明星のシンデレラ

ずんだ千代子

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明星のシンデレラ

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 彼女と会うときは決まって夜だけだった。それが彼女と付き合う際の条件だったからだ。
 何故なのか、と聞いたことはある。すると返ってくるのはいつも「紫外線アレルギーが酷くて外に出られないからよ」という定型文だった。

 けれど、それ以外はごく普通のカップルだった。
 普通に食事をし、ショッピングをし、手を繋いで、キスもして。もちろん、その先まで。
 俺はそれだけで十分だった。限られた時間を惜しみなく彼女の為に捧げて、彼女のとびきりの笑顔を噛みしめる。これ以上の幸せなどあるだろうか。

 俺は出来ればこの先も彼女と、と思っていた。
 もう付き合って三年になる。彼女もきっと同じように思ってくれているだろう。
 俺は疑うことなく、そう信じていた。

 ……信じていた、のに。

「ごめんなさい、信矢しんやさん。私、これ以上は貴方と一緒にいられないの」

 午前四時。彼女は柔らかな感触と涙を残して、俺の前から姿を消してしまった。


【明星のシンデレラ】


 彼女と初めて出会ったのは四年前の冬だった。
 天体観測が趣味の俺は、その日ふたご座流星群を見るために一人でとある田舎の山奥に来ていた。
 始めは周囲に誰もおらず、一人で次々と流れる星を楽しんでいた。
 しかししばらくして気配を感じた俺が横を見ると、薄いワンピース姿で空を見上げる女性がいた。
 冬の夜中にワンピース一枚という如何にも凍えそうな格好に、俺は思わず声を掛けた。するとその女性は言ったのだ。そんなに私の格好はおかしいの? と。

 それからその女性、日生ひなせひかりとは連絡を取り合うようになった。
 フリーのプログラマーをしており、家で自由な時間に仕事をしていること。星を見ることが好きで、夜に自宅の屋上に出てはそこで寝転びながらアイディアを練ること。そして、今までの人生で男性関係どころか友人を作ったこともほとんどないこと。光とのやり取りの中で、それらを知ることができた。
 星を見ることが好き、という共通点を持つ俺たちは、すぐに距離を詰めていった。時間の都合をつけ易い光は、ごく普通のサラリーマンである俺の退勤に合わせて予定を組んでくれた。
 街で待ち合わせた俺たちは、食事をし、その足で山や海に行っては星を見上げた。星を見ながら話すのは、いつも決まって星座の神話や宇宙の真理などだった。
 光との会話はとても楽しかった。光はいつも俺の話を笑顔で聞いてくれた。こんなに気兼ねなく話せる相手は初めてだった。そんな光に、俺が惹かれるのは必然だった。


 ☆☆☆


「俺の彼女になってくれませんか」

 出会って一年経った頃。この日も俺たちは、二人が出会った場所でふたご座流星群を見ていた。
 俺はこの日に告白するつもりでいた。なんとなく、光に断られる気はしなかった。それだけ俺たちの距離は既に縮まっていたのだ。
 案の定、光は告白を受け入れてくれた。しかしそれには、条件が一つだけついていた。

「私と会うのは星が見えているうちだけ。それでもいい?」

 俺は当然これを受け入れた。今までも昼に会ったことはなく、特段それに不自由を感じていなかったからだ。
 ただやはり疑問だった。わざわざそんな条件を設けなければならない理由が思い当たらなかったから。
 そんな俺に彼女は言った。

「私ね、紫外線アレルギーがあるからお日様の下には出られないの」


 ☆☆☆


 それからも俺たちは今まで通りのデートを重ねていった。ただ異なることと言えば、星を見た帰りに俺の部屋に来るようになったことだ。
 光は俺に手料理を振る舞ってくれた。光の作るものはいつも美味しく、特にキラキラと輝くコンソメスープは俺の大好物になった。人参や大根を必ず星型にくり抜いて調理するチャーミングなところも、可愛らしくて好きだった。

 初めてのキスは、付き合い出して一年経った頃だった。
 星降る夜に、車内で、どちらからともなくそっと唇を重ねた。
 その時の顔は今でもはっきりと覚えている。いつものような大人びた雰囲気ではなく、イタズラをした子供のような、可愛らしい顔だった。

