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古の竜よ
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こぽこぽと音がなる。
木が地下水を吸い上げる音だ。周りは水だらけで、暗い。水底だ。
一瞬、俺はまた加速したのかと思ったが、思い直した。こんな一寸先も見えないほど、暗いわけじゃない。
あそこは蒼いが、こっちは暗黒だ。それも、少しでも動いたら、巨大な怪物がのっそりと姿を表してきそうな、原始的な恐怖を感じる暗さ。
この暗さには覚えがある。
どうやら俺は夢を見ているらしい……俺はそう結論づけた。
俺は回復の為に眠りながら千年杉の生命力を貰っていたのだが……
どうやら俺の意識が生命力の中に含まれる彼らの記憶、精神エネルギーとでも言うべきものを辿ってしまっているようだ。
夢の世界ってのは、この世とあの世の狭間に近い、と以前魔女の婆さんに聞いたことがある。たしか、イデアの世界……だったか?
心身が眠っているからこそ、真実の世界に魂が浮かび上がってくるのだと。
もっとも、今の俺は千年杉の記憶の中を潜航しているようだが。
根から地下水脈を通り、水の流れに逆らうようにして、上流へ上流へと流されていく。
すぐ近くに水棲の怪物が潜んでいるような恐怖が俺を蝕むが、敢えて堂々と迎え打つ。
たしかに夢の世界には鍛えた身体は持ち込めないが、俺は体だけ鍛えたわけではない。
精神も魂も親父に追いつくべく、修行を重ねてきた。恐怖を飲み込む術は知っている。
(どこまで行くんだ、これは……)
いい加減、真っ暗な中水の流れに揺られ続けるのも飽きてきた頃、ようやく日の光が見えてきた。
(片方は眩しくてよく見えないが……雷の騎士神と、湖に住む水竜か?)
俺は暗い地底湖の中から、左右の目で二つの光景を同時に見ていた。
一つは朝日の登る湖のほとりで向かい合う騎士と竜の姿。
緑の稲妻と白銀に輝く甲冑を纏って馬に乗り、盾と騎兵槍を構えた騎士の神と、砂浜でゆっくりと身を起こす四本足の優美な水竜。
その姿は今さっき俺たちが戦った物とは似ても似つかないほど、荘厳で美しい。
水竜は顔を上げかけた幼い我が子を鼻でそっと押し戻すと、一対の巨大な翼を広げて騎士に向き直る。
対して左目に映るのは暗く冷たい湖の底……泥に埋もれた騎士の鎧、あばらの骨が見えた竜の屍……否、それでもなお生きる水竜の姿だ。
彼女の片腕は肩のあたりから引きちぎれ、焼け爛れている。
破壊に特化した騎士の神の権能による傷は、癒しの湖の水と竜の力を持ってしても完治できない。
半死半生……といった具合だが、竜の目だけは静かに、だが爛々と輝いていた。
たとえ雌伏しようとも、生きることを諦めていない母親の目だった。
その光景を見て、俺はすとんと胸に落ちるものがあった。
(……そうか、あんたも生きたいのか)
ずっと疑問に思っていた。竜ともあろうものが、どうして化け物に身を落としたのかと。
人間なんて竜からすれば、虫と同じだ。それくらいの格差がある。そんなものに寄生して生きるなど、誇り高い竜からすれば願い下げだろう。
あなたは芋虫やゴキブリの前足や触覚になってまで生きていたいですか、という話だ。
(ただの機能なのだと思っていた。竜の不死性が竜の腕をグロテスクな臓器として、現世に留めているだけなのだと)
心臓が眠っていても血液のポンプであり続けるように、竜の不死性が竜の腕に活力を送り続けているだけだと思っていた。
だが、違った。
いや、半分は合っている。竜はあんな化け物であることをたぶん望んでいない。
あれは竜の不死性が、より強いものに進化するという特性が暴走しているだけだ。
だが、それでも竜は生きたいと願っていたのだ。
