青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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アルジャン6 上手くいかない1

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 あのイルムが目障りだ。
 俺のシシーに近すぎる。
 わざわざ俺がいない時を狙ってシシーに接近し、俺の婚約者と知りつつシシーを口説こうとしている。
 気に入らない。
 シシーだって迷惑しているだろう。

「婚約者のいる女を口説くなんて品のないことをするのがお前の国の普通なのか?」
 背後からイルムの襟を掴み壁に押しつける。
 気に入らないことにイルムは動揺すらしない。
「さあな。自分の女すら大切に出来ないやつには関係のない話だ」
 明らかに挑発する視線。
「俺と一緒になった方がシシーの為だ」
「気安く彼女の愛称を呼ぶな」
 気に入らない。俺ですら直接呼んだことがないというのに。
「ふぅん、お前、シシーのことなにひとつ見えていないな。彼女を愛している気になっている自分に酔って彼女のことなんてちっとも見ていない」
 どういうわけかイルムの視線は完全に軽蔑を表している。
 軽蔑しているのはこちらの方だ。他人の、それも公爵家の婚約者に手を出すなんて外交問題に発展してもおかしくないというのに、この男は性懲りもなくシシーに接近する。
「シシーにお前は相応しくない。俺は、どんな手段を使ったってシシーを幸せにしてみせる」
 真っ直ぐこちらを見据えるイルムの目には不思議な力が籠もっている気がした。目が逸らせない。それどころか、発言すらできなかった。
 圧し負けた。
 正しくそんな気分だった。
 だと言うのに、イルムはそれ以上なにも言わずに背を向け、歩き出してしまう。
「くそっ」
 思わず壁を叩く。
 あいつに一体なにがわかる。
 何年シシーだけを愛し続けてきたと思う。
 いつだってシシーを最優先に考えてきた……はずだ。
 なのにどうして、こんなにも胸の奥底を揺さぶられた気分になるのだろう。
 シシーがイルムに揺らいだりしないことはわかっている。彼女はイルムを拒んでくれる。
 そう、信じているはずなのに、シシーを奪われるのではないかという不安が増幅していく。
 いつもの練習室にシシーの姿。
 イルムが練習の邪魔をしたことは知っている。
 あの誓いさえなければ、今すぐ練習室に入ってシシーに問いたい。
 問う? なにを?
 ペルフェクシオン公爵家の人間は決して弱音を吐かない。いつも完璧でいなくてはならない。
 なにより……惚れた女にかっこわるい姿を見せたくない。
 窓越しに、必死に弓を動かすシシーを眺める。
 いつからだろう。彼女の演奏から喜びが消えた。
 いつもなにかに耐えるような、思い悩む表情で演奏している。

「練習の邪魔をしないのでしたら構いません」

 少し挑発的で生意気な返事。
 あの頃のシシーは音楽の喜びに満ち、自分の才能を心から信じていた。
 控えめなシシーが好きだ。けれど、あの頃の生意気なシシーに惹かれた。
 俺はどこかで間違えてしまったのだろうか。
 シシーは渡した譜面をに弾きこなしている。技術面では。
 それなのに、彼女はなにひとつ満足していない様子で、上手くいかない自分自身に腹を立てているようだ。
 声をかけられない。
 どう声をかけるべきかわからない。

 その日、初めてシシーをヴィンセントに連れ帰らせてしまった。


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