 光の熱を初めて感じたのは、それから間もなくだった。
 何度も何度も求めては求められ、互いの熱を直に感じて。
 どれほどの喜びだっただろう。あれほど幸せを感じたことは今までなかった。自分の全てを捧げてもいい。そう思えたのは、光が初めてだった。

 しかし彼女はいつも、朝が来る前に姿を消してしまっていた。また明日ね、と帰ることもあれば、起きたらいつの間にかいなくなっていることもしばしばあった。
 付き合う時の条件だから仕方ない、と割り切ってはいたものの、朝を共に迎えることが出来ない寂しさは募るばかりだった。


 ☆☆☆


「シンデレラって、素敵な話だけどちょっと可哀想よね」

 いつだったか、光がそんなことを言ってきたことがあった。

「どうしてそう思うの?」
「だって、零時を過ぎたら自分の意思に関係なく魔法が解けてしまうのよ。王子様との楽しい時間は永遠には続かないの。だから可哀想だなって」

 そう言う光の顔はどこか悲しそうだった。
 零時までに帰らなければならないシンデレラと、日が昇るまでに帰らなければならない光。境遇が似ているため、自分と重ね合わせていたのだろう。
 俺は言葉を返すことが出来なかった。俺には光のアレルギーを治すことは出来ない。太陽の下に光を連れ出すことが出来たなら、俺は王子様になれるだろうに。

「でも、シンデレラは最後は王子様と結婚出来るのよ。それまでの過程なんて忘れちゃうくらい幸せになれるの。ちょっと嫉妬しちゃう」

 苦笑しながら溜息をつく光を、俺は無言で強く抱き締めた。今はただ、そうするのが一番いいと思ったから。

「ごめんね。私が変なこと言ったから、何か考えちゃったよね」
「俺のことは気にしなくていい。……ただ、辛い時は俺の胸くらいは貸せるからさ」
「ほら、やっぱり考えちゃってるじゃない。どうせなら、もっと大きくて柔らかい胸がいいんだけどね。信矢さんのじゃ硬すぎるよ」

 文句を言いながらも、光は俺の貧相な胸に顔を埋めた。

「でもね、信矢さんの心臓、一所懸命に脈打ってて、私この音とっても好きよ。
 ……こんな体質でごめんなさい。でも、ありがとう」

 その時俺は初めて、光の涙を見た。
 それの本当の意味もまだ知らない俺は、ただただその小さな身体を包み込むことしか出来なかった。


 ☆☆☆


「ごめんなさい、信矢さん。私、これ以上は貴方と一緒にいられないの」

 出会ってから四年、付き合ってから三年が経ったあの日。出会ったあの場所で、星が降り注ぐ中、俺は跪いたまま固まっていた。
 暗くてよく見えなかったが、あの時の光はとても悲しそうで、寂しそうで、それでいてとても壊れそうだった。

「なん、で……。君は俺のこと、嫌いになったの? 俺といるの、もう辛くなったの……?」

 震える声を振り絞って俺はそう言った。
 信じられなかった。今まであんなに楽しそうにしてたのに、あんなに笑いかけてくれていたのに、まさか断られるなんて。
 箱の中にあるダイヤモンドが、月の光を反射してキラキラと輝いていた。

「嫌いになんてなれる訳ない! 好き。今までも、これからも、信矢さんのこと大好きよ。
 でもね、だからこそ、私は貴方とはいられない。貴方のこと、傷付けたくないから」

 光は感情を抑えるかのように強く拳を握っていた。それでも彼女の頬には涙が伝った。

「俺は何があっても君の側にいるよ! 君がいなくなる方がよっぽど辛い!」

 俺は全力で光に訴えかけた。
 どうして君は全て一人で抱え込もうとするのか。俺は君の弱いところも病気も全て、受け入れていきたいのに。
 そんなに俺は頼りなく見えているのか。

「俺を傷付けるのが怖いのか? 人は誰しも、何らかの形で何度も人を傷付ける。俺だって例外ではない。
 けれどそれを恐れることはないよ。俺は傷付けられたくらいで君を離したりしない」
「そんなの建前! 人はいくらでも嘘をつけるのよ」
「光には、俺がそんな風に映っているんだな」
「っ、そんな訳じゃ……」

