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第1話 前世、最強賢者は田舎でスローライフを送りたい

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思えば働き詰めの人生だった。

世界最強賢者と謳われたウェイバーは死の間際、自身の人生をそう振り返る。

幼少期は神童として魔法の勉学に励み、そして青年期は勇者パーティーの一角として、魔王退治の旅に明け暮れていた。
そして、年を取ってからもゆっくりしている暇などなかった。宮廷で魔法の研究に明け暮れる毎日。

充実をした毎日ではあったが、落ち着いて自身の人生について考えている時間もなかった。あっと言う間に終わってしまった人生だった。

願わくば……次の人生があるのならばもっとゆっくりとした人生を歩みたい。

そう、田舎でゆっくりと、平穏な人生を歩んでみたい。

ウェイバーはそういった望みを持つようになっていた。そして自身にとってそれが決して不可能ではないという事を知っていた。

高等魔法において、転生の魔法というものがある。

通常、転生した人間というのは記憶を失われたまま生まれてくる。だが、転生の魔法を使用した場合、前世の記憶が保持されたまま、新たな人生を歩む事にしたのだ。

ウェイバーは死の間際、自身に転生の魔法を使用した。眩い魔法の光が自身を包み込む。

そして、ウェイバーはその長いようで短い、人生に幕を閉じたのだ。


 
転生の魔法を使用した俺はその前世での記憶を引き継ぎつつ、『ペンドラゴン』家という、名門貴族の長男として新たな生を受けた。

こうして俺の第二の人生が幕を開けたのだ。

「……あなた、観て、元気な男の子よ」

 母――フローラが俺にそう語り掛ける。

「おお……よくやった。男の子か。僕達にとっては願ってもない事だ。なにせ、男の子なら我が名門『ペンドラゴン』家の世継ぎになるのだからな。この子が剣の才能を授かったのなら、立派な剣士として育てよう」

 父――アベルはそう語っていた。

「いえ、魔法よ。これからの時代は魔法。この子には立派な魔法の才能に授かって貰いたいわ。それでこの子は立派な魔法師として、この家を立派に引き継いで貰いたいの」
 
 父も母も好き勝手に俺に対しての希望を抱いていた。

 だが、俺は父と母の希望に応える気はなかったのだ。今回の生では俺はゆっくりとした人生を歩みたい。俺は前世のように懸命に働きたくないのだ。俺は今回の人生では田舎で家庭菜園でもしながら、のんびりと時間が流れる、そんな人生を歩みたい、そう願っていたのだ。

「……けど、養子の件は本当なの? あなた」

「ああ……お父様からの命令だ。父は慎重な人で、万が一の為の保険が欲しいそうだ。もしかしたら、僕達の息子——グレンが何の才能も授からなかった場合の世継ぎが必要だそうだ。君はあまり身体が強くない。これ以上、子供を作るのは僕達には難しいからね」

「そ、そう……お父様の命令なら致し方ないわね」

 そう、フローラは渋々と頷いた。

 こうして俺に同じ年の義弟ができる事になる。義弟(おとうと)の名はアーサーと言った。こうして、俺の新しい人生の第一歩が踏み出されたのだ。

 時間は光のように流れる。

そしてそれから15年後。運命の日を迎えるのであった。

 ◆

それは15歳の日に行われる『スキル継承の儀』での出来事だった。

この世界では誰もが15歳になるとスキルを授かる。それがこの世界の理(ルール)だった。誰もが天から一つだけ与えられる、才能(ギフト)である。

「二人とも前に出なさい」

 司祭がそう言った。この中年男——司祭が大いなる力を利用し、俺達にスキルを授けてくれるのである。とはいえ、彼が授けるスキルを選定するわけではない。俺達に授けられるスキルは大いなる運命に従って、既に決められているのである。言わば彼はその結果を伝えるだけの役割に過ぎない。

俺達は神殿に招かれた。俺——グレン。それから義弟(おとうと)であるアーサーの二人。それだけではない。ペンドラゴン家の父と母。それから祖父もまた同席していたのだ。

「兄貴、いよいよだな。俺達がどんなスキルを授かるのか、ワクワクするぜ」

少し生意気そうな少年——それが俺の義弟であるアーサーだ。両親がなくなり孤児となったアーサーはたまたま父――アベルに拾われる形でペンドラゴン家の養子となったのだ。

「ああ……そうだな」

「それではこれより、そなた達のスキルを授ける。まずは義弟(おとうと)のアーサーから授けるとしよう。アーサー、一歩前へ出なさい」

「は、はい!」

 アーサーは答えて一歩前に出る。

「それではこれよりそなたにスキルを授けようぞ。はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 司祭の手から不思議な力が放たれ、アーサーを満たしていく。

