青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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8 無理でしょ1

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 騒がしさで目が覚めた。
 まだ寝入ってからそんなに時間は経っていない。
 つい先程まで兄が居てくれたような温もりさえ残っている気がした。
 それなのに、家の中が騒がしい。
 どうやら使用人たちが騒いでいるようだった。
 何事だろう。
 まさか強盗でも入ったのだろうか。
 おそるおそる寝台から出て明かりを手に持つ。
 念のため、護身用のなにかを持とうと思ったけれど、近くにめぼしい物はなかった。
「リリー、いる?」
 小声で訊ねても返事はない。
 仕方がないのでゆっくり小指の先程だけ扉を開ければ、男性使用人が慌てた様子で駆けているところだった。
 一体どうしたのだろう。焦っている様子だ。

「すぐに医者を呼べ!」
「客室にお運びするんだ!」

 一体なんの話をしているのだろう。
「どうしたの?」
 扉を開けて通り過ぎようとするメイドに声をかける。
「あ、お嬢様……それが……アルジャン様がいらっしゃったのですが、突然倒れてしまって……その、凄い熱なんです」
 このメイドの名前はアンナだったかしら?
 きっと夜遅くに叩き起こされたのね。かわいそうに。とっても眠そうなのに大騒ぎに巻き込まれて。
「アルジャン様がこんな時間に?」
 数日姿を現さなかったと思ったのに、夜遅くに訪ねてくるなんて本当に自分勝手なお方だ。
 それに……彼が熱を出した?
 まさか。風邪すら引いたことがないようなお方なのに?
 しかも倒れたとなると……深刻な病気の可能性もあるのかもしれない。
 まさか。
「アルジャン様はどこ?」
 そんなに酷い状況だから来なかったのだろうか。
「西の客室にお運びしています。今はお医者様を呼んでいるところです」
「そう……そんなに酷いのかしら」
 アルジャン様は若くて健康で体力もある……はずだ。重病だったとしてもすぐにどうこうなるなんてことはないと信じたい。
 無意識にペンダントを握りしめていた。
 力を込めすぎたのだろう。
 ぱきりと、小瓶が割れてしまった。
 青い液体が溢れ出る。

 アルジャン様……。

 どこにもいかないで。

 頭の中がそんな考えに支配されてしまいそうになる。
 馬鹿馬鹿しい。
 散々振り回されてきたのだ。彼が大人しいことに喜ぶべきはずなのに。
「……アンナ、これを片付けて頂戴。お兄様は談話室かしら?」
「ヴィンセント様は客室に」
「そう。ありがとう」
 小瓶と溢れた液体をアンナに片付けさせる。
 瓶の中の液体は、こんなに濃い色をしていたかしら。
 イルム様には謝らないと。せっかく貰ったお守りを壊してしまったのだから。
 思考を切り替えようとしても、ふとした瞬間にどうしようもない不安に襲われる。

「つまらない」

 アルジャン様の声が響く。
 つまらないから必要のない存在。
 やめて。
 アルジャン様がいらないと言うのなら、もう諦めないと。
 無理でしょ。
 無理?
 どうして。
 自分の思考に困惑する。
 どうして、アルジャン様を諦められないなんて考えてしまうのだろう。
 どうして、アルジャン様にいかないでと願ってしまうのだろう。
 理解出来ない。
 ぐるぐると奇妙な思考に捕らわれたまま、ふらふら歩けば驚いた様な表情の兄と遭遇した。
「セシリア、どうした?」
 なぜ起きているのかと問い詰めそうな雰囲気だ。
「その、騒がしかったので起きてしまいました……アルジャン様がいらっしゃっていると聞いたのですが……こんな時間にどんな御用でしょうか?」
「……俺に用があっただけだ」
 兄は顔を逸らす。そして視線の先は客室の扉だ。
「熱があるのに無理をして来て倒れた。迷惑なやつだ。今、医者を呼んでいる。セシリア、お前は寝ていていい」
「ですが……」
 アルジャン様に会わなくてはいけないような気がする。
「ここで、待たせて下さい」
 そう告げると、兄は驚いた様な表情を見せる。
「いつになるかわからないぞ?」
「はい」
 ひとりで部屋で待つなんて、出来そうにない。
「……アルジャン様のことばかり考えてしまって……落ち着かないのです」
「……そうか」
 ぽん、と頭を撫でられ驚く。
 それから使用人に声をかけて椅子を用意させた。
「座っていろ。膝掛けを取ってくる」
「お兄様……最近私を甘やかし過ぎです」
「そういう気分なだけだ。気にするな」
 真面目な表情でそんなことを言われ、困惑する。
 一体兄になにがあったのだろう。
 きっと訊ねても教えてくれない。だから、大人しく甘やかされることにした。

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