青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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レア2 弟の成長

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 音楽祭でのセシリアの演奏は本当に素晴らしいものだった。
 なにより、アルジャンが自分でセシリアへ贈り物をしたいと口にしたのは大きな進歩だと思う。素晴らしい演奏へのご褒美という名目は本当に素晴らしい。そのくらいもっと気軽に贈り物をするべきだ。
 セシリアが好きそうな歌劇へ連れて行きたいから私の席を譲って欲しいと頼まれた時は本当に珍しいこともあるものだと思ってしまった。
 勿論。セシリアの為なら喜んで席を譲る。たとえあのテノール歌手が私の贔屓だったとしても。本音を言えば全公演通い詰めたいくらい素晴らしい歌声。それでも一日くらい譲ってあげてもいいと思ってしまう。
 弟の成長を喜ぶべきだ。
 観劇の後は感想を語り合う時間を作るよう言い聞かせ、ついでに流行の歌手たちをまとめた冊子も渡した。
 困惑した表情を見せたあの子は年相応に見え、少しだけかわいらしく思えた。


「それで? あなた、セシリアのつきまといかしら?」

 そろそろ歌劇も終わる頃だろうと、劇場側の喫茶店でアルジャンが無事セシリアを誘い出せるか観察しようと待ち構えていると、あのイルムの姿が目に入ってしまった。
 しかも、若い娘を連れている。
 そのくせに、二人揃ってこそこそとアルジャンとセシリアを見いていた。
 特にイルムはオプスキュール伯爵邸の付近でも目撃されている。セシリアの自宅まで付き纏っているのだろう。
「これはレア様、奇遇ですね。俺は歌劇を観に来ただけですよ。いい席を買えたので」
 年間契約しましたとイルムは言う。
 この男の厄介なところはお金も身分もあるところ。そこらのつきまといとは違う。斬り捨てたりすることができない。
 セシリアだって無理に迫られたら断り切れない可能性がある。
「セシリアにつきまとっている癖に他の女性を連れ歩くなんて……気の多い男は我が国では嫌われるわ」
「ビビーとは利害が一致しているだけですよ」
 イルムは胡散臭い笑みを浮かべる。
 利害が一致?
 なにを企んでいるのかしら。
 どうも、嫌な予感がする。
 ビビーと呼ばれた娘は、私の背後に視線を向け、一瞬呪うような目つきになったかと思うと甘ったるい声を出して動き始める。
「きゃーアルジャン様ぁ! こんなところで会えるなんて運命を感じてしまいますぅ」
 それはもう、セシリアとアルジャンの間に割って入るようにアルジャンの腕に抱きついた。
 なにこの娘。
 無礼にも程があるわ。
「シシー、偶然だな。せっかくだ。一緒にお茶にしよう」
 イルムはイルムでセシリアの方へ歩み寄り、笑みを見せる。
 なるほど。
 ふたりともアルジャンとセシリアを引き裂くために協力しようと言うのね。
 それは見過ごせないわ。
「放せ」
 アルジャンの殺気の籠もった声にもビビーは動じない。
 仕方がないわ。
「あら、二人とも偶然ね。丁度セシリアに会いたいと思っていたの。私も混ぜて頂戴」
 悪いけれど、ここで一番身分が高いのは私よ。誰にも断らせないわ。
 ビビーとイルムまで一緒なのは少し問題かもしれないけれど、最悪の事態を避けるためには仕方がない。
「五人席を用意して」
 店員に声をかける。
 入り口が見張りやすい席は他の人間から見られる可能性も高いから移動した方がいい。
「おい、レア。なぜこいつらまで……俺は、シシーと二人きりで……」
「アルジャン様ぁ、大勢の方が楽しいですよぉ?」
 猫かぶりするくせに、ビビーという子の心はアルジャンに向いていない様子だ。
 ちらちらと、セシリアの方を気にしながらアルジャンの腕に豊満な胸を押しつけている。
 まさか……狙いはセシリア?
 世の中には同性にたいしてそう言う感情を抱く人もいるようだけれど、セシリアがその対象なのは問題ね。
「離れろ」
 アルジャンは強引にビビーの腕を外そうとするけれど、一応女性が相手なので力加減はしているらしい。そのせいで、満更でもなさそうに見えてしまう。
 溜息が出る。
 セシリアの表情が暗くなっていくと、すかさずイルムが間に入った。
「シシー、今日は随分綺麗だな。普段からそうやって着飾ればいい。化粧は気持ちを華やかにしてくれる」
 自分も化粧をしているからだろう。セシリアに化粧の話題を振ろうとしている。
 馬鹿ね。
 セシリアは頬紅と口紅の違いさえまともに理解していないわ。
 店員が席に案内してくれたときは救世主が現れたように感じてしまうほど疲れ切ってしまった。
 
 
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