 光の目に動揺の色が伺えた。
 おそらく、これまでの人生の中で人から蔑まれたり疎まれたりしたことがあったのだろう。だからこんなにも、誰かと一緒になることに臆病になっている。
 けれど俺は、そんなところも含めて君と二人で歩んでいきたいと思っているんだ。だから。

「……本当に、信矢さんは私の側にいてくれるの? 何があっても。例え私が、何者であったとしても」
「もちろんだ! 俺は死ぬまでずっと、君の側に居続ける!」

 光が俯く。目を閉じてジッと何かを考えているようだ。その沈黙が、俺には永遠のように感じた。

「信矢さん。私、貴方の言葉を信じてみる」
「っ! じゃあ」

 ニコッと光は微笑んだ。
 満天の星空をバックにし、両手を広げて返事をする。

「だから、昼間の私を見つけてみて。それが出来たら合格。私もずっと、貴方の側に居続けるわ」

 一際大きな星が、夜空を横切った。
 光のその時の表情は、今までで一番綺麗だった。

「これは私がここにいるという証。貴方が私を見つけるための、唯一の手掛かりよ」

 そう言って、小さなダイヤモンドが輝く指輪を薬指にはめた。
 光はそれを愛おしそうに眺めると、ぎゅっとその手を抱き締める。

「必ず見つけるよ。必ず君を迎えに行く。
 そしたらもう一度、君に結婚を申し込むよ。だから、光」
「えぇ。いつまでも待ってるわ。貴方がどんなに年老いても、ずっと、ずーっと」

 誰もいない暗い丘の上で、無数に降り注ぐ星の下、俺たちは長い長いキスをした。次にいつ触れられるか分からない光の感触を、いつまでも忘れないように。

 唇を離してゆっくり目を開けると、そこにもう光はいなかった。
 こうして光は、静かに俺の目の前から消えてしまったのだった。


 ☆☆☆


 それから俺は毎日のように光を探した。
 光といつも待ち合わせていた駅前を通勤前に歩いたり、営業で外回りをしながら彼女の取引先の会社周辺を歩いたり。休日には、光が好きだったプラネタリウムに通った。
 いつか何処かで光とすれ違えると、そう信じて。

 しかし、半年経っても光の気配は全く感じられなかった。
 本当に光は存在するのかと思い、光の仕事受託サイトを何度も確認した。けれど、更新は不定期ながらもきちんとされていた。

 次に俺は皮膚科をあたることにした。
 光は紫外線アレルギーだと言っていた。ということは、抗アレルギー薬を飲んでいる可能性がある。通っている皮膚科が分かればそこで会えるのではないか。
 そう思った俺は問い合わせた。しかし、医療機関は個人情報の保護には特に厳しく、その名前の患者が存在するか否かということさえ教えてはくれなかった。
 それならば、自分が医療者になればいいと思った。
 俺は三ヶ月かけて医療事務の資格を取り、土曜日のみの派遣型アルバイトを始めた。そして皮膚科を持つ病院を渡り歩き、光の名前を検索し続けた。近医がダメなら二三区内、東京都内と、順に範囲を広げながら。
 結局、どこに行っても日生光の名前が検索にヒットすることはなかったのだが。

 それでも諦めずに俺は光を探し続けた。いつもの駅前を歩き、プラネタリウムに通って、光のサイトを確認するという作業を、ほぼ毎日繰り返した。

 そうこうしている内にいつの間にか十数年が経ち、俺は四五歳という程よいおっさんになっていた。
 親しい人や兄弟は次々と結婚し、親になっていったが、俺にはそんなことを気にしている暇はなかった。
 親ももう、結婚しろとは言わなくなっていた。


 ☆☆☆


 そして休日の今日もまた、プラネタリウムに足を運ぶ……予定だった。しかし中学生の姪の我儘で、今俺は何故か一緒に書店に来ていた。

「まだ読書感想文なんてもの書かされているのか」

 俺は本と睨めっこしている姪の背中を眺めながら独りごちる。
 周囲を見渡すと、夏休みだからか家族連れが多かった。側から見れば俺たちも親子に見えるだろう。

「うーん。迷うなぁ」
「学校指定の本もあるだろう。それでいいんじゃないか」

 悩んでいる姪にアドバイスを送る。しかし姪は納得していないようだった。
 仕方ないので俺も周囲の本を見てみる。新刊、話題の本のコーナーを見ていると、一つ目に留まる本があった。

