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4 訓練された犬のよう2
しおりを挟む体の重い目覚めだった。
変な筋肉の使い方をしてしまったのだろう。普段では考えられないような筋肉痛がある。それに、頬が痛んだ。
「セシリア様、お目覚めのお時間です」
リリーの声が響く。
「起きているわ」
心なしか頭まで痛む気がする。
昨夜はなにをしていただろう。練習はどこまで進んだのか。そこまで考えたところで、アルジャン様が楽器を持っていることを思い出す。
「痕が残ってしまいましたね。化粧で隠れるといいのですが……ヴァネッサ様もひどいことを」
リリーが着替えさせ、薄化粧を施す間も楽器が手元にないことばかりを考えてしまう。
「セシリア様、大丈夫ですか?」
「大丈夫に見える? 楽器がないのよ。あれがないと……私は……」
アルジャン様の『期待』がない。つまり、価値がないということだ。
「セシリア様、お茶をどうぞ。気持ちが落ち着きますから……」
リリーがカップを差し出す。
不思議な香りのお茶だ。
「お茶を飲んでも上達するわけじゃないわ」
早く練習をしないと。そう思うのに、こういうときに限って、アルジャン様は姿を現さない。
私に楽器を渡さないつもりだろうか。
苛立ちながら部屋を出ると、目の前をなにかが通り過ぎる。
少しして、それが兄であることに気がついた。
「オプスキュールはいつから俺に逆らえると錯覚した?」
聞いたことのないほど冷たい響き。
空気が凍り付くような緊張感があった。
「セシリアは俺の婚約者だ。どう扱おうが俺の勝手だろう」
言葉と同時に、兄が呻く。
アルジャン様が兄の腹を蹴ったのだ。
「アルジャン……いい加減に……しろ……」
痛みに悶えながらも、不屈を示す兄に驚く。
どうやら私が原因で兄は痛めつけられている。
「アルジャン様、それ以上兄を痛めつけないで下さい」
思わず声を掛ければ、アルジャン様の視線がこちらに向く。そして、彼は舌打ちした。
「妹が居て命拾いしたな。ヴィンセント」
冷たく言い放ったアルジャン様はずかずかと私に近づいて、それから楽器ケースを差し出した。
「今日は寝たようだな。練習に励むがいい」
「は、はい……」
まさか睡眠時間まで彼に管理されなければいけないのだろうか。
どうかしている。
けれども手元に戻った楽器に安堵してしまう。
まだ、見捨てられていない。
まだ、挽回の機会はある。
まるで洗脳だ。
訓練された犬のように従わなくてはいけないと体に染み着いている。
手を引かれ、食卓に着く。
どうして自分の家で彼に仕切られているのだろうという疑問さえまともに抱けなくなっている。
食事は味さえわからず、デザートが手元にあったかさえ記憶に残っては居ない。
それでも、馬車に揺られた膝の上の楽器の重さは今現実に居るのだと教えてくれた。
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