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イルム2 財宝
しおりを挟む瓶の割れた音で目が覚めた。
セシリア・オプスキュール。
彼女に持たせたお守りが砕けた。
感情を受け止めきれなかったのだろう。
「くそっ」
思わず舌打ちする。
またあのアルジャンがなにかをしてくれたのだ。
いつだって彼女を追い詰める。
「頼むよ、シシー。まだ死なないでくれ」
新しい瓶を用意しないと。
いや、それだけで足りるだろうか。
思わず部屋を抜け出して、オプスキュール伯爵邸へ向かってしまった。
冷静に考えれば寝衣のまま他国の貴族の屋敷に入れるわけがない。装いのことがなくたって、こんな時間に訪ねるのは非常識過ぎるというのに、オプスキュール伯爵邸は騒がしかった。
「いやぁ、参ったよ。アルジャン様が唐突に現れるのはいつものことだけどさぁ」
「ほんっと。今回みたいなのは困りますね」
使用人たちはやれやれと言った様子でこれから休憩に入るのだろう。いや、就寝の時間に無理矢理叩き起こされたのかもしれない。疲れ切っている。
使用人たちに見つからないように気配を消しつつ、セシリアの部屋はどこかと探る。
気配を消すのは得意だ。王族としてあまり褒められたことではないが不法侵入の類いは昔から得意だ。
これも先祖から受け継いだ才能なのだろう。俺は先祖の力を受け継ぎすぎている。
だから、本能的に財宝が眠る場所がわかってしまう。
「……あそこか」
まだぼんやりと明かりが点いている。起きているのかもしれない。
壁を登るのも苦手ではないが寝衣の色が悪い。
白に近い黄はオプスキュール伯爵邸の壁では目立ちすぎてしまう。
あまり他国で堂々と魔法を使うべきではないと思いつつ、姿隠しの呪いを使う。
余程近づきすぎなければ見つからないだろう。
音を立てないように警戒しながら壁に手を掛けた。
なんというか防犯意識の低い建物だ。上りやすい突起や窪みが多い。俺より先にアルジャンが不法侵入していても驚かない。と思ったが、あの男の場合は堂々と使用人を叩き起こして入り込むのだった。
思わず舌打ちする。
自国でもあんな振る舞いはしたことがないというのに、王族でもないあの男は堂々と権力を振りかざしている。
これが王族の多すぎる国の下から数えた方がはやい王子と国で唯一の公爵令息の差だろうか。
苛立ちながら壁を登ると、すぐに窓に辿り着く。
そっと中を覗けば、楽器ケースに触れて溜息を吐くセシリアが目に入った。
まだ起きていた。
まずい。
いくらなんでも婚約者の居る女性の寝室に入るところを目撃されるのはまずい。いや、婚約者がいなくたって女性の寝室にはいるのはまずいだろう。
そのまずいことを行おうとしている身が言うのもあれだが、絶対に目撃されるわけにはいかない。
「……アルジャン様は……私をどうしたいのでしょう……」
ケースの上を軽く撫でるセシリアの声は苦しそうに震えている。
またアルジャンに苦しめられたのか。
そうでなければ瓶が割れるはずがない。
息を潜めてしばらく待つ。
しかし、セシリアが眠る気配はない。
これは……。あまり使いたくないが仕方がない。
音を立てないように注意しながら指先ほど窓を開ける。
ふうっと息を吹きかけながら、贈り物を部屋の中に忍ばせた。
セシリアはすぐに立っていられないほどの眠気に襲われ、そのまま倒れ込む。
その様子を確認して室内に侵入した。
「……あんま嬉しくない能力だよな。毒しか生み出せないって」
俺の生まれ持った才能はあらゆる毒を生み出し解毒する能力だ。だから兄弟からは恐れられている。それに加え魔法の才能に恵まれすぎ、特に他人の精神に影響を与える魔法が得意だ。
「シシー、今夜はゆっくり休め。せめて悪夢を見ないおまじないをかけてあげるから」
倒れ込んだセシリアを抱き上げ、寝台に寝かせる。
人差し指で額に触れ、魔除けの印を刻む。
効果があるかはわからないが、祖国では親が子供に施す悪夢除けの呪いだ。
彼女の寝顔が苦しんでいないことを確認し、小瓶の気配を探す。しかし使用人が既に片付けてしまった後なのだろう。
「シシー、俺の魔力じゃそんなに難度も戻してあげられないんだ。だから、今度こそお前を死なせたくない」
新しいお守りを彼女の首にかける。
けれどもこれだけではきっと持たないだろう。
「生きることに苦しみしかないなんて、お前には思って欲しくない」
小さな瓶ではセシリアの感情を受け止めきれないから、ジャムの瓶に詰めた贈り物を彼女の寝台の下に潜り込ませる。
セシリアがアルジャンを求めていることは知っている。本人がそれを自覚出来ずに苦しんでいることも。
アルジャンと引き離した方が幸せになれるのではないかと考えてしまうけれど、きっとそれはセシリアの望むことではない。
「俺は、お前が幸せになれるならなんだってするよ」
それが俺の望まない結末に繋がっていたとしても。
もう一度だけ、セシリアの寝顔を確認し、窓枠に足をかける。
随分と情けない退場だなと自嘲し、思いっきり飛び降りた。
もう、使用人たちの気配はしない。
本当に防犯意識が低すぎると呆れつつ、そんな屋敷の警備に感謝した。
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