「あ、これ読んだよ」

 手に取って表紙の星空を見ていると、姪が寄ってきて言った。

「知ってるのか」
「特に女の子の間で話題になっている小説だよ。人間の男の人と、星の子っていう夜しか姿が見えない女の人の、切ないラブストーリーなんだ」
「夜しか見えない……?」

 その一言を聞いて、思わず俺は書かれた文字を確認した。
 明星のシンデレラ。作者、星ひかる。
 まるで雷に打たれたかのような衝撃が身体中を駆け巡る。

「この話の最後はどうなるんだ……?」
「信矢おじさん、恋愛モノに興味あるの? 似合わなーい」
「いいから」

 急かすように言うと、姪はやや怪しみながらも説明し出す。

「んー、えっとね、男の人の迎えに行くって言葉を信じて星の子はずっと待っているけど、全然迎えに来ないの。それで、結局男の人はお爺さんになって死んじゃうんだけど、星の子はその彼のことを忘れられなくて。それで、流れ星に頼んで自分を人間から元の星の姿に戻してもらって、彼のお墓の中で一緒に永遠の眠りにつく。確かそんな結末だったよ」
「そうか……」

 ファンタジックな要素が強く、俺は最初信じられないでいた。
 だって、そんなこと有り得るだろうか。もしそうだとしたら、光は。

 しかしそんな考えとは裏腹に、光が言っていた言葉がやけに頭の中で大きくなっていく。

 例え私が、何者であったとしても──……

「この本、家にあるか?」
「うん、部屋に置いてある」
「今すぐ帰ろう。それで、帰ったらこの本すぐに貸してくれ」
「え? でも私まだ課題の本選んでないよ」
「俺が感想文くらい書いてやるから」
「やった! さっすがおじさん、話が分かる~!」

 激しく脈打つ心臓を抑えながら、俺は直ぐに姪の家へと車を走らせた。


 ★★★


 中に入ると、既に上映が始まっていた。上を見上げると無数の点が散りばめられており、女性の案内の元で点と点が徐々に繋がっていく様子が映し出されていた。
 俺は暗い足元を目を凝らしながら確認し、席を探す。幸いほとんど人はおらず、人にぶつかることなく中央の席に辿り着くことができた。

「あの、ここ空いてますか?」
「はい、空いていますよ。どうぞ」

 先客に確認をし、俺は席に着く。

 大自然の中で見る星には敵わないが、プラネタリウムで見る星もまた綺麗だ。星座の形や神話を紹介してくれるのも、機械ならではの魅力だと思う。
 そんなプラネタリウムで、光はいつも中央の席に座った。三六〇度星を堪能できるその席は特等席だと、いつも言っていた。ここが空いてなければわざわざ次の時間まで待つくらい、この席が光のお気に入りだった。
 それと、光はこの売店に売っている炭酸ゼリーの飲み物が好きだった。理由は確か、キラキラしているから、だった。プラネタリウムを眺めながらそれを飲むのが、光の黄金パターンだったのを覚えている。

「皆さん、お忘れ物のないよう──」

 上映が終わり、最後のアナウンスが流れ出す。既に館内には明かりが灯っていた。
 まばらだった客が次々と出ていく。しかし俺は動かなかった。ここからが本当の目的だからだ。


「随分探したよ」

 誰もいない館内に、俺の声が響く。

「探している内に、こんなに年取っちゃったよ。出会った頃はまだ二〇代だったのに」

 笑う俺に、返してくれる人はいない。

「でも良かった。生きている内に君を見つけられて。だってもしかしたら、君の小説の通りになっていたかもしれないだろう」

 俺は鞄から一冊の本を取り出す。
 決してハッピーエンドとは言えない、今最も話題の恋愛小説。
 明星のシンデレラ。作者、星ひかる。

「これを読んで全て理解したよ。君がアレルギーじゃないことも、君がこれまでどんな人生を歩んできたのかも。……君の正体も、全て」

 ここには彼女の全てが書かれていた。
 夜しか可視化出来ないという星の子は、何億光年という途方もない時間を旅しているということ。その中で人間からたくさんの誹謗中傷、罵詈雑言を受けてきたこと。
 俺と出会ってから失踪するまでの経緯。彼女の心情。そして、やがて訪れるであろう結末。
 何から何まで、本当に全てがこの一冊にきれいにまとめ上げられていた。

