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3年前の記憶
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今から3年前の出来事だ。
それは俺が暗殺者としての教育を受けていた頃。その最終試験の事だった。
その最終試験は簡単だった。組み合わせになった相手を殺す事。例えそれが誰が相手でも。
その時俺は特に仲の良い、幼馴染みたいな関係の男女が二人いた。
その組み合わせに選ばれたのが幼馴染の少年だった。
その結果がどうなったか、説明するまでもないだろう。俺が今も生きている事がその証明だ。
――俺はその少年を殺した。
それは雨の日の出来事だった。血に塗れた少年の姿があった。そして泣き崩れている少女の姿があった。
勝利の充実感などない。人を殺すのは後味の悪すぎる、最悪の出来事だ。
◆◆◆◆◆
暗殺者の国キール。
その国は蔑称として暗殺者の国として呼ばれる。多くの戦争孤児が流れ込み、暗殺者として教育され、世の中に排出されるからだ。
当然のようにその治安は極端に悪い。犯罪率も高く。麻薬、誘拐、売春。などなどが実に盛んであった。
暗殺者の国と呼ばれずとも、ドラッグの国だとか、売春の国だとか。あまり良い通称では呼ばれない事であろう。
主だった特産物も資源もないキールはそういったアンダーグラウンドな商売を生業として成り立っている。
そこには暗殺者ギルドがあった。表向きは立派な洋館にしか見えない建物。しかしこの建物には多くの暗殺者が在籍している。
暗殺者ギルドには一人の男がいた。元伝説的な暗殺者であり、そして、暗殺者の教育機関で講師をしていた事もある。
男の名はロバート・デニルと言った。白いスーツを着た整った金髪をした色白の男。中年ではあるが、かなりの美形であり、こういった年上の男を好む女性も多く存在すると思われた。
ぱっと見では彼を暗殺者(アサシン)とは誰も思わないだろう。金融系のそれもエリートのビジネスマンだとしか見られないに違いない。
「……アリスか」
「はい。先生」
音も気配もなく、黒髪に黒づくめの少女が姿を現す。色白の美少女だった。絶世と言ってもいい。だが、その表情には生気が見られない。血の通った人間というよりはまさしく人形のようであった。
そんな彼女の存在を振り返る事すらなく察したロバートの感覚は流石と言っても良かった。
「……どうした?」
「シンの気配がするんです」
「……そうか」
今まで担当してきた暗殺者の中で、もっとも優秀であった生徒だ。類まれな才を持っていた彼は暗殺者としてエリート街道を走っていた。しかし、教育機関を卒業し3年経過したところで突如その職をやめてしまったのだ。その後の消息はわかっていない。
実に勿体ない事をした。ロバートはそう思っていた。彼を失ったのは大きな損失だった。なぜ彼が暗殺者としての業務をやめたのか、正確な事はわからない。だが、何となく想像する事はできた。
「もし、シン・ヒョウガと敵対した時、お前なら勝てるか?」
ロバートはアリスに聞いた。
「勝てないと思います。暗殺者としての実力はシンの方が上だから」
アリスは答える。
「確かに実力は彼の方が上だ。だが、殺せないかというとそうではない。彼は暗殺者である事をやめた。少なくとも仕事での殺しはやめたんだ。なぜだか、わかるか、アリス?」
「わかりません。なぜですか?」
「恐らくは人を殺すのが怖くなったんだろうな。躊躇うようになった。嫌気が差したんだ。暗殺者として歴代でも最高の資質を持つ彼が、皮肉にも暗殺者にとって最も向かないものを持っていた。心の優しさだよ。彼は人としての心を捨てきれなかったんだ。冷酷な機械になれきれなかった。機械のように人を殺す、殺戮人形(キリングドール)になれなかったんだよ。これは彼に付け入る事ができる大きな欠点だ。クックック」
ロバートは微笑を浮かべる。
「シンにはアリスは殺せない。恐らくな。だが、アリス。お前はどうだ?」
「殺せます」
「そうか? それはなぜだ?」
「私が骨の髄まで暗殺者(アサシン)だからです。それに何より」
無表情な彼女が初めて感情のようなものを見せた。僅かではあるが、隠しきれない殺気を放つ。
「シン・ヒョウガはノアを殺した仇だからです」
彼女はそう告げる。ノア。言うまでもない。3年前にシンに殺された、アリスの幼馴染である。より正確に言えば、三人とも孤児であり、同じ環境で育った仲間であり、仲の良い兄妹のような関係でもあった。そう、あの日まではであるが。
雷が轟いた。その日も3年前のあの日のように、濁流のような激しい雨が降り注いでいた。
