青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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アルジャン10 みっともない感情1

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 妙だ。
 喫茶店で途中の記憶が抜け落ちている。
 少し朦朧とした意識で、支払いを押しつけられたことは理解したがたいしたことではない。
 帰りの馬車で、シシーが居心地の悪そうな様子を見せていた。
 居心地の悪そうなというよりは、どこか不安そうにも見えた。
 ちらちらと、俺とヴィンセントを交互に観察し、視線が向くと思うと慌てて逸らす。
 別れ際になにかを言いかけて口を閉ざした姿が妙に焼きついている。
 シシーは一体なにを言おうとしたのだろう。

 自室が久々に感じられる。
 もう少しシシーの側に居たかった。けれどもヴィンセントが今日は帰れと強めに言うものだから仕方がなく帰宅したのだ。
 少しでもシシーを感じたくなって、スノーグローブのぜんまいを回す。
 このスノーグローブはこんなにも青かっただろうか。
 数日前に見たときよりも色が濃く思えた。
 なんとなく、落ち着かない気分になる。
 音楽祭はすぐだ。
 シシーの演奏は十分に仕上がっているはずなのに、本人の表情に自信が見られないのが気になる。
 大丈夫だ。
 あの夢だって音楽祭は乗り切っていたはずだ。
 あの夢とは曲が違う。それに、夢の中よりは気持ちを言葉にして伝えているはずだ。
 シシーには愛されている、はずだ。
 そう思いたいのに、どうしようもない不安が込み上げる。
 イルム。
 あの男のせいだ。
 妙にシシーに付き纏って、距離が近すぎる。

「いつまでそう言っていられるかな? 俺だってシシーの相手にはそう悪くない条件だと思うが? な? シシー?」

 そう、口にしたイルムは冗談のような声色で、それでも俺に向ける視線は敵意を感じられた。
 まるで俺からシシーを奪うと宣戦布告するような目で、なにより、シシーは強い拒絶を見せなかった。
 まさか、ああいう男が好みなのだろうか。
 そう考え、すぐに否定する。
 シシーはあんな軽い男は好まない。好むとすればきっと……もっと知的で大人しい……。
 思い浮かんだ相手をすぐに脳から追い出そうとする。
 なぜヴィンセントが浮かぶ。
 確かに幼いシシーは兄の後ろをついて回るような子だったが、婚約が決まってしばらくするとそれもなくなった。
 兄より俺を優先してくれているのだと思っていた。
 心がざわついて落ち着かない。
 便箋を取りだし、ペンを走らせる。
 シシーの才能は俺がよく知っている。もっと自信を持って本番に挑んで欲しい。
 失敗したって構わない。シシーの努力はよく知っている。
 人の視線を恐れるシシーが舞台に立つだけでも褒め称えられるべきだ。
 シシーは間違いなく国一番の演奏家なのだから。
 期待している。
 いや、シシーに拍手を贈るのを楽しみにしている。
 どうしても口からは伝えられない感情を便箋に綴る。
 イルムなんかを見るな。
 俺だけを見ていればいい。
 かっこ悪すぎて伝えられない。
 そんな感情も便箋に綴って、封をする。
 そしてそのまま引き出しに押し込んで、誰にも見られない感情を吐き出す。
 惚れた女の前でくらいかっこつけたい。
 けれども、ヴィンセントとレアの言葉が気になってしまう。
 余計なかっこつけ。
 目に見える愛の示し方。
 考えれば考える程イルムの姿が浮かぶ。
 あいつは自然に、シシーへ愛を伝えている。
 簡単に「アルジャンなんかやめて俺にしなよ」なんて言葉を口にする。
 他国の公爵家の婚約者を相手に。自分の命さえ軽んじるように。
 悔しい。
 情けない。
 みっともない感情が内側で蠢いている。
 それを誤魔化すように新しい便箋を手に取りペンを走らせた。
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