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3 合奏嫌いの婚約者
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レイナ・アルシナシオンとしてこの世界で生活するようになって、いくつか気付いたことがある。
まず、心が揺れ動かなくなった。感情表現が薄くなったというべきだろうか。思考が徐々にレイナに近づいたのかもしれないとさえ感じられた。
なにもこれが自分の作り出したゲームの世界だからという理由だけでは説明がつかない違和感だ。
次に楽器だ。目覚めた当初レイナが使っていた楽器は分数サイズというものらしく、体の成長に合わせいずれ持ち替えの時期が来るという。分数サイズに作られた楽器は、魔力を抑え込み、使う量を制御するように出来ているらしい。
つまり、持ち替えの時期にレイナの魔力はやや苦労することになる。
日記の情報によると叔母は楽器探しに非常に苦労したらしい。魔力に合わない楽器を使うと危険だと言うことと、良くない魔法の込められた楽器には気をつけなくてはいけないと言うことが書かれていた。
特に王家には継承される特別な楽器が存在するらしい。詳細は把握しきれていないがなんとなく好ましくない空気を感じ取った。
まずはレイナの魔力に耐えられる楽器を探さなくてはいけない。これが少しばかり骨が折れる作業になりそうだ。
数日前、レイナは教師が連れて来た数人の楽器職人と魔術師に魔力の計測の為、数曲いつもの分数サイズとは違う楽器で演奏させられた。
しかし、悉く壊れた。
弦が切れるだけならまだかわいい。ネックが不自然に逸れたり、突然エンドピンが砕けたり、ペグが通常ではありえない角度に曲がってしまったりするのだ。酷いときには楽器自体に罅が入ってしまい、修復のできない状態になってしまう。
「ふむ、レイナ様の魔力が強すぎて通常の素材では耐え切れないようですな」
魔術師の一人が真剣な表情で言う。
まぁ、レイナは『EVER』のラスボスだ。ラスボスの魔力が常識の範囲に収まるとは思えない。悪い魔法で世界を滅ぼしてしまうらしいから。
「困りました。私の技術ではこれ以上の素材を扱うことはできません」
職人の一人が根を上げる。
「今年一年は分数サイズで問題ないと思いますが、できるだけ早く新しい楽器を探さなくては、レイナ様も成長期ですので、お体と楽器が合わないなんてことになっては大変です」
教師は落ち着いた声で言う。彼はライルと言うらしい。いつも落ち着いていて、チェロの様にずっしり構えているようなそんな人だ。魔力自体は高くは無いが、複雑な技巧を盛り込んだ曲で高度な魔術も使える。レイナが彼と同じだけの技巧で魔力補強した魔術を使えばまず分数サイズの楽器では耐えられない。
「私が楽器を壊す前に新しいのが見つかるといいけど」
正直なところ、レイナの身体はライルを上回る技巧を身に着けている。楽器を壊していないのは、単純にレイナが魔力を制御で来ているからだ。
しかし、それもいつまで維持できるかわからない。今年、十二になるレイナは徐々に魔力が不安定になっている。
「勿論です。レイナ様。必ずあなたにふさわしい楽器をご用意します」
魔術師は言うが、職人たちは青い顔をしている。
「黒がいいわ。黒い楽器が欲しい」
『EVER』の中でレイナが演奏していた楽器を思い出し、そう告げる。きっとあの楽器なら、レイナにぴったりなはずだ。
「おや、レイナ様がご自分から要望を口になさるなんて珍しい……」
ライルが驚きを見せる。
「しかし、黒となると、中々難しいかもしれません……」
ライルは考え込む。やはりゲームとこの世界は違うということだろうか。
しばらく魔術師や職人に指の長さや腕の長さなどを確認され、再び魔力を測定される。
何度測ったところで測定機器が壊れるだけだということを彼らは学習しないようだった。
レイナが呆れていると、メイドが呼びに来る。
「あら? 今日は他に予定が入っていなかったと思ったけど」
「陛下がお呼びです。急ぎ支度を整えるようにと」
嫌な予感がする。これはレイナにとって好ましくない用事だろう。
しかし、行かないという選択肢はない。もっと好ましくない結果になるだろうことが見えている。
