青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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アルジャン10 みっともない感情2

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 ざわついた心と反するように、体が随分と軽く普段以上に健康な気がした。
 いつもよりも早い目覚めでシシーを迎えに行く前に軽く散歩でもしようと考えていると来客を告げられる。
 こんな早朝に誰だ?
 訝しんで応接間へ向かうと、見たくない顔があった。
「……なぜお前がここに居る」
「俺とアルジャンの仲だろう?」
 挑発するような笑みを浮かべるイルム。
「……さっさと国に帰れ」
 こいつが他国の王族でなければ殴り殺しているかもしれない。
「つれないこと言うなよ。いつもより体が軽くなっただろ? 俺に感謝したっていいんだぜ?」
「は?」
 一体こいつはなにを言っているんだ。
 全く理解出来ない。
「なんの用だ」
 さっさと用件を終わらせて追い返そう。
「ふぅん、俺とは雑談も出来ないって? 心の狭い男だな。まあいいや。持ってるだろ? 俺の
「なんの話だ?」
 贈り物?
 こいつから受け取ったのは昨日のケーキくらいだ。
 意味がわからず睨めば、呆れたように溜息を吐かれる。
「あー、そうだな。わかってる。あれだよ。スノーグローブ。シシーが気に入ると思って用意したらなにを考えたのかアルジャンに贈られたあれだ」
 スノーグローブ?
 なぜイルムがそれを知っている?
「なぜシシーからの贈り物をお前が知っている?」
「なぜって、それを作ったのは俺だからだよ。シシーを護るはずだったのにお前の手にあるからなにかがおかしいんだ。そうに違いない」
 イルムは真面目そうな顔で言うが全く理解出来ない。
 いや、シシーがなぜ俺にそんな物を贈ったのかさえ理解出来ないが。
「別に渡せとは言っていない。ただ、状態を確認したい」
「は?」
「あー……変色してないか? 具体的には……青っぽくなっていないか?」
 なぜそれをイルムが?
 まるで監視されているようで気持ち悪い……。
「お前……まさか……シシーに言い寄っているように見せかけて……俺が狙い、だったのか?」
 身の危険を感じる。
 いくら男も魅了できる美貌とは言え男に好かれるのは気持ちが悪い。
「は? あー……そうそう。アルジャンは色男だから……愛するアルジャンの身を心配して……なわけねーだろ。シシーの為じゃなければわざわざお前の様子を確認したりしない」
 途中まで気色の悪い小芝居を続けようとしたくせにぎろりと睨むイルムからはやはり敵意を感じる。
 シシーの為。
 こいつはそう口にするが一体どういう意味だ?
「あのスノーグローブに詰めたはシシーの感情を吸収する。青く染まるのはそれだけシシーが悲しんで苦しんだ証だ」
 淡々とした声と反してイルムの視線は突き刺すようにこちらに殺意を飛ばしてくる。
「どういう、意味だ? 感情を……吸収?」
「……あんまり他国でを使うなとは言われてるが、シシーの為だ。俺は、シシーを死なせないためならなんだってする」
 まるで威嚇するような視線。
 貫かれたような錯覚に陥る。
「どういう……意味だ?」
 まるで、俺の悪夢を知っているかのような……。
「夢だと思いたければ思えばいい……だが、あの子は……セシリアは追い詰められ……自ら命を絶ってしまった……原因は、お前だ」
 だから排除するとでも言いたげな瞳に身動きが取れなくなる。
「……なにを……言っている?」
 俺の悪夢が現実だったとでも言いたいのだろうか。
 いや、悪夢を見ていることをどこからか突き止めて揺さぶっているだけかもしれない。
「セシリアは、お前に試され心が折れた。支えである音楽さえ失って……浴室で自ら命を絶った」
 淡々と語られるのは夢の中での光景だ。
 それはまるで……俺がシシーを追い詰め殺したかのような……。
「まさか……あの夢が……現実、だと?」
 そうだとして、なぜイルムがそれを知っている?
 なぜ俺の前に現れ、それを告げる?
「俺の力じゃもう戻してやれないんだ。だから……セシリアを追い詰めるなら、大人しく俺に渡せ。俺の方が、お前よりもずっとセシリアを大切にできる」
 もっと敵意を向けられるかと思えば、今にも呼吸が覚束なくなりそうな程苦しそうな表情で、少し揺さぶれば泣き出してしまいそうにも見える。
 なぜ?
 イルムから感じ取るのは……俺とは違う意味の感情。
「……だとしても……俺はシシーを手放せない」
 イルムは言葉通り、シシーを大切にするだろう。過保護なほどに彼女を護るような気がする。
 だとしても、それがシシーを諦める理由にはならない。
「シシーの居ない人生を生きられない」
 出会った時から彼女のことしか考えられない人生なのだから。
 イルムを見つめ返せば、はーっと大きな溜息を吐かれる。
「……めんどくせー男。いや、セシリアも十分面倒だな。あー……俺だって本気なんだ。あの子が生きて幸せで居てくれればそれでいい。だから、そのためならなんだってする。アルジャン、次はない。お前があの子を追い詰めるなら、俺は俺のを使い果たしてもお前の息の根を止めてやる」
 本当に泣き出してしまうのではないかと言うほど揺れる瞳がこちらを睨む。
 シシーに纏わり付く邪魔な男だと思っていたのに、なぜだろう。
 嫉妬してしまうほど、真っ直ぐで深い愛を感じた。
「……シシーはいい女だ。最高の女だ。お前が魅了されてしまうのも仕方がない……だが、俺の婚約者だ」
 二度と近づくな。
 その言葉を口に出すことは出来なかった。
 きっと、シシーが本当に困った時、手を差し伸べるのはこの男だと思う。
 その場所に俺が立ちたいと願っても、それは叶わない。その場所はこの男のために用意されるのだから。
「わかってる。俺は最低だって。アルジャンに傷つけられたシシーに惹かれるんだから」
 自嘲気味にそう言ったイルムは背を向ける。
「……スノーグローブが割れたら、シシーは限界だ。あの子が自分を傷つける前に止めろ」
 そう言い残し、イルムは立ち去る。
 どういう意味だろう。
 スノーグローブが割れる?
 それは俺の扱いが問題で壊してしまった場合だろうか。
 それとも。
 イルムが言うようにスノーグローブがシシーの感情を吸い取るのであれば、吸い取った分中身が増えるのではないだろうか?
 そう考え、既に始業時間を過ぎていることに気付く。
 しまった。連絡もせずに迎えに行けなかった。
 そのことをシシーはどう感じるだろう。
 その答えを知るのが少し恐ろしく感じられた。
 
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