがわかったような会話をしている。
「どういう意味?」
 わかるように説明して頂戴と二人を交互に見れば、ルイスは困り果てた様子を見せ、ホセは感情の読み取れない顔のまま黙り込む。
 二人とも明らかになにかを隠そうとしている。となると攻めるべきはルイスだ。なんというか、彼は誤魔化すのがとても下手だ。普段は社交界のきらきら貴族のくせに、レイナの前ではすぐに動揺を見せる。絵画か仮面のように表情が変わらなすぎるホセから聞き出そうとするよりはずっと簡単に済むだろう。
「ルイス、私にもわかるように説明して頂戴」
 離れようとした手を強く握り返す。
「あ、いや……その……レイナはまだ成長期が終わっていないから……」
 ルイスは明らかに目を泳がせている。やはり揺するべきはこちらだ。
「流石に今からぐんと背が伸びたりはしないと思うけど?」
 誤魔化すにしてももっとまともな誤魔化し方があるはずだ。
「レイナはこれからもっと美しくなるからまだ成長期だよ」
 無理がある。
 明らかに無理がある言い訳なのにルイス本人は本気でそう思い込もうとしているから質が悪い。
 自分の言葉に頷き、うっとりとレイナを見つめる姿は崇拝に似た感情なのだろうか。
「……ルイス、あなたは私をなんだと思っているのかしら?」
「勿論今のレイナも美しいよ。今の君は愛らしさと美しさが共存する少女期特有の美しさだけれど、この先はもっと女性としての美しさが開花していく」
 そんな風に力説する目の前の男は本当にルイスなのだろうかと疑いたくなってしまう。こんなにも外観を褒め称えるような男だっただろうか。
「興味ない。最初の勅命をこんなことに使うのもどうかとは思うけれど、あなた達、隠していることを洗いざらい話なさい」
 大いなる力には責任が伴う。けれどもレイナは既に王なのだ。
「国家機密です」
「国王は私よ」
 機密を把握しない王がどこにいるのよとホセを睨む。そもそもホセはレイナの僕のはずだ。それなのにどうして隠そうとしているのだろう。
「……まだ魔力が不安定だ」
 ホセから警戒が滲み出ている。
 そして、ルイスと目配せしたように見えた。
 なにをするつもりなのだろう。思わず警戒する。特にルイスの手は絶対に放さないと強く握った。
 その時だった。
「レイナ、面倒でも国賓の相手が残っているからいつまでも我々に押しつけていてはいけないよ。今日ばかりはレイナが相手をしないと」
 背後から腰を抱かれる。そしてそのままぎゅっと引かれ体勢を崩してしまった。それに巻き込まれる形でルイスも一緒に引っ張られる。
「ノアお兄様……」
「特にレジナルド陛下は非常にレイナに興味があるらしい」
 そう言われ、無理矢理叩き込まれた国賓名簿を思い出す。
 レジナルド。一体誰だっただろう。顔は全く浮かばない。音。音だけで覚えているはず。
 レイナは必死に記憶を辿る。そしてようやく一人を思い出した。
「……白の王?」
「うん。精神に働きかける魔術を無効にする強力な魔力を持った方だよ」
 厄介な相手だ。隣国の王。有能だという噂もどこかから耳に入っていたかも知れない。
「ルイス、私の代わりに相手してって言ったら怒る?」
「流石に国賓だからね。今日ばかりはレイナが自力でなんとかしないといけないよ」
 甘えてみたけれどいつもの少し困った笑みを向けられる。どうやらいつものルイスに戻ったようだ。
「どうして隣国の王なんて招待しちゃうのよ。国境ってのは仲が悪いから存在するのよ。仲良しだったらひとつの国になっていたはずよ」
 特にレジナルドの治める白の国とは友好的とは言えない。むしろ限りなく敵国に近い。
 原因は殆どこちら側の責任だと思われる。何代か前の国王がらしい。
「代替わりは好機だからね。さ、レイナ、こっちだよ」
 次兄は強引にレイナの手を掴み進む。
「お待ちください。ちょっと、ルイス! あなたも来て! 私がまともに外交なんてできるわけがないでしょ!」
 絶対に手を放すものか。
 ルイスの手を握る手に更に力を込める。
「わかった……行くから……レイナ、少し落ち着こう」
 ルイスは困り果てた様子を見せる。
「ホセ、あなたも来なさい」
 少しでも人数を増やして強そうに見せないと。若い、それも女王となっては下に見られるに決まってる。
「ついでにアルベルトも連れてきて頂戴」
 ホセにそう命じ、両手がノアとルイスで塞がっていることに気がつく。
「私の楽器も忘れないで!」
「はい」
 静かに返すホセが憎らしい。
「国賓の相手があるなら楽団を集めた方がいいかしら?」
「いや、楽団は断られてしまったよ。どうも、我が国の音楽魔法は警戒されているらしい」
 ノアの言葉に納得する。
 王家に伝わる洗脳魔法はきっと他国にも影響を与え続けてきたはずだ。
「でも、彼には関係ないのでしょう? 魔術を無効にできるって」
「まぁ、結局は魔力が強い方が勝つからね」
 ノアは面白そうに笑う。
「僕も、彼の魔力には興味がある」
 そう口にしたノアはいつも見せる穏やかな様子とは違い、なにか企んでいるようにさえ見えた。
 
 
 
 
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