渋々と部屋に戻り身支度を調え、呼び出された応接間に向かった。
嫌な予感というものは大抵なんらかの形で当たってしまうものだ。
今回の場合は、レイナ・アルシナシオンの将来に直接影響を与えるもの。つまり、ゲームシナリオに接触する事件。直接的な状況を語るのであれば、レイナ・アルシナシオンとルイス・フィエブレの婚約が決まったという話だ。
ルイス・フィエブレはフィエブレ侯爵家の長男でレイナのはとこにあたる。ヴァイオリン奏者で、輝く金髪と青い瞳が美しい、今のところは美少年だ。レイナから見れば二つ上で、ホセの数少ない友人の一人である。しかし十数年後には腹黒い策略家に成長してしまうのだろうと思うと悲しいものだ。
「ルイス・フィエブレと申します」
跪き静かに名乗る彼は宗教画に描かれる天使のようだ。
「レイナ・アルシナシオン、チェロ奏者ですわ」
この国の風変わりな習慣のひとつとして、初めて会う相手には自分の楽器を紹介すると言うものがある。挨拶代わりに一曲披露することも珍しくはない。しかし、どうやらルイスとは初対面ではなかったらしい。
「レイナ様の腕前は昨年の演奏会でご披露頂きました。素晴らしい技術でしたね。現在も欠かさず練習を重ねていると伺いました。今年の演奏会もとても楽しみです」
ルイスは柔らかい笑みを浮かべて言う。貴族の技能のひとつだと思ってしまうのは黒咲凛《くろさきりん》が彼を生み出したせいだろか。
レイナの記憶を少し辿るが彼に関する情報はほぼ無い。はとこであると耳にしたことはある程度だろう。ヴァイオリンの腕前は中級レベルの曲でやや躓く程度だったと記憶している。
「ルイスはヴァイオリン奏者でしたね。ヴァイオリンはお好きですか?」
彼は楽器演奏よりは純粋な魔術の方が得意なはずだと思いながらも訊ねる。他に話題がないのだ。
「ええ。勿論。サプリエットに生まれたからには音楽を愛して当然です」
義務的な考えなのかもしれない。
これはレイナの肉体が感じ取った本能的なものだろうが、ルイスはレイナやホセほどには音楽に対して敬意を持っていない。彼にとっての音楽はきっと教養の一部程度だろう。
「合奏はお好きですか?」
ルイスにはおそらく、レイナが単に音楽を楽しみたいだけに聞こえただろう。しかし、この質問の真意は、彼が合奏によって強力な魔法を使うことができるかの確認だ。なにせゲームシナリオ内ではあっさりやってのけたのだから。
アリアと組まれると厄介だ。他人に寄り添い、魔法を強化する能力は敵に回したくはない。
「いえ、あまり。一人の方が自分の音と向き合えるので……」
ルイスは視線を逸らす。どうやらあまり音楽の話題は好まないらしい。
そもそも演奏技能自体はそこまで高くはないのだから、才能を持て囃されているレイナと音楽の話題を続けたくないのかもしれない。
しかし、何を話せば良いのかわからない。レイナにはそれ以外の話題がないのだから。
「そうでしたか。私は、もう少し上達したらいろんな方と合奏をしてみたいと思っていたところでしたので、少し残念です」
「レイナ様がお望みでしたら合奏向きの曲を練習しますよ」
ルイスは柔らかい笑みを見せる。悲しげな表情が効いたのかもしれない。もしくはなにかを考えている余所行きの笑み。
「まぁ、嬉しい。もう少ししたら楽器が新しくなりますの。その時には是非」
「楽器が新しく? ああ、分数サイズを卒業されるのですね」
ルイスは穏やかな雰囲気を醸し出そうとしているが、どうも、退屈しているように感じられる。
多分、おそらく、きっと、レイナはルイスに嫌われている。
「……運命の楽器に出会えると良いのですが……」
少し不安そうな様子を見せ、ルイスから視線を逸らす。
彼になにをしてしまったか、心当たりはない。少なくとも、黒咲凛からレイナ・アルシナシオンに変化してからはなにもしていないはずだ。必死に思考を探る。そしてシナリオを辿る。ああ。ひとつだけ可能性がある。
ホセだ。
忘れていたが、ルイスはホセの数少ない友人の一人であり、ルイスもまたホセに依存気味の部分がある。もしかすると、ホセが頻繁にレイナに接触していることを知って嫌っているのかもしれない。
「練習をしていると時々現れる方が、弓や弦のお手入れについて教えてくださるの。ルイスにもご紹介したいのだけど、彼が普段どこで何をしている方なのか、私にはさっぱりわかりませんわ」
