青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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アルジャン5 贈りたい物2

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 朝、オプスキュール伯爵家を訪れると、珍しくセシリアが準備を済ませ朝食の席に居た。
「珍しい。早いな」
「そう、ですね。少し、落ち着かなくて……」
 セシリアは素早く俺の席にデザートの皿を置く。最初から自分の席のデザートは俺の物だと認識しているような行動だ。
 しかし、レアがこういった行動もよくないことのように言っていた気がする。
「……あー……たまには、自分で食え」
 皿を戻す。
 するとシシーは目を丸くした。
「あの……お好みではありませんでしたか?」
 そんなはずはないとシシーの表情が告げている。
 実際、今日のデザート、苺シフォンケーキは大好物だ。
「これも食え」
 目の前のもう一皿をシシーの前に出す。
 いつだったか義兄上あにうえが言っていた言葉を思い出したのだ。

『一番の大好物を譲ってあげたいと思う相手がきっと愛する人なんだ。私にはそれがレアだった。きっとアルジャンもそういう人に出会えるよ』

 馬鹿馬鹿しいと思った。出会う必要なんてない。もう出会っていた。
 大好物の焼き菓子を半分わけてもいいと思ったのがシシーだった。
 今ならわかる。半分どころか全部くれてやってもいい。いや、目の前の菓子を食べさせてやりたいとさえ思う。
「……えっと……苺のケーキはお嫌いでしたか?」
 シシーは困り果てた表情を見せる。
 なぜだ?
 デザートを貰って喜ばない人間が存在するはずがない。
「食の好みが変わった、のでしょうか?」
 シシーは不安そうにちらりとヴィンセントを見る。
 ヴィンセントもまた信じられないものを見ているようだった。
「……兄妹揃って無礼な視線を向けるな」
 一体なぜだ。
「……婚約者に美味いものを食わせたいと思うのは普通だろう?」
 実際義兄上はそう言っていた。
 それなのに、シシーは動揺した様子でフォークを床に落とした。
「し、失礼しました」
 自分で拾おうとして、それを使用人に止められている。
 貴族の娘は落としたカトラリーを自分で拾ったりはしない。そんな基本的なことを忘れてしまうほど動揺していたようだ。
 新しいフォークを受け取ったシシーはしばらく悩み、それからちらちらとヴィンセントと俺を確認しておずおずとデザートを食べ始める。
 おかしい。
 あんなに美味いものをまるで味がわからないとでも言う表情で食べるなんて。
 なにか悩みでもあるのだろうか。
 思わずシシーを見つめる。
 そして、彼女の首に、見慣れない小瓶のようなペンダントが下がっていることに気がついた。
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