死んだ竜の屍が死出の旅路に道連れを求めていたのではない。
どんな無様な姿になろうとも、もう一度我が子に会って、その行く末を見守りたかったのだ。
(あんたはただの怪物じゃない、ってことか……助けたい奴が増えてしまったな)
助けたい奴を助けたい。
だから俺は傭兵をやってる。
家族や友人、団の仲間や街行く普通の人々……騎士や兵士なら時に非常な判断を下さねばならないかもしれない。
たとえ内心でどんなに見捨てたくなくとも、上官の命令には従わなければならないのが兵士というものだ。
だが、俺たち傭兵には関係ない。
兵士は仕える先を選べないが、傭兵は選べる。
下げたくない頭を下げることもないし、助けたい奴を助け、助けたくない奴は見捨てられる。
敵わない敵の前に立ち塞がることも、さっさと逃げることも選択出来る自由がある。
もっとも、そんな奴らだからこそ信用されないがな。
真っ先に使い潰されるのが俺たち傭兵だ。
裏切る雇い先からすればいつか自分を裏切るかもしれない武装勢力なんだから使うだけ使って潰すのも分からんでもない。
もっとも、使い潰そうとするならこちらも容赦せず叩き潰すが。
(そんな俺がただ助けたいと思ったんだ。あんたは助けるぞ、あの不運な男と一緒に必ずな)
俺が決意を固めていると、徐々に光が強くなっていく。肉体の覚醒が近いのだろうか、浮上していく感覚がある。
ばしゃあ……と、俺は竜の湖から顔を出した。
眩しさに目が眩む。
もうすぐ夢は終わる。
その確信があったが、まだぎりぎりの所で終わらないらしい。
湖のほとりには一人の年老いた男が座っていた。
老いた勇者……そんな感想が自然と出てくる。
ぼさぼさの白髪を長い帽子で隠し、顔は皺と白髭だらけだ。
だが、背負った長剣と盾に負けない、がっしりとした体格とかくしゃくとした足取りが、かつて一角の武人だったことを伺わせる。
その視線は、老いてなお鋭く、知性に富み、それでいて湖に向ける顔はどこか寂しそうだった。
「あんた、なんでそんな顔をして……」
「あっ、帰ってきた」
俺が現世へ帰還すると、状況はだいぶ様変わりしていた。
飛び交う銃弾、複数の爆発音、遮蔽越しの撃ち合い。
銃撃戦だ。
銃撃戦が起こっている。
この短い時間で、いったい何があった?
木が地下水を吸い上げる音だ。周りは水だらけで、暗い。水底だ。
一瞬、俺はまた加速したのかと思ったが、思い直した。こんな一寸先も見えないほど、暗いわけじゃない。
あそこは蒼いが、こっちは暗黒だ。それも、少しでも動いたら、巨大な怪物がのっそりと姿を表してきそうな、原始的な恐怖を感じる暗さ。
この暗さには覚えがある。
どうやら俺は夢を見ているらしい……俺はそう結論づけた。
俺は回復の為に眠りながら千年杉の生命力を貰っていたのだが……
どうやら俺の意識が生命力の中に含まれる彼らの記憶、精神エネルギーとでも言うべきものを辿ってしまっているようだ。
夢の世界ってのは、この世とあの世の狭間に近い、と以前魔女の婆さんに聞いたことがある。たしか、イデアの世界……だったか?
心身が眠っているからこそ、真実の世界に魂が浮かび上がってくるのだと。
もっとも、今の俺は千年杉の記憶の中を潜航しているようだが。
根から地下水脈を通り、水の流れに逆らうようにして、上流へ上流へと流されていく。
すぐ近くに水棲の怪物が潜んでいるような恐怖が俺を蝕むが、敢えて堂々と迎え打つ。
たしかに夢の世界には鍛えた身体は持ち込めないが、俺は体だけ鍛えたわけではない。
精神も魂も親父に追いつくべく、修行を重ねてきた。恐怖を飲み込む術は知っている。
(どこまで行くんだ、これは……)
いい加減、真っ暗な中水の流れに揺られ続けるのも飽きてきた頃、ようやく日の光が見えてきた。
(片方は眩しくてよく見えないが……雷の騎士神と、湖に住む水竜か?)