ホセの話を振って反応を見る。
「練習をしていると現れる? それは、もしかして、黒い長髪を束ねた少し冷たい印象の男ですか?」
どうやらルイスは気付いたらしい。
「ええ。最初は少し怖かったけど、楽器のことはとても丁寧に教えてくださって、調弦が狂っていると直してくれたり……松脂が足りないと塗り直してくださったり……あの方がいろいろ教えてくださるようになってから先生の評価も上がった気がしますわ」
音楽馬鹿のお節介だ。しかしとても有意義で、彼にとても時間のゆとりがあるときは演奏指導までしてくれる。おかげで上級魔法に必要な演奏技巧が身につきつつある。これは今のレイナの年齢では稀だろう。尤も、魔法を使うには楽器の方が耐えられないのだけど。
「ホセですね。彼は私の友人です。いつも音楽のことばかり考えていますが、魔術の才能に非常に恵まれた男で、おそらく将来は魔術師になるのではないかと思います」
ルイスはそう言ってレイナを観察するように見る。
「まぁ、てっきり音楽家の方だと思っていましたわ。あの方がチェロ奏者でしたら私の先生になって頂きたいのに、ご本人に確認したらピアニストだとか」
「彼は楽器ならなんでも演奏できますよ。ただ、人付き合いはあまり好まないので一人でピアノを弾いていることが多いだけです」
驚いた。ホセのことになるとかなり饒舌になるようだ。
「ルイスはホセと合奏はしないのですか? 彼はピアノを弾くから、誰とでも合奏可能でしょう?」
だけどもホセは一人で音楽を完結できてしまう。
彼は頭の中だけでも音楽を完結させられるだろう。きっと脳内に専門のオーケストラ楽団を抱えていて、その中の演奏者一人一人もまた彼自身なのだろう。
「いえ、私は、彼の演奏を聴くのが好きなので」
ルイスは静かに答える。まるで音楽を思い返しているようだ。
「彼は演奏者としても、魔術師としてもとても優れています。それに、偉大な作曲家です。古い魔術を蘇らせたり、新しい魔術を生み出したり、複雑な曲を簡略化させたりと多才ですよ」
目を細めるルイスは、心底ホセを好いているのだろう。
それからルイスの迎えが来るまでの間、ひたすらホセの話が続いた為、レイナは知らなくて良いほどにホセに詳しくなってしまった。
まず、心が揺れ動かなくなった。感情表現が薄くなったというべきだろうか。思考が徐々にレイナに近づいたのかもしれないとさえ感じられた。
なにもこれが自分の作り出したゲームの世界だからという理由だけでは説明がつかない違和感だ。
次に楽器だ。目覚めた当初レイナが使っていた楽器は分数サイズというものらしく、体の成長に合わせいずれ持ち替えの時期が来るという。分数サイズに作られた楽器は、魔力を抑え込み、使う量を制御するように出来ているらしい。
つまり、持ち替えの時期にレイナの魔力はやや苦労することになる。
日記の情報によると叔母は楽器探しに非常に苦労したらしい。魔力に合わない楽器を使うと危険だと言うことと、良くない魔法の込められた楽器には気をつけなくてはいけないと言うことが書かれていた。
特に王家には継承される特別な楽器が存在するらしい。詳細は把握しきれていないがなんとなく好ましくない空気を感じ取った。
まずはレイナの魔力に耐えられる楽器を探さなくてはいけない。これが少しばかり骨が折れる作業になりそうだ。
数日前、レイナは教師が連れて来た数人の楽器職人と魔術師に魔力の計測の為、数曲いつもの分数サイズとは違う楽器で演奏させられた。
しかし、悉く壊れた。
弦が切れるだけならまだかわいい。ネックが不自然に逸れたり、突然エンドピンが砕けたり、ペグが通常ではありえない角度に曲がってしまったりするのだ。酷いときには楽器自体に罅が入ってしまい、修復のできない状態になってしまう。
「ふむ、レイナ様の魔力が強すぎて通常の素材では耐え切れないようですな」
魔術師の一人が真剣な表情で言う。
まぁ、レイナは『EVER』のラスボスだ。ラスボスの魔力が常識の範囲に収まるとは思えない。悪い魔法で世界を滅ぼしてしまうらしいから。
「困りました。私の技術ではこれ以上の素材を扱うことはできません」
職人の一人が根を上げる。
「今年一年は分数サイズで問題ないと思いますが、できるだけ早く新しい楽器を探さなくては、レイナ様も成長期ですので、お体と楽器が合わないなんてことになっては大変です」
