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獣人の国に出向くことに
しおりを挟むグウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
ウォーウルフはうなり声をあげる。そして兵士にとびかかった。
「ぐわっ!」
飛びつかれた兵士は悲鳴をあげる。見たところ普通の人間ではなかった。獣人のようだ。獣人は身体能力が高い反面、あまり装備が整っていない様子。生身に武骨な剣を持っているだけだ。
「くそっ! こいつ等!」
獣人の兵士達は必死に馬車を守っていた。どうやら余程重要な人物達が乗っている様子。
「やれやれ」
私は溜息をした。
「手術(オペ)を開始しましょうか」
「あ、あんたは……一体」
「見たこともないよう恰好だな。真っ白い。とても闘えそうな奴には見えない! 命を捨てるだけだぞ!」
「下がっていてください」
医者(ドクター)を治すだけの職業だと思わないで欲しいものです。治す事が得意なら、生物をどう壊すと効率的かも熟知しているもの。
ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
「執刀(メス)」
私は固有スキル『ドクター』を発動させる。手に現れたのは執刀(メス)だ。本来は医療用に使う刃物ではあるが、こうやって戦闘用でも使う事ができる。
「診察(スキャン)」
私は本来医療用に使う診察(スキャン)を発動させる。病気の特定などはもっと直接的に診察をしなければならないが、大まかな相手の情報なら視覚だけでも問題はない。
「ん?」
私は診察(スキャン)を使っている最中、ある事に気づいた。
ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
ウォーウルフは襲い掛かってきた。牙をメスで受け止める。甲高い音が響いた。
私はそれに気づいた。一匹のウォーウルフが傷つき、弱っているという事に。他のウォーウルフはそれを守ろうとして、獣人達に敵対行動をとったのだ。
一種の防衛行動の結果である。
「怖がらないで。ほら。私に傷を見せてください」
「ぐううう……」
私は弱っているウォーウルフをスキル【ドクター】で一瞬で治療してみせた。歩けないくらいまで衰弱していたウォーウルフは瞬く間に元気になり、普段と同じように歩き始めた。
それを見て、周囲のウォーウルフも安心した様子だった。
「ほら。もう大丈夫。気をつけて森へ帰りなさい」
ウォーウルフの群れは大人しく元の住処へ帰っていく。
「行きましたか」
「あ、あんたは……一体」
「なに。ただの一介の医者(ドクター)ですよ」
それより私は傷ついている人々を治すという本分があったのだ。
「大丈夫ですか?」
傷ついている獣人達の傷をスキル、『ドクター』で治療する。幸い外傷だけのようだ。止血すればすぐに治る。私は糸で傷口を縫い合わせ、瞬く間に治療してみせた。
「あ、ありがとうございます。あなた様のおかげで、俺達はは命を救われました」
「言い過ぎですよ。医者(ドクター)が命を救うのは当然の事です」
私は医療行為を終える。
「姫様、大丈夫ですよ」
「ええ……そうなのですか。一体、どなたが私達を助けてくれたのですか?」
馬車から出てきたのは大変美しい少女であった。獣人の少女だ。外見年齢は10代半ばといったところ。犬のような耳をした美少女。煌びやかなドレスを着ている事、兵士達の態度から直観的に高貴な存在である事が伺えた。何より彼女の雰囲気から高貴さが漂ってきたのである。
「わたし達の命を助けて頂き、誠にありがとうございます。わたしの名はユエル・ブリュンヒルデと申します。獣人の国ブリュンヒルデの王女です」
彼女は笑みを浮かべた。
「そうですか。私の名はシオン・キサラギ。医者(ドクター)です」
「ま、まあ! あなたがシオン様ですか」
私の名を聞いた瞬間、彼女の目が輝いたように見えた。
「はい」
「良かった……お会いすることができて。大変お会いしたく思っておりました」
「え?」
感情的になった彼女――ユエルは私の胸に飛び込んできた。良い匂いがした。そして、ふくよかな柔らかい感覚。この娘、見た目で思っていたよりもずっと胸があった。顔は幼いのだが、胸に限ってはそうではない。
「ご、ごめんなさい。私、いきなりこんな事して。お会いできた事が嬉しくて、つい」
「いえ。淑女に胸を貸すのは男児の本懐。決して謝られるような事ではありません」
「そうですか。それは良かったです」
ユエルは涙目ながら笑みをもらした。
「それでお会いしたかったとはどういう事ですか?」
「はい。実は獣人の国は今病に侵されているのです」
「病に?」
「流行病です。それにより我が国の獣人は苦しめられているのです。そこで私達はどんな病を治す事ができる【ドクター】という職業の方が人間の国にいると聞きつけ、馳せ参じて来たのです。シオン様、どうか我々、獣人の国に来て民をお救いください」
「それは大変でありますね。わかりました。医者(ドクター)として困っている人を見過ごすわけにはいきません。ドクターは命を救う事こそが使命ですから」
「ですが、よろしいのでしょうか? シオン様は人間です。人の国で重要な使命があるのでは?」
「実はお恥ずかしながらつい先ほど勤めていたギルドをクビになったところで途方にくれていたところなのですよ」
「ええ!! なぜ、シオン様がクビになられたのですか!?」
「なんでももっと安く使えるヒーラーでも代わりが効くから、給料泥棒のお前はいらないと役員とギルド長に散々ボロクソに言われて実に後味の悪い職場の去り方でしたよ。ろくな給料も払わず、休みも寝る暇もなく奉仕させておいて散々な扱いを受けましたよ」
「ひどい! ですが……もしかすると我々にとっては僥倖だったかもしれません。お話を聞く限りお仕事に見合う報酬も与えられていなかったご様子。今回の依頼、我々は報酬としてこれだけのものを用意いたしました」
ユエルは袋を渡す。
「中身を見ても構いませんか?」
「ええ。構いません。どうぞ」
「では」
手に持った限りは、びっしりと詰まっている印象でした。中身を見てみるとこれまたびっくり。金貨がびっしりと詰まっている様子。金貨100枚から200枚、といったところでしょうか。多額の報酬に思わず私は腰を抜かしそうになりました。
「足りなければ生涯をかけてでもシオン様に尽くすと誓います。無論私達はシオン様をそんな道具のように扱いません! 大切な国の貴賓として扱わせて頂きます!
どうでしょう? 我々とともに、獣人の国『ブリュンヒルデ』まで起こしいただけないでしょうか?」
「ええ。正直あまりの報酬の多さと扱いに遠慮を覚えますが、構いません。伺います」
「本当ですか!! ありがとうございます! シオン様!! 我が獣人の国に来てくれるという事で、私、嬉しくて。きっと――」
感激のあまり、涙目でユエルは私の手を握ってくる。
「母も喜びます」
「母?」
「母もまたその流行病にかかっているのです。日に日に弱っていく母の命はもう長くはないのかもしれません」
ユエルは表情を曇らせる。実態を見ているわけではないので様子はわからないが、どうやら深刻そうであった。そうまで獣人の国では病に苦しめられているという事なのか。
「尚更放ってはおけません。行きましょう。早速獣人の国へ」
「はい。よろしくお願いします! シオン様!」
こうして私はユエルの乗っていた馬車へ乗り込む。獣人の国へ出向く事になったのである。
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