31 / 33
第一章 その魔女はコーンスープが苦手
告白
しおりを挟む
日もすっかり暮れて、夜と称して問題ない時間となった頃。
雲は綺麗さっぱり消え失せて、澄んだ空には無数の星が散らばっていた。
夏の眠れない夜なんかはこうして空を見上げて時間をつぶしたこともあったな。なんて懐かしむ。
「そろそろだね。山の向こう側が光ってる」
白竜の巡回ルートとここの地形的に、白竜は山に遮られてしまう。
だが姿こそ見えずとも、白竜の放つ魔力光はここまで届いた。
「願い事とかするの?」
二人ならんで揺り椅子に腰掛けながら、じっと空を眺めていると、ラトナがそんなことを言う。
「願い、というか誓いかな」
「誓いかぁ……。私も準備しとこうかな」
ポケットに入れた、リングの入った箱をそっと撫でて答える。一度目を合わせた後、空を光が走った。
白竜は、ゆっくりと山影から顔を出す。
流石に鱗やら模様やらは窺えないが、それでもその力強い眼光と精巧な顔つきは良く見て取れた。
大きな緑の光をひいて、滑るように夜空を泳いで、白竜は世界を見下ろした。
「ハル……あのさ」
静寂の中、ラトナが呟く。
「なに?」
月と白竜に照らされて、ぼんやりと見える彼女の表情はとても穏やかで。
「私ね、最近すごく幸せなの」
視線はずっと、まっすぐに白竜へと向けながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「ずっと欲しかった友達もできて、私の力も認めてくれて、少しずつだけど、魔力の制御もできるようになってきていて……」
「白竜の下で立てた約束は破られない……なんて噂、聞いたことあるよね?」
さもこれから約束を取り決めますとでもいうかのように、彼女は両の手を組み合わせてその場で立ち上がり、祈りをささげるシスターのように目をつむる。
「私、これからも頑張るよ。いつか絶対、ハルと一緒に冒険できるように……。そしていつか、私の夢がかなうように」
「夢?」
「そうだよ。最近できた、秘密の夢。私だけの大切な夢……。だからさ」
目を開けて、視線をこちらへ向けた彼女は、微かに笑顔を浮かべる。
「だからずっと、隣に居てね?」
さわさわと頬を撫でていた風が、ピタリと止まった。
それは俺の感覚が勝手に錯覚しただけかもしれない。けれども自分だけ世界から切り離されたかのような静寂は確かにここにあった。
一つ唾を飲み込んで、俺は今にも震えだしそうになる口を開く。
「それは……友達としてか?」
ようやくぶつけることのできた、おそらく彼女が予期していた物とは違うであろうその返答。
それを受けて彼女は。
「どういうこと?」
と疑問符を浮かべる。
正直、この期に及んで逃げ出したがる自分の中の自分は居た。しかも、それは決して小さくない声で「まだ早い。今じゃなくてもいい」と叫び散らす。
けれども、俺は踏み出したいと思った。何より俺自身が、彼女ともっと関係を深めたいと思った。
だから……。
椅子から腰を離して地に足をつける。震えは意地で押し殺した。
「好きなんだ。友達じゃなくて、恋人として、お前の隣に居ちゃダメか……?」
動き出した足は、手は、口は止まらない。
突然の告白に唖然とする彼女の元へ近づいて、仕舞っていたリングをそっと手渡す。
「まだ知り合って少ししかたってないけどラトナが一生懸命頑張る所とか、俺の為に色々気を使ってくれたりとか……。とにかく好きなんだ! お前がホントは普通に明るい女の子だって事も知ってる。魔女の力を持ってても、まったく怖くないただの人間なんだって……」
目に見えて分かるほどに彼女は動揺を浮かべているが、そんななかでもその眼だけはしっかりと俺をとらえてくれていた。
「だからさ。これからも、恋人として隣に居させてくれないか?」
目の前に差し出したリングを、彼女は箱ごと優しく抱いて、ぽつりと呟いた。
「そっか……。またなんだね」
「また?」
「そう。私の夢。……君が勝手に叶えちゃうのは、二回目だよ」
それはどういう……。
そんな思考は、突如胸を襲った衝撃に吹き飛ばされた。
抱きつかれている。その事実を理解するのにだいぶ時間を有した。甘えたがりの猫のように、額をぐりぐりと胸部に押し当てて、彼女はくぐもった声で言う。
「私も好きって言ってるの! ずっと……ずっと一緒に居よう!」
「ああ……!もちろんだ!」
そっと優しく。でも力強く。彼女の背中に手をまわす。
「……もしかしたら、一生一人で生きてくのかなって思ってた。おばあちゃんになって、家族もいなくなった世界で、一人誰もいない家で……」
「一人になんてさせないよ」
震える彼女の頭を撫でる。
「……私を救ってくれて……本当に、ありがとう!」
嗚咽交じりにそう言って、胸の中で震えるラトナは。
空を覆う雲も蹴散らせるほどの力を持った【魔女】ではあれど。
優しくて、ひたむきで、臆病で寂しがりな……。
職業なんて関係ない。
そこにいるのは、ごくごくありふれた……一人の少女なんだ。