教師は落ち着いた声で言う。彼はライルと言うらしい。いつも落ち着いていて、チェロの様にずっしり構えているようなそんな人だ。魔力自体は高くは無いが、複雑な技巧を盛り込んだ曲で高度な魔術も使える。レイナが彼と同じだけの技巧で魔力補強した魔術を使えばまず分数サイズの楽器では耐えられない。
「私が楽器を壊す前に新しいのが見つかるといいけど」
正直なところ、レイナの身体はライルを上回る技巧を身に着けている。楽器を壊していないのは、単純にレイナが魔力を制御で来ているからだ。
しかし、それもいつまで維持できるかわからない。今年、十二になるレイナは徐々に魔力が不安定になっている。
「勿論です。レイナ様。必ずあなたにふさわしい楽器をご用意します」
魔術師は言うが、職人たちは青い顔をしている。
「黒がいいわ。黒い楽器が欲しい」
『EVER』の中でレイナが演奏していた楽器を思い出し、そう告げる。きっとあの楽器なら、レイナにぴったりなはずだ。
「おや、レイナ様がご自分から要望を口になさるなんて珍しい……」
ライルが驚きを見せる。
「しかし、黒となると、中々難しいかもしれません……」
ライルは考え込む。やはりゲームとこの世界は違うということだろうか。
しばらく魔術師や職人に指の長さや腕の長さなどを確認され、再び魔力を測定される。
何度測ったところで測定機器が壊れるだけだということを彼らは学習しないようだった。
レイナが呆れていると、メイドが呼びに来る。
「あら? 今日は他に予定が入っていなかったと思ったけど」
「陛下がお呼びです。急ぎ支度を整えるようにと」
嫌な予感がする。これはレイナにとって好ましくない用事だろう。
しかし、行かないという選択肢はない。もっと好ましくない結果になるだろうことが見えている。
渋々と部屋に戻り身支度を調え、呼び出された応接間に向かった。
嫌な予感というものは大抵なんらかの形で当たってしまうものだ。
今回の場合は、レイナ・アルシナシオンの将来に直接影響を与えるもの。つまり、ゲームシナリオに接触する事件。直接的な状況を語るのであれば、レイナ・アルシナシオンとルイス・フィエブレの婚約が決まったという話だ。
ルイス・フィエブレはフィエブレ侯爵家の長男でレイナのはとこにあたる。ヴァイオリン奏者で、輝く金髪と青い瞳が美しい、今のところは美少年だ。レイナから見れば二つ上で、ホセの数少ない友人の一人である。しかし十数年後には腹黒い策略家に成長してしまうのだろうと思うと悲しいものだ。
「ルイス・フィエブレと申します」
跪き静かに名乗る彼は宗教画に描かれる天使のようだ。
「レイナ・アルシナシオン、チェロ奏者ですわ」
この国の風変わりな習慣のひとつとして、初めて会う相手には自分の楽器を紹介すると言うものがある。挨拶代わりに一曲披露することも珍しくはない。しかし、どうやらルイスとは初対面ではなかったらしい。
「レイナ様の腕前は昨年の演奏会でご披露頂きました。素晴らしい技術でしたね。現在も欠かさず練習を重ねていると伺いました。今年の演奏会もとても楽しみです」
ルイスは柔らかい笑みを浮かべて言う。貴族の技能のひとつだと思ってしまうのは黒咲凛《くろさきりん》が彼を生み出したせいだろか。
レイナの記憶を少し辿るが彼に関する情報はほぼ無い。はとこであると耳にしたことはある程度だろう。ヴァイオリンの腕前は中級レベルの曲でやや躓く程度だったと記憶している。
「ルイスはヴァイオリン奏者でしたね。ヴァイオリンはお好きですか?」
彼は楽器演奏よりは純粋な魔術の方が得意なはずだと思いながらも訊ねる。他に話題がないのだ。
「ええ。勿論。サプリエットに生まれたからには音楽を愛して当然です」
義務的な考えなのかもしれない。
これはレイナの肉体が感じ取った本能的なものだろうが、ルイスはレイナやホセほどには音楽に対して敬意を持っていない。彼にとっての音楽はきっと教養の一部程度だろう。
「合奏はお好きですか?」
ルイスにはおそらく、レイナが単に音楽を楽しみたいだけに聞こえただろう。しかし、この質問の真意は、彼が合奏によって強力な魔法を使うことができるかの確認だ。なにせゲームシナリオ内ではあっさりやってのけたのだから。
