雑学好きの異世界放浪

ひぐらしゆうき

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枯れ果てた草原

空からの襲撃

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 赤みの混じった土は足を一歩踏み出すたびに崩れ、砂になって細かな亀裂を埋めていく。
 草むらからは小さな羽虫が飛び出してくる。どの虫もどことなく見覚えのある姿形をしているが、濁った赤錆びた色、花緑青色といずれも毒々しい色をしている。
 細い木の幹は、乾燥していて焚き火にするには使いやすそうだが、葉は殆どないから草食動物の餌にはなりそうにない。
 こんな環境で野生生物は生きていけるものなのだろうか?こうして歩いていても野生生物を見かけないのだ。
 見かけるのは手に長柄の槍を持った自警団、もしくは砂漠に向かう旅人か商人だ。
 ふと、思い出したように空を見上げた。あらゆる色を混ぜ合わせたような濁った空には紅の太陽が見える。
 そこには何もいないように見えるが、鳥のような影が飛んでいるように見えた。

「下野、空に何か見えるか?」

 まだ確証はない。見間違いの可能性もある。他者が見えるかどうか確認したい。
 下野は訝しげな顔をして空を見た。

「あ?何もいないだろ。……いや待てよ。よく見るとなんかいるぞ?」

「鳥みたいに見えるか?」

「ああ、どれくらい高い場所を飛んでいるかわからねぇけど、多分デカいぞ。脚に丸いものが付いている。しかも、こっちに近づいてきてるように見える」

 2人して同じ影を確認した。これは見間違いではない。

「……下野、アイスキュロスって知ってるか?」

「誰だそれ?」

「紀元前ギリシャの悲劇作家だよ。アイスキュロスはその禿げた頭に、ヒゲワシが落とした亀がぶつかった事で亡くなったとされる。ヒゲワシは獲物である亀を岩に落として甲羅を割って中身を食べるそうだよ。もし、あの鳥が同じ習性を持っているとしたら?」

「おいふざけんな!そんな間抜けな死に方したくねぇぞ!?」

「まあそういう事だ。とりあえず、ランダムに動くしかない。直線的な動きだと、偏差を理解して落としてくる可能性がある。相手は生きた爆撃機だ。安全確保ができるまでは止まるんじゃないぞ」

「わかったぜ!街で合流しよう!」

「ああ、それじゃあ散開!」

 その言葉と共に異なる方向へと走り出す。町までそう遠くない距離まで来ているはずだ。
 空をチラリと見ると鳥の影はこちらに着いてくるのが見えた。下野は狙われていないのがわかったのか、真っ直ぐ町の方角は走っている。
 そうなれば、この鳥を僕がいかにして巻くかだが、一つ問題がある。それは重い荷物を持ったまま何処まで動けるかだ。
 体力万全の状態ならまだしも、ここまで5~6時間は歩いているから、かなり体力を消耗してしまっている。足がもつれて転ぼうものなら、良い的になる。
 何か隠れられそうな場所があれば良いのだけれど、この草原にはそんなものがない。
 走りながら頭を動かす。

 鳥に見えない色で体を覆うか?
 いやそれは無理だ。鳥の色覚は人間より遥かに広い。紫外線まで見えているという記事を読んだことがある。確かそこには、物の形や違いもはっきり識別できるとも書いてあった。
 鳥の飛んでいる高さがわからないから自由落下する時間を求めるなんてできない。
 あれこれ考えても解決策が出てこない。鳥の影がすぐそこまで迫っている。
 このまま走っていても、こちらが先にへばるのは目に見えている。
 ならばいっそ賭けに出よう。これはあまりしたくなかった。
 体力がまだあって、足の瞬発力が残っている今でなければできない。
 空を見上げた状態で僕は立ち止まる。それを見て、鳥は僕の上で旋回を始めた。
 鳥の姿を目で追いかける。瞬きをしてはいけない。奴が落とす瞬間を見逃してはいけないのだ。
 乾いたこの空気ではドライアイでも無いのにすぐに涙が溢れてくる。痒くて仕方がない。それでも目は閉じてはいけない。
 影の動きが変わった。
 瞬間だ!奴が脚から物体を離した。
 風は吹いていない。
 僕は重心を前に傾けて、つま先に力を込める。
 地面蹴ると、体が思っているより前に飛び出した。転ばないように足を素早く出して、体を起こすことで重心を安定させる。
 後ろからドンと大きな衝撃音がした。走りながら振り返るとそこには、土埃に紛れていたが、生き物であったであろう何かがあった。
 すぐに目を離して辺りを見渡すと、遠くの方で手を振る人影が見える。
 下野が安全圏に逃れた上で、僕の見える所で待っていてくれたのだ。

「おーいこっちだ!」

 近づくにつれて下野の声が聞こえてきた。手を挙げてピースサインをつくると、下野もそれに応える。

「もう無理!早く宿いこう!」

「おう、そうしようぜ!小さく町が見えてる!」

 下野が指差す先には、確かに小さな町が見えている。まだ距離があるとはいえ、目的地が見えたら少し元気になる。
 またあんな鳥に襲われたら逃げきれない。
 足を引き摺るような情けない姿ではあるが、下野の肩を借りて、できる限り急いで町に向かって歩き出した。
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