それは俺が暗殺者としての教育を受けていた頃。その最終試験の事だった。
その最終試験は簡単だった。組み合わせになった相手を殺す事。例えそれが誰が相手でも。
その時俺は特に仲の良い、幼馴染みたいな関係の男女が二人いた。
その組み合わせに選ばれたのが幼馴染の少年だった。
その結果がどうなったか、説明するまでもないだろう。俺が今も生きている事がその証明だ。
――俺はその少年を殺した。
それは雨の日の出来事だった。血に塗れた少年の姿があった。そして泣き崩れている少女の姿があった。
勝利の充実感などない。人を殺すのは後味の悪すぎる、最悪の出来事だ。
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暗殺者の国キール。
その国は蔑称として暗殺者の国として呼ばれる。多くの戦争孤児が流れ込み、暗殺者として教育され、世の中に排出されるからだ。
当然のようにその治安は極端に悪い。犯罪率も高く。麻薬、誘拐、売春。などなどが実に盛んであった。
暗殺者の国と呼ばれずとも、ドラッグの国だとか、売春の国だとか。あまり良い通称では呼ばれない事であろう。
主だった特産物も資源もないキールはそういったアンダーグラウンドな商売を生業として成り立っている。
そこには暗殺者ギルドがあった。表向きは立派な洋館にしか見えない建物。しかしこの建物には多くの暗殺者が在籍している。
暗殺者ギルドには一人の男がいた。元伝説的な暗殺者であり、そして、暗殺者の教育機関で講師をしていた事もある。
男の名はロバート・デニルと言った。白いスーツを着た整った金髪をした色白の男。中年ではあるが、かなりの美形であり、こういった年上の男を好む女性も多く存在すると思われた。
ぱっと見では彼を暗殺者(アサシン)とは誰も思わないだろう。金融系のそれもエリートのビジネスマンだとしか見られないに違いない。
「……アリスか」
「はい。先生」
音も気配もなく、黒髪に黒づくめの少女が姿を現す。色白の美少女だった。絶世と言ってもいい。だが、その表情には生気が見られない。血の通った人間というよりはまさしく人形のようであった。
そんな彼女の存在を振り返る事すらなく察したロバートの感覚は流石と言っても良かった。
「……どうした?」
「シンの気配がするんです」
「……そうか」
今まで担当してきた暗殺者の中で、もっとも優秀であった生徒だ。類まれな才を持っていた彼は暗殺者としてエリート街道を走っていた。しかし、教育機関を卒業し3年経過したところで突如その職をやめてしまったのだ。その後の消息はわかっていない。
実に勿体ない事をした。ロバートはそう思っていた。彼を失ったのは大きな損失だった。なぜ彼が暗殺者としての業務をやめたのか、正確な事はわからない。だが、何となく想像する事はできた。
「もし、シン・ヒョウガと敵対した時、お前なら勝てるか?」
ロバートはアリスに聞いた。
「勝てないと思います。暗殺者としての実力はシンの方が上だから」
アリスは答える。
「確かに実力は彼の方が上だ。だが、殺せないかというとそうではない。彼は暗殺者である事をやめた。少なくとも仕事での殺しはやめたんだ。なぜだか、わかるか、アリス?」
「わかりません。なぜですか?」
「恐らくは人を殺すのが怖くなったんだろうな。躊躇うようになった。嫌気が差したんだ。暗殺者として歴代でも最高の資質を持つ彼が、皮肉にも暗殺者にとって最も向かないものを持っていた。心の優しさだよ。彼は人としての心を捨てきれなかったんだ。冷酷な機械になれきれなかった。機械のように人を殺す、殺戮人形(キリングドール)になれなかったんだよ。これは彼に付け入る事ができる大きな欠点だ。クックック」
ロバートは微笑を浮かべる。
「シンにはアリスは殺せない。恐らくな。だが、アリス。お前はどうだ?」
「殺せます」
「そうか? それはなぜだ?」
「私が骨の髄まで暗殺者(アサシン)だからです。それに何より」
無表情な彼女が初めて感情のようなものを見せた。僅かではあるが、隠しきれない殺気を放つ。
「シン・ヒョウガはノアを殺した仇だからです」
彼女はそう告げる。ノア。言うまでもない。3年前にシンに殺された、アリスの幼馴染である。より正確に言えば、三人とも孤児であり、同じ環境で育った仲間であり、仲の良い兄妹のような関係でもあった。そう、あの日まではであるが。
雷が轟いた。その日も3年前のあの日のように、濁流のような激しい雨が降り注いでいた。
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