青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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アルジャン12 悪趣味な話2

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 主演が歌い出すと、シシーはすっかり舞台に引き込まれ、俺が手を握り続けていることも気にならなくなったらしい。
 流行の悲劇は娘役が二人、一人の男を取り合う物語だ。
 伯爵令嬢には婚約者がいたが、婚約者は村娘に心を奪われてしまう。伯爵令嬢はなんとか婚約者の心を取り戻そうとあの手この手を考えるが、伯爵令嬢に想いを寄せる調香師に騙されてしまう。
 罠にかかった伯爵令嬢は婚約者に捨てられ、調香師に嫁ぐことになるが、それを受け入れられずに自ら命を絶ってしまうところで幕が下りる。
 悪趣味な話だ。
 婚約者が居るのに他の女に手を出す男は最悪だ。それに婚約者が居る女に手を出す調香師も。村娘だって婚約者が居る男を誘惑するのだからふしだらだ。
 あの一途な伯爵令嬢はいい。真っ直ぐひたむきで、婚約者に振り向いて貰うために着飾ったり習い事を増やしたりと努力をする。女優が少しシシーに似ているのもいい。細身で控えめな印象だ。
 心を惑わす香水を求め、部屋に調香師を招き入れてしまう伯爵令嬢。
 愛する人の心を手に入れる為、手段を選べなくなってしまうほど追い詰められているのだと、切迫した演技が見事な女優だ。
 シシーが彼女を気に入るなら少しくらい支援してもいいかもしれない。
 そう思ってちらりと隣を確認したが、シシーはあの調香師役のテノールが気に入っているようだ。あの男が歌い出すとうっとりした様子を見せる。
 今すぐ耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、必死に耐える。
 伯爵令嬢のソプラノも美しい。
 伯爵令嬢の心をなんとか手に入れようとする調香師と、愛した男を裏切れない伯爵令嬢の掛け合いが続く場面はなんとも言えない気持ちにさせられる。
 美しい旋律と切ない歌声。
 シシーは無意識なのだろう。弦を押さえるような指の動きを見せる。
 ああ。こういう曲が好きなのか。
 そして思う。
 シシーとまともに合奏したことはない。
 練習の邪魔はしないと誓った。それに、音楽よりもシシーと触れあう時間の方が魅力的だ。
 シシーの演奏は好きだ。けれどもそれ以上に、シシーの膝を枕に昼寝をする時間が最高なのだ。
 一緒に観た歌劇の曲で合奏しないかと誘ってみるのはどうだろう。
 シシーは、喜んでくれるだろうか。
 いけすかない調香師のパートでもいい。
 シシーなら全ての曲を覚えてしまうだろう。
 二人の掛け合いが終わり、伯爵令嬢の独唱。
 愛した男への捨てきれない想いを抱いて、自ら命を絶つ場面だ。
 どうしてだろう。
 あの伯爵令嬢が、夢で見たシシーと重なってしまう。

 どうしてあなたは私を求めてくださらないの。

 その感情が鋭い刃物のようにこちらに刺さる錯覚に陥った。


 
 
 
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