青の記憶を瓶に詰めて

10 羨ましくさえ感じてしまう2

　イルム様が案内してくれた店は異国風の内装で、半個室になった席がいくつも並んでいた。
「シシーが気に入りそうなものがあるといいけど」
　微笑みながら、勝手に注文を決めてしまう。
　イルム様にはこういう強引な部分がある。正直少し苦手だ。
　私に好意があるらしいが、どうもアルジャン様への嫌がらせの為だけに接触しているような気もしてしまう程、アルジャン様に対してなにか思うところがありそうだ。
　実際、アルジャン様と私の間に無理矢理割って入ってきてアルジャン様をさらに不機嫌にさせている。
　アルジャン様はずっとイルム様を睨んでいるけれど、兄になにかを言われたのかこれを荒らげることはない。ただ不機嫌そうに時折手を動かし、なにかに耐えるように奥歯を噛んでいる。
「今日は少し顔色がよさそうだな。よく眠れたか？」
　アルジャン様の様子など全く気にも留めないように話しかけてくるイルム様の図太さは羨ましくさえ感じてしまう。
　もし、私にイルム様のような図太さがあればもう少し生きることが楽になるかもしれない。
「……はい。馬車の中で眠ってしまい……兄とアルジャン様に寝顔を見られ、少し恥ずかしくて……」
　どうして起こしてくれなかったのか。そう考えてしまったのは自分勝手が過ぎるだろうか。
「近頃ヴィニーと仲がよさそうだな。兄妹仲はいい方がいい。学校では少し距離がありそうだったから心配だったが、杞憂だったな」
　イルム様は運ばれてきた大きなケーキを皿に取り分け配る。
　どうしてだろう。彼は給仕に慣れていそうだ。
「俺は兄弟が多いから、上手くいく兄や弟と、全く上手くいかない兄がいる」
　笑いながら、一番果物の多い一切れを私の前に置いた。
「たくさん食え。気持ちが晴れる」
「あ、ありがとうございます……」
　どうしてこんな状況になってしまったのかと困惑しつつ、善意を拒むのは気が引ける。
　けれども、やっぱり一番大きい一切れはアルジャン様の元にあるべきだ。
　たぶん刷り込まれた行動なのだろう。自分の皿をアルジャン様の方へ差し出してしまう。
「シシー？　フルーツケーキは嫌いだったか？」
　イルム様は心配そうにこちらを見つめた。
「いえ……ただ、アルジャン様がお好きだろうと思って……」
「アルジャンの分もちゃんとあるだろう？」
　困惑した様子を見せられると居心地が悪い。
「ふっ、それだけシシーが俺を愛していると言うことだ。諦めろ、イルム」
　どういうわけか、アルジャン様は得意気な表情を見せ、私の皿を受け取る。
「好意を持つ相手には一番美味いところを食わせたくなる。だからシシーはいつだって俺に一番いいところをくれる」
　どうしてもイルム様に自慢したいらしいアルジャン様は独自理論を繰り広げる。
　正直、理解出来ない。
　アルジャン様はいつだって欲しいものを勝手に食べるのだから、先に彼が欲しがりそうな物を差し出しておくのはオプスキュール伯爵家の習慣だ。長年染み着いた習性は消えない。
「ほぅ……つまり、アルジャンはそんなに俺の愛が欲しかったということか……仕方ないな。タルトは一番いいところをやろう」
　イルム様はからかうように一番多くベリーがのったタルトをアルジャン様の前に置いた。
　その瞬間、アルジャン様の顔に赤い発疹のようなものが現れた。
「き……気持ち悪いことを言うな！　全身が痒くなってきた……」
　こんな絵に描いたような拒絶反応が起きるものなのかと驚いてしまう。
「落ち着け、アル。イルムはお前をからかっているだけだ」
「知っている……だが、気持ち悪いのは事実だ」
　男に愛とか言われたって気持ち悪いとアルジャン様は呟く。
　意外だ。
　アルジャン様がこんなにも他人に振り回されることがあるなんて。
　とくんと、胸の奥でなにかが跳ねる。
　どうしたのだろう。
　今、アルジャン様が可愛く見えてしまった気がする。
　どうかしている。
　そう思うのに。少し狼狽えているアルジャン様から目を離せない。
　私は、こんなに性格の悪い人間だったのか。
　そう自覚して少しばかり自己嫌悪してしまった。