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第一章 その魔女はコーンスープが苦手
初めての訓練
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「まずは小さな干渉から。だそうだ」
魔女の城から歩いて少し、湖の横に作られた桟橋で、俺は魔女を相手に教鞭をとっていた。
「小さい干渉。わかった……」
小さい。それは俺のイメージでは【指先に火を灯す】だとか【手に砂を作り出す】だとか、そんな程度のものだった。
しかし彼女は、一つ指を振るだけで湖の色を透き通った青から、真逆ともいえる赤色に変えて見せた。
「これのどこが小さいんだ?」
と問いかけるが、この規格外の生徒はさもこれが普通だろうとでも言うかのよに涼し気に。
「だって【色】を変えるだけだよ?何かを出すより、簡単だと思うんだけど……」
変だったかな?と目で訴えかけてくる彼女から、俺は手元の書物に視線を移す。決して、逃げではない。
「えっと……。指に火って、つけれるか?」
とりあえず俺のイメージである小さな干渉をねだってみる。
というか、きっと俺のイメージは一般論として間違っていないだろう。だって本の挿絵もそんな感じだし。
「指にだけ?やってみるね」
そういって、彼女は人差し指を伸ばすと、数センチばかりの小さな炎を灯した。
それはまるで成功しているかのように見えたのだが。
油断をしたのもつかの間、その炎は何十倍にも膨れ上がり……。
気づくと俺は、空を見上げていた。
若干の倦怠感を覚えながらも起き上がると、桟橋に打ち付けそうなほどに頭を下げている魔女の姿が。
「……死んだのか?」
うん。と顔を上げた魔女は申し訳なさそうにいう。
「聞いた話だと、冒険者の中でも最上位のパーティーには、死者蘇生を行える回復術師がいるらしい」
急にそんな話をしだした俺を、彼女は不思議そうに見てくるが、俺は気にせず続ける。
「俺は、いつかそんなパーティーすら超せるようになりたいと思ってる。だから、ちょっとくらい殺したところで気にすんな。仲間になったらその何倍も生き返らせてもらうから」
俺は、自慢できるほど強くないから。そういってもう一度本を開く。幸いにも焦げ付きなどは見受けられなかった。いや、直したのか?
「なあ、これ……って、どうした!?」
真偽を確かめようと彼女を見れば、魔女は静かに泣いていた。
瞼をうっすらと濡らすほどの微かな涙ではあったが、手を触れられるほど近くにいることもあり、気づかないふりはできなかった。
だが恋愛経験どころか女友達すらろくにいたことのない俺にとっては、泣いている女性への対応が
てんで分からない。幼馴染はむしろ泣かせて来るような奴だったしな。
そんなこんなで慌てる俺に、魔女はただ一言。まっすぐにこちらの目を見て宣言した。
「私、頑張るよ」
そうして再び指先に火を灯す。
俺がまた空を見ることになったのは、ほんの数秒後のことだった。
死までが一瞬すぎて、痛くないのが幸いだよな……。
★
次に起きたとき、俺は一度魔女の練習をストップさせた。
なぜならいつまでも次のステップに進めないから。
そもそも、魔力制御の練習では、この過程は失敗することが前提なのだ。失敗の程度こそ違えど、この魔女の失敗例は本に載っていた。
「理想よりも干渉が強すぎる場合、魔力の注ぎすぎが考えられます。大きな干渉から縮めていく練習をしましょう……だそうだ。できる?」
「大きなって、大丈夫?」
「炎だと厳しそうだな。水とか、行けるか?」
たぶん……。と彼女は両手を空にかざす。
炎じゃ焼け死ぬことは確実だが、水なら即死は免れるだろう。そう思っての提案だったのだが。
「じゃあ、行くよ!」
世界がどっぷり、沈んでしまったのかと思った。
だって頭の数センチ上からはるか上空まで、澄んだ水の球体がゆらりと浮かんでいるのだから。
「お、おい……。大きすぎないか?」
おもわず呟くも、彼女は縮めることに集中しているようで聞く耳を持たない。
しかたなく彼女の作り出した球体を眺めれば、それは目に見える速度でみるみる縮んでいった。
だがしかし、民家の一回り小さいくらいの大きさまで縮んでくると、ピタリと動かなくなった。
一筋の汗を流しながら大きな水球をかかげる彼女を見ていると、これから大技を使う魔術師のように見えなくもないが彼女は生粋の魔女であった。彼女が苦しんでいるのは魔力が枯渇しそうになっているのではなく、その有り余る魔力ゆえに小さな作業が困難なだけ。
いわば、巨人に裁縫をさせるようなものなのである。
だからその手には小さすぎる針をへし折ってしまったとしても、それを責めることはできないのだ。
頭上から降りかかる大量の水。バケツどころかため池一つひっくり返したような水の暴力に押しつぶされつつ、俺は気まずそうにこちらを見る巨人の姿を睨んでいた。
「魔法って、使用者には効かないんだもんな……」
同じような位置にいたのにほとんど濡れた様子のない彼女に恨み言を投げる。
今回は死なずに済んだものの、服はびしょびしょだし無理やり曲げられた関節が痛む。
「うん。だから火とかも熱くないんだよ」
魔女はそれを嫌味だとは受け取らなかったようだ。だって得意げなんだもん。
毒気を抜かれた俺は再び本に書いてあることを伝えることにした。
「あとはこれを繰り返していくらしいぜ。まあ、しばらくは水でやってみようか」