「読んでいて少し恥ずかしかったよ。だって俺たちの出会いとかデートの内容、プロポーズの時のことがたくさんの人に知られたんだから。ま、これが実話だなんて思う人、俺以外にいないと思うけどね」

 俺はその本をパラパラとめくりながら話す。人の姿のない館内に話し声が響くのも気にせずに。

「でも、君の気持ちを知ることが出来て良かった。君がずっと待ってくれていたこと、そしてこんな形でヒントをくれたこと。とても嬉しく思う」

 パタンと本を閉じて目をつむる。
 ここに辿り着くまで、随分回り道をしてしまった。彼女はずっと、ここで一緒に星空を見ていてくれたのに。見えないというだけで、彼女の存在に気付いてあげられなかったなんて。俺もまだまだ、彼女のことを理解し切っていないようだ。

 けれど、ようやく見つけ出した。これで、彼女の描いた結末をひっくり返すことができる。

 俺の隣の席。このプラネタリウムのちょうど真ん中の席に向かって、徐に俺は跪く。

「言ったよね、必ず君を迎えに行くって。その時はもう一度君に結婚を申し込むって、さ」

 何もない肘掛に手を伸ばす。そこにはあの時渡したダイヤモンドの指輪が輝いていた。
 俺はそれを両手でそっと包み込む。温かくて柔らかな感触がそこにはあった。

「日生光さん。俺と結婚してください」

 これまでの想いと決意を込めて、俺ははっきりと伝えた。
 指輪を包む手に、温かな雫が落ちる。

「本当に、見つけてくれたんだね」

 長かった静寂が打ち破られる。

「約束だから」
「思ったよりずっと早かったよ。もっとヨボヨボのおじいさんになってからって思ってたから」
「いや、随分待たせてしまったよ。もっと早く見つけられれば格好よかったんだけどね」
「そんなのいいよ。貴方さえいてくれれば、格好なんてどうでも」

 次々と雫が落ちてきて、目の前から嗚咽が聞こえてくる。
 ああ。時間は経っても、君の意外と泣き虫なところは変わらないんだね。
 指輪しか見えないけれど、目の前に確かに存在するその人に、今までにないくらいの愛おしさを感じた。

「私が人間じゃないって、ちゃんと理解してる?」
「ああ」
「それでもプロポーズし直すなんて、信矢さんは本当にバカね。私は貴方の子供を産むことも、一緒に老いていくことも出来ない。……看取ることしか出来ないのよ」
「それでも俺は君を選ぶよ。君じゃなきゃダメなんだ」

 ありったけの想いをぶつけていく。それでも足りなかった。君にはもっともっと、伝えたいことがたくさんあるんだ。

「それに、死ぬまで若くて綺麗なままの女性と一緒にいられるなんてなかなか無いよ。俺って幸運だね」
「何を言っているのよ。バカね。本当、信矢さんってバカ……」

 バカと言いながらも泣きじゃくる光に、手を伸ばす。そして涙が流れる頬を両手で包むと、そこに顔を近づけていく。

「ねぇ、俺は君との約束を果たしたよ。光も約束、忘れていないよね」
「もちろん。忘れたことなんて一度もないわ」

 光の手が、髪の毛が、俺の頬に触れる。

「ずっと、貴方の側に居続けます」

 コツンと額を合わせると、光はふふっと笑う。
 そして俺たちは、永遠を誓い合うように、長い口づけを交わした。

 あの時から長い時は経ってしまったけれど。あの時のようなロマンチックなシチュエーションではないけれど。
 それでも俺と光は今、世界中の誰よりも幸せだと心から思える。
 だって、そうでなきゃ説明がつかないだろう。


 あの時と変わらない姿の、満天の星空のような笑みを浮かべた彼女が、確かに俺には見えているのだから。
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