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三章 ミッドサマー・デスマッチ

「さて、そろそろ種明かしといこうか」

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「こうして戦うのなんて、いつぶりだろうな」
「演習以来でしょうね。もっとも、本当の殺し合いは初めてですが」

 真夏の太陽光が降り注ぐ中で、アッシュとレオンは汗の滲む背中を合わせて言う。レオンはどこか楽しそうに笑っていた。
 二人は既に何度もバルタ人の攻撃を受け流していたが、真夏の暑さも加わり体力が着実に削られていた。
 そんな息を整える暇もない状況で、今度は前方から大木が物凄い勢いで飛んでくる。レオンがそれを硬化した両腕で受け止めるが、間もなく飛び出してきた大柄なバルタ人がアッシュ目掛けて拳を振り下ろしてきた。

「ガン」

 攻撃を受ける寸前のところでかわし、背後から手をかざす。バルタ人は痙攣しながら倒れた。

「くそっ、またそれ……か!」

 顔だけこちらに向けて怒号を飛ばすバルタ人を、アッシュは冷たく見下ろす。

「同じ手に引っかかる方が問題ですよ」

 クイと眼鏡をあげると、レンズが太陽光を反射する。まだ痙攣しているバルタ人は益々血が上っているように見えた。

「篤志、もう一匹来るぞ」

 大木を処理したレオンがゴキゴキと指を鳴らし前に出る。見ると、倒れているバルタ人よりも一回り大きなバルタ人がゆっくりと近付いていた。その雰囲気はどこかの鬼教官に酷似している。

「弟に随分よろしくしてくれたようだな」
「いやいや、それほどでも」
「俺らのタッグにこれだけついてこられるヤツも珍しいぜ。
 俺は長男イーバ。そっちの弟は次男のサンタだ。がっちりのあんちゃん、名前は」
「レオン・ハルベルトだ」
「そうか。覚えておこう」

 そう言って、イーバと名乗ったバルタ人は尻尾を振りかぶる。レオンは体を硬化させて攻撃を受けるが、硬い鱗の生える尻尾から繰り出される攻撃は重く、ダメージが蓄積していく。

「お前は攻撃してこないのか」
「俺の専門は防御なんでね」
「ぬるいな。防御だけでどうやって勝とうとしているんだ」
「なめてもらっちゃ困るぜ」

 ニヤリとしたレオンは、腹部にめりこむ尻尾を両手で捕まえる。その横からすかさずアッシュが仕掛けた。

「シン」
「うっ⁉︎ 貴様っレンズの方の……! いつの間に」

 イーバの顔がみるみるうちに蒼くなっていく。呼吸も荒くなり、全身に毒素が巡っていくのが客観視できた。

「僕はいやらしい攻撃が専門です。存分に苦しんでもらいますよ」
「がはっ、おのれ……!」

 ふらつきながら振るわれる拳を簡単にかわすと、イーバはそのまま倒れ込む。そこそこ強力な毒を盛ったため、全力での攻撃は暫く出来ないだろう。
 倒れているバルタ人兄弟を見下ろし、レオンは言った。

「さて、コイツらどうする? 殴って気絶でもさせとけばいいか」
「それが無難でしょう。動けないうちにやっておきま……おや」

 太い尻尾が足元を掠める。見ると、痙攣していた弟の方が立ち上がろうとしていた。
 さすが、地球に送られてくるだけのことはある。身体が丈夫なのか、根性が立派なのか。何れにせよ油断は出来ない。

「俺たちのことなめやがって……」

 覚束ない足取りでこちらに近付くと、鋭い爪を立ててくる。何度もよろめくが、諦める気配はない。それどころか、徐々に動きが早くなっているようだ。

「さすがに効果切れですね」

 ガンで与える痺れは一時的なものだ。ものの数分で元通りになるため、その間に決着をつけるのが王道だった。
 今回は二人を相手にしているため、なかなかそうもいかないのだが。

 アッシュは腹部に飛んできた尻尾を避けて、次の手を考える。
 自分達はソフィアやサンのように直接攻撃を出来るわけではない。拳を振り回すこの兄弟を、どうしたら生かしたまま捕縛出来るだろうか。