俺は暗い地底湖の中から、左右の目で二つの光景を同時に見ていた。
一つは朝日の登る湖のほとりで向かい合う騎士と竜の姿。
緑の稲妻と白銀に輝く甲冑を纏って馬に乗り、盾と騎兵槍を構えた騎士の神と、砂浜でゆっくりと身を起こす四本足の優美な水竜。
その姿は今さっき俺たちが戦った物とは似ても似つかないほど、荘厳で美しい。
水竜は顔を上げかけた幼い我が子を鼻でそっと押し戻すと、一対の巨大な翼を広げて騎士に向き直る。
対して左目に映るのは暗く冷たい湖の底……泥に埋もれた騎士の鎧、あばらの骨が見えた竜の屍……否、それでもなお生きる水竜の姿だ。
彼女の片腕は肩のあたりから引きちぎれ、焼け爛れている。
破壊に特化した騎士の神の権能による傷は、癒しの湖の水と竜の力を持ってしても完治できない。
半死半生……といった具合だが、竜の目だけは静かに、だが爛々と輝いていた。
たとえ雌伏しようとも、生きることを諦めていない母親の目だった。
その光景を見て、俺はすとんと胸に落ちるものがあった。
(……そうか、あんたも生きたいのか)
ずっと疑問に思っていた。竜ともあろうものが、どうして化け物に身を落としたのかと。
人間なんて竜からすれば、虫と同じだ。それくらいの格差がある。そんなものに寄生して生きるなど、誇り高い竜からすれば願い下げだろう。
あなたは芋虫やゴキブリの前足や触覚になってまで生きていたいですか、という話だ。
(ただの機能なのだと思っていた。竜の不死性が竜の腕をグロテスクな臓器として、現世に留めているだけなのだと)
心臓が眠っていても血液のポンプであり続けるように、竜の不死性が竜の腕に活力を送り続けているだけだと思っていた。
だが、違った。
いや、半分は合っている。竜はあんな化け物であることをたぶん望んでいない。
あれは竜の不死性が、より強いものに進化するという特性が暴走しているだけだ。
だが、それでも竜は生きたいと願っていたのだ。
死んだ竜の屍が死出の旅路に道連れを求めていたのではない。
どんな無様な姿になろうとも、もう一度我が子に会って、その行く末を見守りたかったのだ。
(あんたはただの怪物じゃない、ってことか……助けたい奴が増えてしまったな)
助けたい奴を助けたい。
だから俺は傭兵をやってる。
家族や友人、団の仲間や街行く普通の人々……騎士や兵士なら時に非常な判断を下さねばならないかもしれない。
たとえ内心でどんなに見捨てたくなくとも、上官の命令には従わなければならないのが兵士というものだ。
だが、俺たち傭兵には関係ない。
兵士は仕える先を選べないが、傭兵は選べる。
下げたくない頭を下げることもないし、助けたい奴を助け、助けたくない奴は見捨てられる。
敵わない敵の前に立ち塞がることも、さっさと逃げることも選択出来る自由がある。
もっとも、そんな奴らだからこそ信用されないがな。
真っ先に使い潰されるのが俺たち傭兵だ。
裏切る雇い先からすればいつか自分を裏切るかもしれない武装勢力なんだから使うだけ使って潰すのも分からんでもない。
もっとも、使い潰そうとするならこちらも容赦せず叩き潰すが。
(そんな俺がただ助けたいと思ったんだ。あんたは助けるぞ、あの不運な男と一緒に必ずな)
俺が決意を固めていると、徐々に光が強くなっていく。肉体の覚醒が近いのだろうか、浮上していく感覚がある。
ばしゃあ……と、俺は竜の湖から顔を出した。
眩しさに目が眩む。
もうすぐ夢は終わる。
その確信があったが、まだぎりぎりの所で終わらないらしい。
湖のほとりには一人の年老いた男が座っていた。
老いた勇者……そんな感想が自然と出てくる。
ぼさぼさの白髪を長い帽子で隠し、顔は皺と白髭だらけだ。
だが、背負った長剣と盾に負けない、がっしりとした体格とかくしゃくとした足取りが、かつて一角の武人だったことを伺わせる。
その視線は、老いてなお鋭く、知性に富み、それでいて湖に向ける顔はどこか寂しそうだった。
「あんた、なんでそんな顔をして……」
「あっ、帰ってきた」
俺が現世へ帰還すると、状況はだいぶ様変わりしていた。
飛び交う銃弾、複数の爆発音、遮蔽越しの撃ち合い。
銃撃戦だ。
銃撃戦が起こっている。
この短い時間で、いったい何があった?
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