「ん? ……これは」
 
スキルを授けた司祭だけは授かったスキルがわかる仕組みになっていた。

「な、なんなんですか! 俺はどんなスキルを授かったんですか」

「ふむ……そなたは【剣王】というスキルを授かったようだ」

「【剣王】、そ、それって、一体。どんなスキルなんですか!?」

「ああ、この世で最も優れた剣士。剣士の中の王になる素質を秘めた、まごう事なき、当たりスキルだ」

「へっ! 当たりスキルだってよっ! やったぜ兄貴!」

「ああ……良かったな。アーサー」

「兄貴、ヘマするんじゃねぇぞ」

 アーサーは俺にそう言ってきたが、スキルとは既に大いなる力によって決まっている、運命のようなものだった。ヘマも何もない。ただ受け入れるより他にないものだった。

「それでは次は兄であるグレンにスキルを授けるとしよう。はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 俺の身体もまた、アーサー同様に不思議な力で満たされていく。

「ん? こ、これは」

 司祭は明らかに表情を曇らせた。言葉を失っているようだった。

「ど、どうしたんですか! 司祭様!」

「ぼ、僕達の息子は一体、どんなスキルを授かったと言うのですか!」

 両親が司祭に詰め寄った。

「そ、それは……私の口から言っていいものか」

「い、言ってください! 司祭様! これは我がペンドラゴン家の命運を左右する、重要な事なのですから」

「う、うむ……では真実を語ろうとしよう」

 両親に根負けしたようで、司祭は真実を語り始めた。

「あなた達の息子であるグレン殿は、【農耕】というスキルを授かった」

「【農耕】ですか……」

「そ、それは一体、どんなスキルなのですか! つ、強いスキルなんですよね」

「残念ながら、そうではない。このスキルは主に農民が授かっているスキルだ。戦闘には向かず、土を耕し、作物を実らせる為にあるスキル。当然のように、戦闘には向いているスキルではない」
 
 司祭は苦々しい顔つきでそう告げた。

「そ、そんな!」

 母は泣き崩れた。

「そ、そんな! そんな事なんてあるもんか! 嘘だ! 嘘だと言ってくれ!」

 取り乱している両親を他所に、俺は歓喜に震えていた。俺の第二の人生設計にぴったりのスキルだったからだ。神は俺の望みを叶えてくれたのだ、そうとしか思えなかった。

「お、お父様! い、一体僕達はどうすれば!」

 アベルは祖父——ロイドに泣きついた。初老の白髪をした、厳格そうな男。それが祖父、ロイドである。

「……致し方ない。力を持たない者に我が名家ペンドラゴン家の家督を継がせるわけにはいかない。家督を継がせるのはグレンではなく、アーサーとする」

「そ、そんな!」

「だ、だったらグレンはどうするというのですか!」

「北に領地がある。草木が一本も生えないような辺境ではあるが、耕すにはちょうど良い。農奴風情にはお似合いの場所だ。そこで作物でも耕していればよい」

「だそうだ……兄貴。今まで長い付き合いだったな。だけど、これでお別れだ」

 アーサーはにちゃにちゃとして笑みを浮かべる。だが、俺は少しも落ち込んでいなかった。

「な、なんで落ち込んでないんだよ、兄貴……強がってんのか?」

「そういうわけじゃないさ……俺は少しも落ち込んでなんていない」

「な、なんでだよ。草木も生えていないような辺境に追いやられるんだぞ。食っていけるかもわからねぇのに、普通は落ち込むもんじゃないのか」

 誰もいないような辺境。それは俺の望んだシチュエーションだった。俺は期待に胸を輝かせる。

「へっ! すかしやがってよ兄貴! てめぇなんて我が栄誉あるペンドラゴン家の恥さらしだ! 生き恥を晒すくらいなら、今俺がこの手でこの世から葬り去ってやるぜ!」

 アーサーは携えていた剣を抜く。

「ま、待て! アーサー!」

 義父であるアベルの制止の声すら聞こえない程に、アーサーの頭には血が昇っていたようだ。

「死ね! 兄貴!」

 アーサーは剣を振り下ろす。

 キィン!

 しかし、アーサーが剣を振り下ろした直後に、剣が真っ二つに割れたのだ。

「なっ!? そんな馬鹿な」

 俺は前世で得た魔法を秘密にしていた。この秘密を知られたら、俺は強制的に世継ぎにされるのがわかっていたからだ。
 
 魔力の障壁により、アーサーの剣は真っ二つに割れたのだ。

「な、なんだと! わ、わしは何か夢を見ているのか……」

 ロイドはあんぐりと口を開けていた。

「はぁ……良かった。剣にヒビが入ってたんですね」

 俺は安堵の溜息を吐く……振りをした。

「それじゃあ、皆さん、今までお世話になりました」

 俺は深々と頭を下げ、その場から去っていった。

 こうして、俺は実家であるペンドラゴン家を追われ、遥か彼方にある北の辺境へと追いやられた。

 いや、意気揚々と向かっていったのである。

 そしてその北の辺境で俺の新しい人生が始まるのであった。


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