雲は綺麗さっぱり消え失せて、澄んだ空には無数の星が散らばっていた。
夏の眠れない夜なんかはこうして空を見上げて時間をつぶしたこともあったな。なんて懐かしむ。
「そろそろだね。山の向こう側が光ってる」
白竜の巡回ルートとここの地形的に、白竜は山に遮られてしまう。
だが姿こそ見えずとも、白竜の放つ魔力光はここまで届いた。
「願い事とかするの?」
二人ならんで揺り椅子に腰掛けながら、じっと空を眺めていると、ラトナがそんなことを言う。
「願い、というか誓いかな」
「誓いかぁ……。私も準備しとこうかな」
ポケットに入れた、リングの入った箱をそっと撫でて答える。一度目を合わせた後、空を光が走った。
白竜は、ゆっくりと山影から顔を出す。
流石に鱗やら模様やらは窺えないが、それでもその力強い眼光と精巧な顔つきは良く見て取れた。
大きな緑の光をひいて、滑るように夜空を泳いで、白竜は世界を見下ろした。
「ハル……あのさ」
静寂の中、ラトナが呟く。
「なに?」
月と白竜に照らされて、ぼんやりと見える彼女の表情はとても穏やかで。
「私ね、最近すごく幸せなの」
視線はずっと、まっすぐに白竜へと向けながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「ずっと欲しかった友達もできて、私の力も認めてくれて、少しずつだけど、魔力の制御もできるようになってきていて……」
「白竜の下で立てた約束は破られない……なんて噂、聞いたことあるよね?」
さもこれから約束を取り決めますとでもいうかのように、彼女は両の手を組み合わせてその場で立ち上がり、祈りをささげるシスターのように目をつむる。
「私、これからも頑張るよ。いつか絶対、ハルと一緒に冒険できるように……。そしていつか、私の夢がかなうように」
「夢?」
「そうだよ。最近できた、秘密の夢。私だけの大切な夢……。だからさ」
目を開けて、視線をこちらへ向けた彼女は、微かに笑顔を浮かべる。
「だからずっと、隣に居てね?」
さわさわと頬を撫でていた風が、ピタリと止まった。
それは俺の感覚が勝手に錯覚しただけかもしれない。けれども自分だけ世界から切り離されたかのような静寂は確かにここにあった。
一つ唾を飲み込んで、俺は今にも震えだしそうになる口を開く。
「それは……友達としてか?」
ようやくぶつけることのできた、おそらく彼女が予期していた物とは違うであろうその返答。
それを受けて彼女は。
「どういうこと?」
と疑問符を浮かべる。
正直、この期に及んで逃げ出したがる自分の中の自分は居た。しかも、それは決して小さくない声で「まだ早い。今じゃなくてもいい」と叫び散らす。
けれども、俺は踏み出したいと思った。何より俺自身が、彼女ともっと関係を深めたいと思った。
だから……。
椅子から腰を離して地に足をつける。震えは意地で押し殺した。
「好きなんだ。友達じゃなくて、恋人として、お前の隣に居ちゃダメか……?」
動き出した足は、手は、口は止まらない。
突然の告白に唖然とする彼女の元へ近づいて、仕舞っていたリングをそっと手渡す。
「まだ知り合って少ししかたってないけどラトナが一生懸命頑張る所とか、俺の為に色々気を使ってくれたりとか……。とにかく好きなんだ! お前がホントは普通に明るい女の子だって事も知ってる。魔女の力を持ってても、まったく怖くないただの人間なんだって……」
目に見えて分かるほどに彼女は動揺を浮かべているが、そんななかでもその眼だけはしっかりと俺をとらえてくれていた。
「だからさ。これからも、恋人として隣に居させてくれないか?」
目の前に差し出したリングを、彼女は箱ごと優しく抱いて、ぽつりと呟いた。
「そっか……。またなんだね」
「また?」
「そう。私の夢。……君が勝手に叶えちゃうのは、二回目だよ」
それはどういう……。
そんな思考は、突如胸を襲った衝撃に吹き飛ばされた。
抱きつかれている。その事実を理解するのにだいぶ時間を有した。甘えたがりの猫のように、額をぐりぐりと胸部に押し当てて、彼女はくぐもった声で言う。
「私も好きって言ってるの! ずっと……ずっと一緒に居よう!」
「ああ……!もちろんだ!」
そっと優しく。でも力強く。彼女の背中に手をまわす。
「……もしかしたら、一生一人で生きてくのかなって思ってた。おばあちゃんになって、家族もいなくなった世界で、一人誰もいない家で……」
「一人になんてさせないよ」
震える彼女の頭を撫でる。
「……私を救ってくれて……本当に、ありがとう!」
嗚咽交じりにそう言って、胸の中で震えるラトナは。
空を覆う雲も蹴散らせるほどの力を持った【魔女】ではあれど。
優しくて、ひたむきで、臆病で寂しがりな……。
職業なんて関係ない。
そこにいるのは、ごくごくありふれた……一人の少女なんだ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる