青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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4 訓練された犬のよう1

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 奇妙な夢を見たような気がする。
 アルジャン様の匂いと鼓動が……存在するはずがないのに感じられてしまう気がして体が震える。
 制服のまま寝ていて……起きた時には日没近かった。
 朝食の残り物が部屋に運ばれ、なぜかデザートがふたつある。
 リリー曰く、アルジャン様が譲ってくれたものらしい。
 天変地異の前触れかなにかだろうか。
 そんなことを考えながら冷め切った料理を食べる。
 味がしない。
 これを食べたらすぐに練習に戻らなくては。
 時間がない。一日無駄にしてしまった。
 一日無駄にしてしまった実力は自分でわかる。三日も遅れればアルジャン様でなくても不出来だとわかってしまうだろう。

「ヴァイオリンくらいしか誇れるものがないんだ。期待を裏切るな」

 アルジャン様の言葉が脳内に響く。
 そう、誰もそれ以外を評価しない。私にはそれしか価値がない。
 ヴァイオリンすら弾けなくなってしまったら……。
 あの夢が蘇る。
 つまらないセシリアは捨てられ、価値がないのだと廃棄するしかなくなってしまう。
 褒められたいだなんてそこまでは望まない。けれども、少しくらい価値のある存在でありたい。
 練習をしようと楽器を探す。
 おかしい。いつも置いている場所にない。
「リリー、私の楽器はどこ?」
 呼び出して訊ねれば、溜息を吐かれてしまう。
「朝までアルジャン様が預かるとのことでした。明日は出席するようにと」
「な……ど、うして?」
 私にヴァイオリンしか価値がないと言ったアルジャン様が、私の価値を奪おうとしている?
 まさか、既に私は不要なのだろうか。だったら、直接そう告げてくれればいいのに。
 難曲を指定して、練習の邪魔をして……私には演奏の腕すらないのだと突きつけようとしている……。
「私がいらないなら……いつもみたいにそう言えばいいじゃない……こんな回りくどいことしないで……つまらないって……アルジャン様がそう一言口にしてくれれば!」
 思わず、机の上にあった辞書を掴み、投げつける。
「身分があるからってなに! どれだけ私を振り回せば済むの! もう嫌っ! アルジャン様と関わりたくない!」
 近くにある物を手当たり次第に掴み、投げつける。
「セシリア様! 落ち着いて下さい」
 リリーが宥めようとするけれど、彼女の手すら振り払ってしまう。
「これ以上どうしろって言うの!」
 アルジャン様は身分が上過ぎる求婚者だっただけだ。私が望んだ婚約じゃない。
 父も兄もアルジャン様の機嫌を取れと、怒らせるなと、そればかりを口にしている。
 見た目も平凡でたいした才能もないセシリアがペルフェクシオン公爵家に嫁入り出来るのはありがたいことなのだと。この好機を決して逃すなと。
 努力はした。
 勉強も作法も演奏も。
 仲良くなろうと話しかけていた時期もあったけれど、いつだって鋭い視線と不機嫌そうな表情。
 彼を怒らせないように、できるだけ従ってきた。
 勉強の邪魔をされるし、食べるものだっていつも譲って……交友関係だって制限されて……。この歳でろくな友達もいない。
 それも全部、アルジャン様のせい。
 もう限界。
 アルジャン様と関わらない人生が欲しい。
「セシリア様、お願いします。落ち着いて下さい!」
 リリーの声が響く。
 それでも私は暴れ続けた。
 そして、気付いたときには頬に衝撃があった。
「セシリア、落ち着きなさい」
 目の前に姉の冷たい視線。
 扇子で頬を打たれたのだと気付くまでそう、時間はかからなかった。
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