青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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イルム1 贈り物1

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 はじめは好奇心だった。
 あのわがままで偉そうなアルジャンに婚約者がいて、しかもアルジャン夢中になっている女が居るという。どんな女なのか気になった。
 留学はただの暇つぶしで、正直国に帰ってもそれ程やり遂げたいこともないし俺ひとりがいなくなったところでさほど問題のない国だ。このまま帰国せずにあちこちを転々とするのも悪くないと思った。なにせ、二十七番目の王子なんてどこぞの公爵令息より価値が霞む。
 セシリア。
 おどおどしていて、他人と目を合わせることが出来ないような女が公爵家の跡取りの婚約者だなんて信じられなかった。
 細身、というよりは痩せすぎていて、顔の作り自体は可愛らしいはずなのに纏う空気が暗い。
 あらゆる物に捕らわれて逃げ場所がなくなっているように見えた。
 放っておけない。
 そう感じてしまったのはなぜだろう。普段の俺なら関わらないでいるはずの相手だった。

「遅い」
 不満そうなアルジャンの声。それにびくりと体を震わせるセシリア。怯えているようにも見える。
 当たり前だ。身分の差が彼女の言葉を封じてしまう。刃向かえばなにをされるかわからないのだから。きっと両親にもアルジャンには逆らうなと言い聞かされて育ったのだろう。
「も、申し訳ございません……」
 震える声で謝罪した彼女はなぜアルジャンを不機嫌にさせたのだろう。
 本当に好奇心だった。
 セシリアを観察し、彼女が理不尽な扱いを受けていると知る。
 どうしてだろう。
 見守っているうちに放っておけなくなった。
 なにか彼女の手助けが出来たらと思うのに、アルジャンは妙なところで嫉妬深い。
 時々声をかければ睨まれるし、セシリアの居ないところで脅迫されることすらある。
 俺が思うに、アルジャンは権力を持たせてはいけない人間だ。
 それでも。
 セシリアを観察してわかってしまったことがある。
 彼女はアルジャンを求めている。アルジャンに認められたいからこそ無茶を受け入れてしまうのだ。
 どうしてあんなやつを。
 不思議でならない。
 それでも、セシリアの力になりたかった。
 だからこそ、アルジャンの弱味を少しでも握ろうとアルジャンの監視を始めた。
 結果、あいつはただの馬鹿だった。

「欲目抜きにしても俺のシシーは傾国の美女だ」
 セシリアの兄、ヴィンセントに得意気に語るアルジャン。
「あんなにも愛らしいのになぜか自分に自信がないらしい。だから、得意分野で活躍できるように音楽祭で演奏させることにした」
「……アル……セシリアを潰す気か……あれは、人前で視線を集めること自体が向いていないのだ」
 溜息を吐くヴィンセントは言葉では妹を貶しながらもアルジャンから守ろうとしているようではある。
「俺の婚約者だ。注目を集めるのは当然だろう。慣れさせろ」
 当然のようにヴィンセントの皿から料理を奪いながら言い放ち、それから少し考え直したような表情を見せる。
「いや、あまり注目されすぎるのもよくないな。シシーは魅力的過ぎる。俺のシシーに惚れる男が居ては困る」
 その点には同意だ。
 セシリアはアルジャンには惜しいほど魅力的だ。
「安心しろ。アレに惚れるのはアルくらいだ」
 諦めたように料理の皿をアルジャンに押しつけたヴィンセントは溜息を吐く。
「ヴィニー、シシーの魅力がわからないなんてお前……女の趣味が悪いな」
「妹にそういう視線を向ける方が問題だろう」
 面倒くさそうに答えるヴィンセントに同情する。彼は父親の命令でアルジャンの機嫌取りを続けなくてはいけないのだろう。その割には随分と言いたいことを言っているような気もするが……。

 数日監視を続けて理解したのはアルジャンの行動が意味不明なかっこつけによってセシリアを傷つける結果になっているということだ。
 あんな男とさっさと別れればいいのに。
 そう思うと同時に、セシリアには幸せになって欲しいと願う自分に気付く。
 だからだろう。
 彼女の手に王家の秘術が渡るように細工した。
 はずだった。
 さり気なく雑貨店に紛れ込ませたスノーグローブ。先祖から伝わる贈り物を仕込んだそれはセシリアの手に留まってくれるはずだったと言うのに、彼女はそれをあろうことかアルジャンへの贈り物にしてしまった。
 なにが悲しくてアルジャンなんかにあのを渡さなくてはいけないのか。
 しかし、セシリアが贈った心を奪い返すことなどできない。
 ならばせめて、セシリアを守る物を用意しよう。
 そう考えたときには既に手遅れだった。
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