アリアと組まれると厄介だ。他人に寄り添い、魔法を強化する能力は敵に回したくはない。
「いえ、あまり。一人の方が自分の音と向き合えるので……」
ルイスは視線を逸らす。どうやらあまり音楽の話題は好まないらしい。
そもそも演奏技能自体はそこまで高くはないのだから、才能を持て囃されているレイナと音楽の話題を続けたくないのかもしれない。
しかし、何を話せば良いのかわからない。レイナにはそれ以外の話題がないのだから。
「そうでしたか。私は、もう少し上達したらいろんな方と合奏をしてみたいと思っていたところでしたので、少し残念です」
「レイナ様がお望みでしたら合奏向きの曲を練習しますよ」
ルイスは柔らかい笑みを見せる。悲しげな表情が効いたのかもしれない。もしくはなにかを考えている余所行きの笑み。
「まぁ、嬉しい。もう少ししたら楽器が新しくなりますの。その時には是非」
「楽器が新しく? ああ、分数サイズを卒業されるのですね」
ルイスは穏やかな雰囲気を醸し出そうとしているが、どうも、退屈しているように感じられる。
多分、おそらく、きっと、レイナはルイスに嫌われている。
「……運命の楽器に出会えると良いのですが……」
少し不安そうな様子を見せ、ルイスから視線を逸らす。
彼になにをしてしまったか、心当たりはない。少なくとも、黒咲凛からレイナ・アルシナシオンに変化してからはなにもしていないはずだ。必死に思考を探る。そしてシナリオを辿る。ああ。ひとつだけ可能性がある。
ホセだ。
忘れていたが、ルイスはホセの数少ない友人の一人であり、ルイスもまたホセに依存気味の部分がある。もしかすると、ホセが頻繁にレイナに接触していることを知って嫌っているのかもしれない。
「練習をしていると時々現れる方が、弓や弦のお手入れについて教えてくださるの。ルイスにもご紹介したいのだけど、彼が普段どこで何をしている方なのか、私にはさっぱりわかりませんわ」
ホセの話を振って反応を見る。
「練習をしていると現れる? それは、もしかして、黒い長髪を束ねた少し冷たい印象の男ですか?」
どうやらルイスは気付いたらしい。
「ええ。最初は少し怖かったけど、楽器のことはとても丁寧に教えてくださって、調弦が狂っていると直してくれたり……松脂が足りないと塗り直してくださったり……あの方がいろいろ教えてくださるようになってから先生の評価も上がった気がしますわ」
音楽馬鹿のお節介だ。しかしとても有意義で、彼にとても時間のゆとりがあるときは演奏指導までしてくれる。おかげで上級魔法に必要な演奏技巧が身につきつつある。これは今のレイナの年齢では稀だろう。尤も、魔法を使うには楽器の方が耐えられないのだけど。
「ホセですね。彼は私の友人です。いつも音楽のことばかり考えていますが、魔術の才能に非常に恵まれた男で、おそらく将来は魔術師になるのではないかと思います」
ルイスはそう言ってレイナを観察するように見る。
「まぁ、てっきり音楽家の方だと思っていましたわ。あの方がチェロ奏者でしたら私の先生になって頂きたいのに、ご本人に確認したらピアニストだとか」
「彼は楽器ならなんでも演奏できますよ。ただ、人付き合いはあまり好まないので一人でピアノを弾いていることが多いだけです」
驚いた。ホセのことになるとかなり饒舌になるようだ。
「ルイスはホセと合奏はしないのですか? 彼はピアノを弾くから、誰とでも合奏可能でしょう?」
だけどもホセは一人で音楽を完結できてしまう。
彼は頭の中だけでも音楽を完結させられるだろう。きっと脳内に専門のオーケストラ楽団を抱えていて、その中の演奏者一人一人もまた彼自身なのだろう。
「いえ、私は、彼の演奏を聴くのが好きなので」
ルイスは静かに答える。まるで音楽を思い返しているようだ。
「彼は演奏者としても、魔術師としてもとても優れています。それに、偉大な作曲家です。古い魔術を蘇らせたり、新しい魔術を生み出したり、複雑な曲を簡略化させたりと多才ですよ」
目を細めるルイスは、心底ホセを好いているのだろう。
それからルイスの迎えが来るまでの間、ひたすらホセの話が続いた為、レイナは知らなくて良いほどにホセに詳しくなってしまった。
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