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8 無理でしょ2
しおりを挟むアルジャン様の熱は疲労が原因だろうと医者は言っていた。
本当に大丈夫なのかと確認するように、兄とふたりで客室に入る。
アルジャン様は随分と静かに眠っていた。眉間にはいつも以上に皺が寄っている。
「……苦しそうに見えます」
「大丈夫だ。薬も飲ませた。セシリア、お前ももう戻って寝ろ」
本物を確認出来ただろうと兄に促されるけれど、とても部屋に戻って眠る気にはなれない。
思わず、アルジャン様に近づく。
こんな遅くにどんな用があったのだろう。
彼の額に触れそうになって、それでも躊躇ってしまう。
もしや出来の悪い婚約者の返品だろうか。そんな考えを打ち消せない。
「……お兄様、アルジャン様は……どんな御用だったのですか?」
訊ねた声は少し震えているかもしれない。
たったこれだけの質問に、自分でも嫌になってしまうほど緊張していた。
「……本当に大した用ではなかった。お前が気にすることではない」
兄は少しだけ苛立った様子で、まるで自分の身を守るかのように肩を抱く。
まさかまたアルジャン様に暴行を受けたのだろうか。
「また酷いことをされたのですか?」
「お前が心配するようなことはなにもない……はぁ、わかった」
しつこいと怒りたかったのだろう。
兄は溜息を吐いてこちらを見る。
「……熱で朦朧としたアルジャンがお前と俺を間違えて……抱きしめられそうになった。未遂だったが……思い出しただけでぞっとする」
「は?」
「……だから……俺を抱きしめようとして失敗してそのまま倒れたんだ。ペルフェクシオン公爵家の恥になるから絶対に他言するな」
念押しはされるがまったく状況が読めない。
その時だ。
突然手首をなにかに捕まれた。
驚いて引っ込めようとするが、力強くて逆に引き寄せられてしまう。
「シシー……いくな……」
手首を掴んだのは、熱に魘されたアルジャン様だった。
シシー?
どうしてアルジャン様がイルム様しか呼ばない呼び方で呼ぶの?
「……アルジャン様も……私のことを……泣き虫だと思っていらっしゃるのですね……」
手首を掴む指をそっと外していく。
「セシリア……あー……アルジャンは……お前が居ないところではいつも愛称で呼んでいる。その……お前が考えているような意味で呼んでいるわけではないと思うが……」
兄は言葉を濁す。
「私の居ないところで、私を馬鹿にしていると言うことでしょうか」
別に驚きはしない。
「……無理に慰めようとしないで下さい」
アルジャン様の手が、まだ私の手を探しているように見えたけれど、寝台に背を向ける。
「私、もう休みますね。お兄様もあまり遅くなりすぎないうちに休んで下さい」
そう言い残し、客室を出る。
途中、兄がなにかを言いかけた気がしたけれど、もうなにも聞きたくなかった。
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