「篤志、油断するなよ」
「やれやれ、向こうももう動き出しましたか」

 背後でレオンが何かを弾きながら言う。どうやら兄の方も既に動けるようだ。なんてタフな戦士なのだろう。

「とにかく攻撃をなるべく防いでください。その間に僕がなんとか」

 言いかけた時、突然正面に現れたサンタに頬を殴られる。それまで姿は全く見えなかった。一体どうやって。
 また直ぐに消えたサンタの姿を探す。気配はあるが何処にも見当たらない。身体を透明化することでも出来るのだろうか。

「篤志、下だ!」
「もう遅い!」

 うごめく影から飛び出てきたサンタに、今度は尻尾で身体を幾度も叩かれる。レオンがギリギリのところで硬化してくれたためダメージは抑えられたが、それでも身体がよろめく。

「影打ち、ですか」

 そういえば、受け止めた大木から出てきた時もいきなりだった。あの時も影に潜んでいたのだろう。
 拳を振るうだけの脳筋兄弟と思っていたが、訂正しなくてはならないようだ。周りは拓けているものの、所々に大木が生えている。その影から出入りされると厄介だ。
 影の位置を確認しつつ、アッシュは地面に両手を当てる。

「何度も同じ手はくらわねぇ!」

 その直後、再びサンタが影から飛び出てくる。それを見越していたように、アッシュは振るわれた拳を両手で受け止めた。そこからすかさずガンを放つ。

「ぐぅぅっ! くっ、そぉお‼︎」

 直撃を受けたサンタの身体が痙攣する。しかし今回ばかりは倒れることはなかった。歯を食いしばり、空いている方の拳を振り上げた。

「がっ……!」

 思い切り頬を殴られ、視界がぐるりと回るのと同時に眼鏡が飛んでゆく。口の中には鉄のような味が広がった。
 手をついてゆらりと顔を上げる。目の前には同じように膝をつくサンタがいた。それを確認すると、急に頭痛が襲ってきた。

「篤志!」

 イーバを振り切ったレオンが走り寄る。その手にはアッシュの眼鏡が握られていた。彼は眼鏡を渡そうとするが、アッシュは頭を押さえながらそれを突き放す。

「いいから早く掛けろ。でないとお前」
「必要ない」

 ゆっくりと顔を上げたアッシュの紺色の目は鋭く光り、サンタの顔を無言で見つめる。
 まずい。そう思ってレオンが一歩踏み出した時には既に遅かった。
 太い尻尾が宙を舞うと同時に叫び声が響く。

「がああぁぁっ‼︎」
「なっ……⁉︎ 一体何が」
「動くな」

 アッシュから低く冷たいトーンで一言だけ放たれる。バルタ人は状況がうまく飲み込めていないようだ。

「今少しでも動くと動かしたところが吹っ飛ぶぞ。死にたくないなら動くな」
「はっ、武器なんて持たないお前にどうやって殺され……っああ⁉︎」

 イーバが言いながら腕を動かしてみせると、そこから血飛沫があがる。まるで何かに切られるような感覚だった。

「自分の身に何が起きているのかまだ分からないようだな。それなら教えてやろう」

 アッシュが腕を上げると、イーバ、サンタの両者が万歳をする格好となる。二人は目を見開いた。

「体が勝手に……⁉︎」
「どうなっているんだ!」

 必死に抵抗しようとするが、自分の意思とは裏腹に身体が動かされる。二人は兄弟で殴り合いになっていた。

「殴り合いとは、喧嘩でもしたのか?」
「くそ、お前がさせているんだろう!」

 冷笑しながらアッシュは指を動かし続ける。そこに普段の彼の温厚な姿は見られず、喋り方も別人のようだった。
 レオンはそれをすぐ傍で見つめていた。手にはアッシュの眼鏡が握られている。

