上 下
20 / 48

3年前の記憶

しおりを挟む
今から3年前の出来事だ。

それは俺が暗殺者としての教育を受けていた頃。その最終試験の事だった。

その最終試験は簡単だった。組み合わせになった相手を殺す事。例えそれが誰が相手でも。

その時俺は特に仲の良い、幼馴染みたいな関係の男女が二人いた。

その組み合わせに選ばれたのが幼馴染の少年だった。

その結果がどうなったか、説明するまでもないだろう。俺が今も生きている事がその証明だ。

 ――俺はその少年を殺した。

それは雨の日の出来事だった。血に塗れた少年の姿があった。そして泣き崩れている少女の姿があった。

 勝利の充実感などない。人を殺すのは後味の悪すぎる、最悪の出来事だ。

◆◆◆◆◆

暗殺者の国キール。

その国は蔑称として暗殺者の国として呼ばれる。多くの戦争孤児が流れ込み、暗殺者として教育され、世の中に排出されるからだ。

当然のようにその治安は極端に悪い。犯罪率も高く。麻薬、誘拐、売春。などなどが実に盛んであった。

暗殺者の国と呼ばれずとも、ドラッグの国だとか、売春の国だとか。あまり良い通称では呼ばれない事であろう。

主だった特産物も資源もないキールはそういったアンダーグラウンドな商売を生業として成り立っている。

そこには暗殺者ギルドがあった。表向きは立派な洋館にしか見えない建物。しかしこの建物には多くの暗殺者が在籍している。

暗殺者ギルドには一人の男がいた。元伝説的な暗殺者であり、そして、暗殺者の教育機関で講師をしていた事もある。

 男の名はロバート・デニルと言った。白いスーツを着た整った金髪をした色白の男。中年ではあるが、かなりの美形であり、こういった年上の男を好む女性も多く存在すると思われた。

 ぱっと見では彼を暗殺者(アサシン)とは誰も思わないだろう。金融系のそれもエリートのビジネスマンだとしか見られないに違いない。

「……アリスか」

「はい。先生」

 音も気配もなく、黒髪に黒づくめの少女が姿を現す。色白の美少女だった。絶世と言ってもいい。だが、その表情には生気が見られない。血の通った人間というよりはまさしく人形のようであった。
 
 そんな彼女の存在を振り返る事すらなく察したロバートの感覚は流石と言っても良かった。

「……どうした?」

「シンの気配がするんです」

「……そうか」

 今まで担当してきた暗殺者の中で、もっとも優秀であった生徒だ。類まれな才を持っていた彼は暗殺者としてエリート街道を走っていた。しかし、教育機関を卒業し3年経過したところで突如その職をやめてしまったのだ。その後の消息はわかっていない。

 実に勿体ない事をした。ロバートはそう思っていた。彼を失ったのは大きな損失だった。なぜ彼が暗殺者としての業務をやめたのか、正確な事はわからない。だが、何となく想像する事はできた。

「もし、シン・ヒョウガと敵対した時、お前なら勝てるか?」

 ロバートはアリスに聞いた。

「勝てないと思います。暗殺者としての実力はシンの方が上だから」

 アリスは答える。

「確かに実力は彼の方が上だ。だが、殺せないかというとそうではない。彼は暗殺者である事をやめた。少なくとも仕事での殺しはやめたんだ。なぜだか、わかるか、アリス?」

「わかりません。なぜですか?」

「恐らくは人を殺すのが怖くなったんだろうな。躊躇うようになった。嫌気が差したんだ。暗殺者として歴代でも最高の資質を持つ彼が、皮肉にも暗殺者にとって最も向かないものを持っていた。心の優しさだよ。彼は人としての心を捨てきれなかったんだ。冷酷な機械になれきれなかった。機械のように人を殺す、殺戮人形(キリングドール)になれなかったんだよ。これは彼に付け入る事ができる大きな欠点だ。クックック」

 ロバートは微笑を浮かべる。

「シンにはアリスは殺せない。恐らくな。だが、アリス。お前はどうだ?」

「殺せます」

「そうか? それはなぜだ?」

「私が骨の髄まで暗殺者(アサシン)だからです。それに何より」

 無表情な彼女が初めて感情のようなものを見せた。僅かではあるが、隠しきれない殺気を放つ。

「シン・ヒョウガはノアを殺した仇だからです」

 彼女はそう告げる。ノア。言うまでもない。3年前にシンに殺された、アリスの幼馴染である。より正確に言えば、三人とも孤児であり、同じ環境で育った仲間であり、仲の良い兄妹のような関係でもあった。そう、あの日まではであるが。

 雷が轟いた。その日も3年前のあの日のように、濁流のような激しい雨が降り注いでいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

名無し
ファンタジー
回復術師ピッケルは、20歳の誕生日、パーティーリーダーの部屋に呼び出されると追放を言い渡された。みぐるみを剥がされ、泣く泣く部屋をあとにするピッケル。しかし、この時点では仲間はもちろん本人さえも知らなかった。ピッケルの回復術師としての能力は、想像を遥かに超えるものだと。

無限初回ログインボーナスを貰い続けて三年 ~辺境伯となり辺境領地生活~

桜井正宗
ファンタジー
 元恋人に騙され、捨てられたケイオス帝国出身の少年・アビスは絶望していた。資産を奪われ、何もかも失ったからだ。  仕方なく、冒険者を志すが道半ばで死にかける。そこで大聖女のローザと出会う。幼少の頃、彼女から『無限初回ログインボーナス』を授かっていた事実が発覚。アビスは、三年間もの間に多くのログインボーナスを受け取っていた。今まで気づかず生活を送っていたのだ。  気づけばSSS級の武具アイテムであふれかえっていた。最強となったアビスは、アイテムの受け取りを拒絶――!?

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

とあるオタが勇者召喚に巻き込まれた件~イレギュラーバグチートスキルで異世界漫遊~

剣伎 竜星
ファンタジー
仕事の修羅場を乗り越えて、徹夜明けもなんのその、年2回ある有○の戦場を駆けた夏。長期休暇を取得し、自宅に引きこもって戦利品を堪能すべく、帰宅の途上で食材を購入して後はただ帰るだけだった。しかし、学生4人組とすれ違ったと思ったら、俺はスマホの電波が届かない中世ヨーロッパと思しき建築物の複雑な幾何学模様の上にいた。学生4人組とともに。やってきた召喚者と思しき王女様達の魔族侵略の話を聞いて、俺は察した。これあかん系異世界勇者召喚だと。しかも、どうやら肝心の勇者は学生4人組みの方で俺は巻き込まれた一般人らしい。【鑑定】や【空間収納】といった鉄板スキルを保有して、とんでもないバグと思えるチートスキルいるが、違うらしい。そして、安定の「元の世界に帰る方法」は不明→絶望的な難易度。勇者系の称号がないとわかると王女達は掌返しをして俺を奴隷扱いするのは必至。1人を除いて学生共も俺を馬鹿にしだしたので俺は迷惑料を(強制的に)もらって早々に国を脱出し、この異世界をチートスキルを駆使して漫遊することにした。※10話前後までスタート地点の王城での話になります。

前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪
ファンタジー
 平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。  いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――  そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……  「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」  悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?  八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!  ※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!

処理中です...