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11 誤魔化そうとしている
しおりを挟む落ち着かないまま音楽祭当日が訪れてしまった。
アルジャン様は急に顔を見せなくなったり突然現れたりと気ままな行動で、それが私の心をかき乱す。
「セシリア様、そろそろ支度を始めないと遅刻してしまいますよ」
支度なら今している。反論しようとして、自分が寝衣のまま楽器を磨き続けていたことに気がつく。
「そう、ね……アルジャン様が……本番にと用意して下さったドレスがあるから……それにしましょう」
自分で着る物を選ばなくて済むということは少しだけ心を軽くしてくれる。
もう、全部アルジャン様が決めてくださればいいのに。
全部彼の言うとおりにすれば……それでも、彼は不満に思うだろうか。
それでも演奏家のことを考えてくれているようなドレスは本番に相応しいと思えた。父が選んだのであれば華やかさばかりを重視して装飾が邪魔になってしまっただろう。
ドレスに着替えると、リリーが丁寧に髪を結ってくれる。
この手が好きだ。しなやかな指は器用で、魔法のように髪にリボンを編み込んでいく。
「今日は少しお化粧もしましょう」
「べつに……そこまで……」
「ドレスを着るのにお化粧をしないなんておかしいと思いませんか?」
「そう……かしら?」
リリーに圧し負け、化粧を受け入れるしかない。
化粧は苦手だ。
なんというか、女を意識させられる。
ちっぽけな私という存在を女として見せて……その部分で気を惹こうとしているみたいで嫌悪してしまう。
才能も努力も価値がないと自分で認めてしまって、姉に及ばない外見を整えて誤魔化そうとしているようだ。
「……セシリア様、余計なことを考えすぎでは?」
咎めるようなリリーの声に意識を引き戻される。
「少しでもよく見られたいから身形を整えるのは普通のことです。ヴァネッサ様だっていつもお化粧をして着飾っていらっしゃるでしょう?」
「それは……お姉様はきれいなお方だから……」
そう。嫁いでも美貌を褒め称えられる姉。父のお気に入り。
「私は、セシリア様が綺麗に着飾って出掛ける日が楽しみです」
ぽんと両肩を叩くのは、完成の合図だ。
あまり濃い化粧が好きではない私の為に、リリーは薄くても流行に遅れすぎない化粧を日々勉強してくれている。
「これならアルジャン様も褒め称えずにはいられません」
得意気なリリーの声とほぼ同時に、扉の向こうから声がする。
「俺が、なんだって?」
アルジャン様だ。
どうしてこう、嫌なときに現れるのだろう。
外に出たくない。
予想よりも似合わなかったなどと思われたらどうしよう。
彼の選んだ物でも満足のいく結果でなかったら?
激しい不安に襲われる。
「シシー?」
扉が開く。
「返事くらいし……ろ……」
アルジャン様の視線を感じたと思うと、彼が硬直する。
これは……どんな暴言が飛び出すだろう。
思わず姿勢を正す。
睨みつけるような目と、険しい表情。
「あの……へん……ですよね……き、着替えます」
「待て……違う。その……あー……」
咄嗟に手を掴んでしまったという様子で、アルジャン様は言葉を迷っている。
「……似合ってる」
消え入りそうなほど小さな声だった。
「……俺の目に狂いはない。だから……着替える必要はない」
少しだけ、不機嫌そうな声はどうしてだろう。
「素直に綺麗だと言ってくださらないなんて……アルジャン様は照れ屋のようですよ、セシリア様?」
「リリー? そんなこと……アルジャン様に失礼だわ。申し訳ございません」
頭を下げれば、腕を引かれる。
「……この世で一番綺麗だ。あ、いや……もっと似合うドレスはたくさんあるだろうし……今度は宝石も贈るから……演奏の邪魔にならないときは身に着けろ」
視線が合わない。
いつも穴が空きそうな程見つめてくるアルジャン様と視線が合わない。
「……いえ、贈り物は……受け取れません」
宝石なんて貰っても困る。
見る度にアルジャン様を思い出してしまったら、きっと辛くなるから。
そう考え、自分の思考のおかしさに気がつく。
見る度に思い出す? アルジャン様を?
一体、なにを考えているのだろう。
「……シシー、なぜだ? 普通は贈り物は嬉しいだろう? 俺だって、お前から貰う物はなんだって嬉しい」
アルジャン様は本気で理解に苦しむという様子で訊ねる。
けれども、私はその理由を明確な言葉にすることができない。
なぜ。
あの夢のせいだろうか。
「……つまらない人間に受け取る価値はありませんから」
直接言われたわけではないのに、夢の中の言葉が妙に突き刺さってあの場所から抜け出すことが出来ない。
アルジャン様が妙に傷ついた表情を見せた気がして直視できず、横を通り過ぎて誤魔化す。
今は演奏に集中しなくては。
アルジャン様だって自分の演奏があるのだからそれに集中してくれればいいのに。
その考えが彼に伝わったかはわからない。
ただひとつ確かなのは移動の馬車は無言で過ごしたということだけだ。
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