青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

文字の大きさ
上 下
14 / 53

4 訓練された犬のよう2

しおりを挟む
 


 体の重い目覚めだった。
 変な筋肉の使い方をしてしまったのだろう。普段では考えられないような筋肉痛がある。それに、頬が痛んだ。

「セシリア様、お目覚めのお時間です」

 リリーの声が響く。
「起きているわ」
 心なしか頭まで痛む気がする。
 昨夜はなにをしていただろう。練習はどこまで進んだのか。そこまで考えたところで、アルジャン様が楽器を持っていることを思い出す。
「痕が残ってしまいましたね。化粧で隠れるといいのですが……ヴァネッサ様もひどいことを」
 リリーが着替えさせ、薄化粧を施す間も楽器が手元にないことばかりを考えてしまう。
「セシリア様、大丈夫ですか?」
「大丈夫に見える? 楽器がないのよ。あれがないと……私は……」
 アルジャン様の『期待』がない。つまり、価値がないということだ。
「セシリア様、お茶をどうぞ。気持ちが落ち着きますから……」
 リリーがカップを差し出す。
 不思議な香りのお茶だ。
「お茶を飲んでも上達するわけじゃないわ」
 早く練習をしないと。そう思うのに、こういうときに限って、アルジャン様は姿を現さない。
 私に楽器を渡さないつもりだろうか。
 苛立ちながら部屋を出ると、目の前をなにかが通り過ぎる。
 少しして、それが兄であることに気がついた。
「オプスキュールはいつから俺に逆らえると錯覚した?」
 聞いたことのないほど冷たい響き。
 空気が凍り付くような緊張感があった。
「セシリアは俺の婚約者だ。どう扱おうが俺の勝手だろう」
 言葉と同時に、兄が呻く。
 アルジャン様が兄の腹を蹴ったのだ。
「アルジャン……いい加減に……しろ……」
 痛みに悶えながらも、不屈を示す兄に驚く。
 どうやら私が原因で兄は痛めつけられている。
「アルジャン様、それ以上兄を痛めつけないで下さい」
 思わず声を掛ければ、アルジャン様の視線がこちらに向く。そして、彼は舌打ちした。
「妹が居て命拾いしたな。ヴィンセント」
 冷たく言い放ったアルジャン様はずかずかと私に近づいて、それから楽器ケースを差し出した。
「今日は寝たようだな。練習に励むがいい」
「は、はい……」
 まさか睡眠時間まで彼に管理されなければいけないのだろうか。
 どうかしている。
 けれども手元に戻った楽器に安堵してしまう。
 まだ、見捨てられていない。
 まだ、挽回の機会はある。
 まるで洗脳だ。
 訓練された犬のように従わなくてはいけないと体に染み着いている。
 手を引かれ、食卓に着く。
 どうして自分の家で彼に仕切られているのだろうという疑問さえまともに抱けなくなっている。
 食事は味さえわからず、デザートが手元にあったかさえ記憶に残っては居ない。
 それでも、馬車に揺られた膝の上の楽器の重さは今現実に居るのだと教えてくれた。
 
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

処理中です...