青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

文字の大きさ
上 下
18 / 53

5 笑えない冗談2

しおりを挟む

「あれ? シシー?」
 店を出た途端、知った声が耳に入る。
「こんなところで会えるなんて……幸運だな」
「……イルム様……」
 あまり会いたくない相手だった。
 イルム様は美しくて素敵な人だけど、距離感がおかしい。
 そもそも、誰も呼ばない愛称で呼び続けるのだ。
 シシーという呼び方はあまり好きではない。音が悪い。
 だってめそめそするシシーだもの。
「君がお茶なんて珍しいな。ああ、俺も一緒にお茶できればよかったのに……今帰り? 家まで送るよ」
 イルム様は後ろの立派な馬車を示す。
「いえ、連れが居るので」
「連れ? ああ、またあいつ? いや……でも、姿が見えないな」
 イルム様はきょろきょろと辺りを見渡して、たぶん、アルジャン様の姿を探している。
「セシリア、家まで送るわ」
 お土産を買って店を出てきたレア様に声をかけられる。
「あ、はい。お願いします」
「誰?」
 イルム様がレア様を観察するように見た。
「アルジャン様のお姉様のレア様です」
「……レア、様……って、お、王妃様!?」
 なんでここにと大袈裟に驚くイルム様は実はそれ程驚いていないように思えた。
 なにかがあるのだろうか。
「セシリア、あなた、アルジャンの婚約者なのよ。他の男性と一緒に居るところを目撃されるのはあまり好ましいことではないわ」
 レア様は先程までの柔らかい空気を完全に消し去った声で言う。
 厳しいペルフェクシオン公爵家の人間という空気を作り出しているのだろう。
「すみません、陛下。私が引き留めてしまいました。友人なんです」
 イルム様が頭を下げる。
 けれども、空気がぴりついている。
 なんだろう。
 レア様とイルム様は知り合いなのだろうか。お互い、嫌い合っているような空気を感じてしまう。
「シシー、また学校で会おう。あ、そうだ。これ、お守り。音楽祭、楽しみにしてるよ」
 イルム様は無理矢理小さな紙袋を手に握らせて立ち去ってしまう。
「え? あの……」
 お礼を言うべきか断るべきか悩んでなにも言えなかった自分を恥じる。
 それにしても、この包みはなんだろう。
「なにあの男。私の可愛いセシリアを『シシー』だなんて。馴れ馴れしいわ。セシリア、あんな呼び方、許可したの?」
 レア様は不機嫌そうに訊ねる。
「いいえ。私をシシーなんて呼ぶのはイルム様だけです。家族は誰もあんな呼び方しませんもの」
 そう、イルム様しか呼ばない。
 なのに、どうして彼は当然のように私をシシーと呼ぶのだろう。
 思い返せば、初対面の日、名乗るよりも先にシシーと呼ばれた気がする。
 まさか、知り合いと顔が似ていたのだろうか。
 そう考え、溜息が出る。
「この呼び方はあまり好きではありません」
 そう答えると、レア様は少しだけ驚いた表情を見せる。
「……そう、愛称で呼ばれるのが嫌いな人もいるものね」
 微笑んだ彼女は一体なにを考えたのだろう。
 馬車の中でその話題に触れられることはなかった。
 ただひたすら、アルジャン様のお菓子の好みについて語られたのは、機嫌取りの参考にしろという意味だろうかと考えてしまう。

「息抜きに付き合ってくれてありがとう」

 最後にそう言ってくれたけれども、午後の授業を欠席してしまう結果になったことを思い出し、結局彼女は話し方が柔らかいだけの中身はアルジャン様なのだろうなと感じてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...