青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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アルジャン3 伝えられない2

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「アル! なにを考えているんだ!」
 リリーが密告したのだろう。あのメイドはクビにしてやるべきだ。しかしシシーはあのメイドを気に入っているようだから、やはり結婚後も連れてこさせるべきだろうか。
「黙れ。せっかく眠ったシシーが起きたらどうする」
 大声で乗り込んで来たヴィンセントは忌々しそうな視線をこちらに向ける。
 普段であれば構ってやってもいいが、今はシシーが寝入ったばかりなのだ。
「いくら婚約していても婚前にこのようなことが許されるわけないだろう」
「なぜ許しを請う必要がある? シシーは俺の婚約者だ。今すぐ嫁いできても構わない」
 卒業までの辛抱だ。そう思うが、シシーの卒業までの一年、待てる気がしない。今は通学という名目で毎日共に過ごせているが卒業後も彼女の送迎を……受け入れて貰えるだろうか?
 オプスキュール伯爵家としては歓迎するしかないだろうが、シシー本人は遠慮して断ってしまうだろう。
「学校を休ませてこんなこと……ペルフェクシオン家にとっても外聞が悪いだろう」
「外聞? どうでもいい。シシー以外に価値があるとでも思っているのか? 眠れず苦しんでいるシシーを寝かしつけることより大切なことがあるとは思えない」
 起きてしまわないか不安になりながら彼女を確認すれば僅かに苦しそうに呻いた。夢見が悪いのかもしれない。
「一睡もしていなかった……一晩中練習を続けていたらしい」
「……そんなに珍しいことじゃない。消音器を使えば気付かれないとでも思っているのだろうが、遅くまでしょっちゅうだ」
 ヴィンセントは危機感が足りない。シシーを失うかもしれないというときによくもそんなことが言えるものだ。
「兄ならもう少し妹を支えてやれ」
「婚約者のお前が追い詰めなければもう少しに育っただろうに。セシリアを追い詰めているのはお前だ」
 ヴィンセントは生意気にも睨みつけてくる。
 俺がシシーを追い詰めている?
 いや、今回の件はやり過ぎたと思っているが……日頃はシシーのことばかり考えているというのに……。
 やはり数日の夢見が悪いのだろう。ここ数日、思い詰めた表情が増えた。
 ヴィンセントとの睨み合いが罵り合いに変わりそうな空気を感じた。名残惜しいがシシーを起こすわけにはいかない。
 慎重に隣に寝かせ、目を覚ましていないことを確認する。
「お前ごときが俺に意見するのは気に入らんが……シシーが悩んでいるようなら少しくらい気を配ってやれ」
 頻繁に屋敷に足を運んだとしても、四六時中一緒に居られるわけではない。結局、兄であるヴィンセントの方が、今はまだシシーとの距離が近いのだ。
 わかりきった事実に少しだけ苛立ち、シシーに視線を向ける。
 離れたくない。
 しかしこれ以上ここに居てはヴィンセントが喚き始めるだろう。
 渋々部屋を出て食堂へ向かう。
 朝食がまだだった。
 しかし、シシーは食事も取っていないのではないだろうか。
 これ以上痩せさせるわけにはいかない。
「これもシシーに食わせろ」
 いつもは譲って貰っているデザートを彼女の席に置く。
「……正気か?」
 ヴィンセントは目の前の光景が信じられないという表情をしている。
「……アルが……デザートを……セシリアに譲る、だと?」
「俺の婚約者だ。俺の物を分け与えるのは当然のことだろう?」
 他の人間相手なら絶対に分け与えたりなどはしないが、相手はシシーだ。
 彼女は全てを手にする権利があるのだと、自覚するべきだろう。
 この世の終わりが始まるなどと失礼極まりないことを口にし出すヴィンセントに蹴りを入れ、卵料理を口にする。
 シシーの居ない朝食はいつもより味が劣る気がした。
 
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