青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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1 過度な期待2

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 いつの間に眠ったのかはわからないまま目を覚ます。
 ぐっしょりと嫌な汗をかいていた。とても嫌な夢を見た気がする。
 思わず、楽器を確認する。
 どうやら倒れる前に机の上に置くくらいのことは出来ていたらしい。けれども松脂の拭き取りをしていないだろう。
 慌てて起き上がり、鹿の革で楽器の表面を拭く。
 気を失ったのがどの段階かはわからないけれど、幸いなことにまだ松脂は固まっていたい状態だったようだ。
 思わず、安堵の溜息が出る。
「セシリア様、お目覚めのお時間ですよ」
 聞き慣れた、リリーの声が響く。いつもより少し焦りが滲んでいるようにも感じられた。
「……起きたわ」
「遅刻してしまいますよ……寝ていないのですか?」
 扉を開けたリリーは驚いた顔を見せる。
 楽器から消音器を外しながら「少しは寝たわ」とだけ答える。
「酷いお顔ですよ」
「大丈夫。指の動きは覚えたわ」
「いくらアルジャン様に褒められた特技とは言え、お体に負担が掛かるような練習方法は感心できません」
 少し厳しい口調で言われてしまう。リリーが心配してくれていることは伝わるけれど、今は彼女に従えそうにない。
「……この二週間は多少無茶しないと。またアルジャン様につまらないと言われてしまうわ」
 思ったよりも、あの夢の中のアルジャン様の「つまらない」は私の心に深く刺さってしまったらしい。他に取り柄がないのだから、せめてヴァイオリンでくらい彼に……。
 そう考えて、全て無駄だと思ってしまう。
 結局彼は明るくて愛らしい女性が好きなのだから、気まぐれで婚約した私を不要と感じるまでにそう時間は掛からないわ。
 リリーが髪を整え始めた頃、足音が近づいてくる。
「遅い」
 不機嫌な声の主は開けられたままの扉の前から姿を現し、一瞬こちらを睨みつけたかと思うとすぐに顔を背ける。
「……寝坊か?」
「申し訳ございません。すぐに支度します」
 まだ寝衣のままだった。しかも昨夜どうやって着替えたかわからないそれは釦を掛け違えたりと随分と乱れたみっともない姿だ。
 アルジャン様は溜息を吐き、それから丁寧に扉を閉めた。
「……リリー、どうして開けっぱなしにしたの……流石にこれは酷いわ……」
 よりによってアルジャン様にこんな姿を見られるなんて。
 きっと婚約者に相応しくないみっともない女だと思われたに決まっている。
「申し訳ございませんお嬢様。そのご様子に驚きすぎて忘れてしまったようです」
 素直に謝罪されれば受け入れるしかない。
 慌てて身支度を済ませ、朝食の席に着く。
 少し気まずいけれど、これでようやくいつも通りの日常に戻るのだと思えば、既に私の席のデザートは消えていた。



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