「さて、そろそろ種明かしといこうか」

 徐々にその正体が見えてくる。二人の身体には糸のような細いものが巻き付けられており、それは全てアッシュの身体に繋がっていた。
 バルタ人はそれをなんとか外そうととするが、複雑に絡みついており外すことができない。

「ただの糸に俺達がこんな」
「ただの糸? はは、そんなもので身体を切り刻めるわけないだろう。これは鋼糸こうし。簡単に言えば糸状の刀で、れっきとした俺の武器だ」

 徐ろに糸を引くと、二人の全身から血が染み出し、糸を伝って地面を赤く染める。

「ぐあ……!」
「さ、死ぬ前に降参するんだな」

 首に糸を巻き、二人に選択を迫る。イーバは強く睨んでいた。

「降参なんてする訳ないだろう! それならこのまま殺せ!」
「そうか。では望み通りにしてやろう」
「待て、篤志」

 糸を引く寸前でレオンがその手を掴む。アッシュはレオンを冷たい目で見つめた。

「リーダーの命令、忘れたのか」
「まさか」
「なら何をすべきか分かるだろ」
「心配性だな。俺は昔みたいな馬鹿はやらねえよ」

 鼻で笑うと、レオンの手から乱暴に眼鏡を取り雑に掛ける。

「バク」

 そして糸を掴んだまま一言だけ言う。
 バルタ人兄弟はまるで催眠術をかけられたかのように眠りについた。しかしその顔は苦痛に歪み、脂汗をかいている。

「これで半日は悪夢の中でしょう。目が覚めても待っているのは悪夢ですけどね」
「違いねーや」

 アッシュの胸をトンと叩き、レオンは陽気に笑った。しかし直ぐに大きく息を吐く。

「お前、心配させんなよ」
「すみません。まだ完全にコントロール出来ないもので」
「頼むぞ本当」
「いざという時は思い切り殴ってください」
「ああ」

 眼鏡の位置を直すと、肩に硬い腕が置かれる。レオンの気疲れがその重みから伝わってくるようだった。

 アッシュは、時々唸りながら寝汗をかく二人を見下ろす。
 本当は綱糸を使う予定はなかった。まだ不完全な自分のこの力は表沙汰にしない方がいい。だからリマナセでも隠しながらこれまできた。それなのに。
 ……自分はいつも、詰めが甘いな。

「やっぱり一発殴ってくれませんか」
「眼鏡吹っ飛ばない程度なら」
「はい。お願いします」

 レオンの方を向くと直ぐにパンチが飛んでくる。
 痛い。とても痛い。せめて先程バルタ人に殴られた側とは反対にしてほしかった。頬が腫れている気がする。

「男前になったでしょうか」
「こりゃ後で俺がソフィアに殴られるな」
「それは困りましたね。
 ……ありがとうございました」

 痛みはあるが、精神的に少しスッキリした。これからまた、気をつけていけばいいだけの話だ。
 まぁ、何処かの誰かさんからは尋問されそうだが。

 アッシュは、レオンに引きずられるバルタ人兄弟を眺める。
 今回は少人数だったためどうにか対処出来たが、今後は分からない。この兄弟からの連絡が途絶えたことで、他のバルタ人が動き出す可能性もある。面倒なことが起きなければいいが。

 時計を見ると、既に十三時を回っていた。昼食も取らずにいた為、レオン辺りは腹を空かせているだろう。
 遠くではキースが手を振っていた。そういえば、彼にもらった補助魔法が胸に残ったままだ。使用しないのも悪いだろうか。

「異星人に効果があるのか実験してみましょう」

 引きずられている弟の方に手をかざす。切断した尻尾部分が光り、鱗のない短い物体が生えてきた。同時に胸の温かさも消える。実験は成功と言えるだろう。

「何してんだよ」
「ああ、今行きます」

 レオンに促され歩き出す。
 頭上には太陽が眩しいくらい輝いていた。腫れて痛む頬に真夏の暑さが追い討ちをかけてくる。しかし、吹き抜ける風はとても心地良い。

 アッシュは何も考えず、その僅かな癒しを堪能した。
 静かになった山頂に響き出した、蝉の合唱を聴きながら。
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