「わかった。頑張る!」
さて、今日はあと何回魔法を食らうのだろうか。
魔女の城から歩いて少し、湖の横に作られた桟橋で、俺は魔女を相手に教鞭をとっていた。
「小さい干渉。わかった……」
小さい。それは俺のイメージでは【指先に火を灯す】だとか【手に砂を作り出す】だとか、そんな程度のものだった。
しかし彼女は、一つ指を振るだけで湖の色を透き通った青から、真逆ともいえる赤色に変えて見せた。
「これのどこが小さいんだ?」
と問いかけるが、この規格外の生徒はさもこれが普通だろうとでも言うかのよに涼し気に。
「だって【色】を変えるだけだよ?何かを出すより、簡単だと思うんだけど……」
変だったかな?と目で訴えかけてくる彼女から、俺は手元の書物に視線を移す。決して、逃げではない。
「えっと……。指に火って、つけれるか?」
とりあえず俺のイメージである小さな干渉をねだってみる。
というか、きっと俺のイメージは一般論として間違っていないだろう。だって本の挿絵もそんな感じだし。
「指にだけ?やってみるね」
そういって、彼女は人差し指を伸ばすと、数センチばかりの小さな炎を灯した。
それはまるで成功しているかのように見えたのだが。
油断をしたのもつかの間、その炎は何十倍にも膨れ上がり……。
気づくと俺は、空を見上げていた。
若干の倦怠感を覚えながらも起き上がると、桟橋に打ち付けそうなほどに頭を下げている魔女の姿が。
「……死んだのか?」
うん。と顔を上げた魔女は申し訳なさそうにいう。
「聞いた話だと、冒険者の中でも最上位のパーティーには、死者蘇生を行える回復術師がいるらしい」
急にそんな話をしだした俺を、彼女は不思議そうに見てくるが、俺は気にせず続ける。
「俺は、いつかそんなパーティーすら超せるようになりたいと思ってる。だから、ちょっとくらい殺したところで気にすんな。仲間になったらその何倍も生き返らせてもらうから」
俺は、自慢できるほど強くないから。そういってもう一度本を開く。幸いにも焦げ付きなどは見受けられなかった。いや、直したのか?
「なあ、これ……って、どうした!?」
真偽を確かめようと彼女を見れば、魔女は静かに泣いていた。
瞼をうっすらと濡らすほどの微かな涙ではあったが、手を触れられるほど近くにいることもあり、気づかないふりはできなかった。
だが恋愛経験どころか女友達すらろくにいたことのない俺にとっては、泣いている女性への対応が
てんで分からない。幼馴染はむしろ泣かせて来るような奴だったしな。
そんなこんなで慌てる俺に、魔女はただ一言。まっすぐにこちらの目を見て宣言した。
「私、頑張るよ」
そうして再び指先に火を灯す。
俺がまた空を見ることになったのは、ほんの数秒後のことだった。
死までが一瞬すぎて、痛くないのが幸いだよな……。
★
次に起きたとき、俺は一度魔女の練習をストップさせた。
なぜならいつまでも次のステップに進めないから。
そもそも、魔力制御の練習では、この過程は失敗することが前提なのだ。失敗の程度こそ違えど、この魔女の失敗例は本に載っていた。
「理想よりも干渉が強すぎる場合、魔力の注ぎすぎが考えられます。大きな干渉から縮めていく練習をしましょう……だそうだ。できる?」
「大きなって、大丈夫?」
「炎だと厳しそうだな。水とか、行けるか?」
たぶん……。と彼女は両手を空にかざす。
炎じゃ焼け死ぬことは確実だが、水なら即死は免れるだろう。そう思っての提案だったのだが。
「じゃあ、行くよ!」
世界がどっぷり、沈んでしまったのかと思った。
だって頭の数センチ上からはるか上空まで、澄んだ水の球体がゆらりと浮かんでいるのだから。
「お、おい……。大きすぎないか?」
おもわず呟くも、彼女は縮めることに集中しているようで聞く耳を持たない。
しかたなく彼女の作り出した球体を眺めれば、それは目に見える速度でみるみる縮んでいった。
だがしかし、民家の一回り小さいくらいの大きさまで縮んでくると、ピタリと動かなくなった。
一筋の汗を流しながら大きな水球をかかげる彼女を見ていると、これから大技を使う魔術師のように見えなくもないが彼女は生粋の魔女であった。彼女が苦しんでいるのは魔力が枯渇しそうになっているのではなく、その有り余る魔力ゆえに小さな作業が困難なだけ。
いわば、巨人に裁縫をさせるようなものなのである。
だからその手には小さすぎる針をへし折ってしまったとしても、それを責めることはできないのだ。
頭上から降りかかる大量の水。バケツどころかため池一つひっくり返したような水の暴力に押しつぶされつつ、俺は気まずそうにこちらを見る巨人の姿を睨んでいた。
「魔法って、使用者には効かないんだもんな……」
同じような位置にいたのにほとんど濡れた様子のない彼女に恨み言を投げる。
今回は死なずに済んだものの、服はびしょびしょだし無理やり曲げられた関節が痛む。
「うん。だから火とかも熱くないんだよ」
魔女はそれを嫌味だとは受け取らなかったようだ。だって得意げなんだもん。
毒気を抜かれた俺は再び本に書いてあることを伝えることにした。
「あとはこれを繰り返していくらしいぜ。まあ、しばらくは水でやってみようか」
「わかった。頑張る!」
さて、今日はあと何回魔法を食らうのだろうか。
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