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狂竜病のバハムートを治療する
しおりを挟む私達は漆黒の暗黒竜――バハムートと対峙していた。私は白竜であるヴァイスの背に乗っていた。
「いかがされるのですか? シオン先生」
「とりあえず一回、バハムート様の攻撃を避けてください」
「はい」
「最悪避けられなくてもいいです。交錯してください。その一瞬に乗り移ります」
「で、ですが。我々の竜人の戦闘は超高速で行われるものです。その闘の最中飛び乗るなど、人間業ではありません」
距離が近く錯覚するが、対面距離でも500メートルほど。接触した後、一瞬で100メートルほどにはまた距離が離れる事であろう。
それほどまでに竜と竜の間合いは狭い。一キロ程度からもう射程圏内だと思った方がいい。あるいは魔法やブレスを使用すればもっとだ。十キロほどまで射程距離は広がる。それ程までにロングレンジで竜は戦闘をしているのである。
そんな闘いの中飛び乗るなど正気の沙汰ではない。そうヴァイスは思ったのだろう。
「仕方がありませんね。この手は使いたくはありませんでした」
「え?」
ぷすっ。私は自信の足に注射針(ニードル)を刺した。
「な、なにを?」
「注射針(ニードル)は相手に使うのが基本ですが、場合によっては自分に使う事ができるのですよ。来ましたよ」
注射針(ニードル)の中身は筋肉増強剤(ドーピング)である。
「来ました! 来ました! 力が漲ってきました! 自分で言っていてなんですが、めちゃくちゃに薬物中毒者(ジャンキー)のような事を言ってますね」
注射針(ニードル)で覚せい剤でも打っていたらまさしくそうだ。
「よし。準備は完璧です」
「そうですか」
「何を囀っているヴァイス! 人間諸共死ぬがいいっ!」
バハムートは口を広げる。私は診察(スキャン)により凡その方角を割り出す。
「ヴァイスさん! 急いで左に避けてください!」
「はい!」
「なにっ!」
バハムートのフレアは寸前のところで避けられる。
「ヴァイスさん! 体当たりを!」
「はい!」
パァン!
強烈な衝突音、破裂音にも似た爆音が夜空に響き渡る。
「ぐ、ぐおっ!」
バハムートは怯んだ。だが、距離が遠い。やはり100メートルほどの距離差があった。ここでさっきキメた(嫌なセリフですが)筋肉増強剤(ドーピング)が役に立つのです。
「とーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!」
私は大跳躍する。そしてバハムートさんの首筋に飛び乗った。
「まったく、ドクターに筋肉増強剤(ドーピング)を使用させるとは厄介な患者ですよ」
「なっ! 余の首に飛び乗ったのか! こざかしいゴミムシめがっ! 離れろ!」
「お断りします。患者は大人しくしていてください。執刀(メス)」
私は執刀(メス)を取り出した。
「ふっ! 脆弱な人間の刃物などで、鋼鉄よりも硬い余の皮膚を切り裂けるわけがなかろう!」
「おあいにく様。私の執刀(メス)は特別性なんですよっと!」
「な、なに!」
私は執刀(メス)でバハムートの皮膚を切り裂く。肉が露出する。
「注射針(ニードル)」
私は注射針(ニードル)を取り出した。中身は『麻痺剤』である。
「患者様、大人しくしていてくださいね。よっと!」
今回の注射針(ニードル)は特別製である。巨大な注射針(ニードル)だ。対竜用の特別製注射針(ニードル)。
「ぐ、ぐあっ!」
「すぐに効いてきますからね」
麻痺の効果がすぐにバハムートに襲い掛かる。
「や、やめろっ! 貴様っ! 何をっ!」
体が動かなくなったバハムートは地表へと自由落下を始める。
「これはやばいですね」
けど私は筋肉増強剤(ドーピング)をキメているのである。
「よっと!」
激突の瞬間、大ジャンプで地表に着地をした。
「ふう……何とかなりました」
「シオン先生!」
「シオン先生!」
ヴァイスそれからユエルが駆け寄ってくる。
「……なんだ? バハムート様を倒したのか!」
「す、すごい! 人間の人!」
四姉妹もぞろぞろと歩いてこちらに寄ってきた。
「確かシオン先生!」
「エアロたちで手も足も出なかったバハムート様を倒すとは、凄いんだ! シオン先生!」
「褒めるのはまだ早いです」
「「「「え!?」」」」
「うっ……ううっ! きっ、貴様らぁ! 許さない! 殺す! 殺してやる!」
バハムートは人形に戻っていた。満身創痍ではあるが、それでもまだ動こうとしている。彼女は入浴中であったので、現在全裸になっていた。
「皆さん! 治療に協力してください! バハムートさんを押さえてください」
「「「「はい!」」」」
「ほら! 動かないで! バハムート様!」
「お母様! じっとしていてくださいっ!」
「くっ。離せ! 離せ! この馬鹿どもがっ!」
バハムートはがむしゃらに暴れる。
「それではこれより手術(オペ)を開始します」
「やめろっ! 離せ!」
しかし状況が大変よろしくなかった。全裸の女性を複数人で押さえにかかっているのである。そして男である私が押し倒すようにしているのだ。
「大人しくしていてください! 痛くありません! 一瞬で事が済みます!」
これもまた誤解を生みそうなセリフである。知らない人が見たら私が女性を強姦しようとしているようにしか見えないであろう。
「は、離せっ!」
「くっ! 注射針(ニードル)睡眠剤!」
私は注射針を打ち込んだ。
「うっ!……ぐう……ZZZZZZZZZZZZZZZZZ」
バハムートは眠りについた。
「もう抑えなくてもいいですよ。それではこれより狂竜病の治療を始めます」
「はい。シオン先生。よろしくお願いします」
神の手(ゴッドハンド)を使用し、内部からバハムートに巣くったウィルスを死滅させる。
「はい。終わりました」
施術は終わった。こうして、バハムートとの長い闘いが終わったのである。
◇
「余は一体……」
バハムートは目を覚ました。
「お母様」
「ヴァイスか……」
「よかった……お母様。元のお母様に戻ったのですね」
ヴァイスは母(バハムート)の胸元で涙を流していた。
「ヴァイスよ。なぜそんなに泣いている。何が悲しい?」
「悲しいのではありません。嬉しいのです。愛するお母様が戻ってきたのですから」
「よかった! バハムート様元に戻ったんだ!」
「よかったです!」
「ほんと、ほんと! ほんとによかったんだ!」
「よかったのだ!」
竜人の四姉妹も涙を流していた。
「……そうか。嫌な夢を見ていた気がする。余とお前達と闘う夢だ」
「夢ではありませんよ」
私は告げる。事実を隠すのは彼女のためにはならない。ドクターとしてそう判断したのだ。
「竜王バハムート様。あなたは狂竜病という、我を失ってしまう病にかかっていたのです」
「そうか。我を失ってしまっていたのか。では夢だと思っていたのはまぎれもない現実か」
「ええ。その通りです。ですが今はその病は消え去りました。安心していいです」
「余を元に戻してくれたのは貴公のおかげなのか?」
「ええ。一応そうなります」
「名を聞いても良いか? 貴公の名を」
「シオン・キサラギ。ただのドクターです」
「ドクター? ……聞いた事もない言葉だな」
「お母様。竜死病で死にそうになっていたわたしを治してくれたのも。お母様を治してくれたのも全部シオン先生のおかげなの。もう感謝してもしきれないくらいの恩があるわ」
「それほどの恩義を感じているのか……ヴァイス。お前の目を見ているだけでわかる。惚れているのだな。よい、ならば許そうヴァイス」
「え!?」
「このシオン殿に嫁ぐがよい!」
「な、なにを言っているのよ!? お母様! そんなのまだわたし達! 早いわよ! 」
早いとか遅いとか、そういう問題でしょうか。
「だ、だめですっ! だめですっ! 絶対だめですっ!」
ユエルがしゃしゃりでていた。
「なんだこの獣娘は」
「いくらヴァイスさんでもそれは、それだけは絶対認められませーーーーーーーーーーーーーーーん!」
ユエルの叫び声は森に響き渡るほどのものであった。
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